からあげ行進曲 ぱち。ぱき。から。ぷち。から。
軽やかな音と低い鼻歌ににつられ、イサンはソファからのっそり立ち上がる。
「――♪」
流行りの歌だ。きっと勤め先の店内放送で流れているのだろう。甘い恋の歌が響く彼の背中に、ぴっとりとくっつき虫。肩に顎を引っ掛けてその腰に腕を回した。
「ん? なんだ、揚げもんしてるからあぶねぇよ、座っとけ」
微かに首をよじり、紫の瞳がイサンを見下ろす。イサンはその頬にちゅっ。可愛らしい音を立て、キスをした。
「おいおいなんだぁ? 今日は甘えたの気分か?」
「うむ、ややヒースクリフくんの肌が恋し」
「はいはい、飯食ったらたっぷり甘やかしてやるから今は我慢しろ。マジで危ないから」
「……そは?」
「唐揚げ、今日はにんにくと醤油味な」
「ふむ……では味見をば」
「仕方ねぇなぁ、一個だけだぞ」
一番最初に油から引き上げ、置いていたものを差し出す。黒蝶貝のように深い闇色の瞳が嬉しそうに輝いた。
「たぶんまだあちあちだから、気ぃつけろよ」
「ん、あひっ」
ほら、言わんこっちゃない。
熱に跳ね上がり、はふはふと踊りながらも食い意地に突き動かされる姿のなんと滑稽なことよ。
もぐ、はふ。おぼつかなく咀嚼して、ひりつく舌で味わって、ごくん。油濡れの唇が恍惚で香しい吐息をこぼす。
「美し……約束されし痛みすら美味なり……」
「そいつぁ良かった」
空っぽになった口をかぱり。雛鳥のように開けてもうひとつ、とねだる恋人に、ヒースクリフはだぁめと意地悪く笑うのだった。