無配のやつ👼👿百合ちゅ〜〜〜〜してる話(一応りんばち)
がちゃ、と静まり返った暗い部屋のドアが開いた。そろり、と音を立てて部屋に入った男はそっと周りを見回し誰もないことを確認し大きく息を吐く。少し重い扉をゆっくりと、音を立てずに閉めるとさっきまで張り詰めていた空気が少し緩んだ気がした。
「はぁ〜よかった、あいつもう寝てるか」
「なにがよかったの?」
「うわ!起きてたの?!びっくりさせないでよもう」
「てかそうじゃないでしょ、どこ行ってたのこんな遅くまで」
ぱっと部屋が明るくなる。帰ってきた男の目の前にもう1人の住人が現れたのだ。
怒られている男は蜂楽廻、黒い羽根と同じ色の尻尾がトレードマークの悪魔だ。門限を破って帰宅した上に、行き先がバレると面倒なことになることがわかっていて誤魔化すように、バツが悪そうに笑っている。
それから蜂楽の目の間にいる男もまた蜂楽廻という。こちらは白い羽根がトレードマークの天使だ。名前が同じように容姿も瓜二つ…というよりは全く同じ顔をしているこの男たちはひとつの個体として生まれるはずだった生命がふたつにわかれて生まれてしまった結果であり、もともと一つだった故に個体としての差がほとんどなく外見は羽根の色や角の有無くらいでしか見分けようがないのだ。
この世界には多くの天使が住んでいるところと多くの悪魔が住んでいるところの間にもうひとつ世界があって、人間がすむ地上のうらがわに存在するこの森には蜂楽たち以外にも少数だが天使や悪魔が暮らしている集落があったりする。
ここに咲く花が受けた露が光を浴びれば天使に、地面に落ちれば悪魔の魂になるのだが、ある明け方に小さく吹いた風で溜め込まれた朝露の半分だけが地面に落ちてしまった。半分ずつになってしまった魂から同時に生まれた蜂楽は天界にも魔界にもいけないまま地界のうらがわでふたりひっそりと生きていくことになったのだった。
他の天使や悪魔はこのことを悲しいことだと言い憐れみそれから蔑み疎んだりもするが当の本人たちはどこ吹く風で思ったより気楽に暮らしているのでそれほど悲しい話ではないのだけれど。
そんな経緯で森に小さな家を建てて暮らしている蜂楽たちにはいくつか約束があった。ほんの些細なことが多いが今日悪魔が破った約束は門限までに帰らないことだった。
「ご、ごめんって〜!それにちょっとだけじゃん時間過ぎたの」
「ちょっとだけって2時間はちょっとじゃありません〜!」
「今度から気をつけるからさ〜ね、今日は疲れちゃったからもう寝たくて」
「ふーん…まあ、もう夜遅いし。俺先に布団入ってるから」
「うん、ほんとごめんね?」
「いいって…」
白い蜂楽はまだ拗ねているようだったが普段ならそろそろ眠る時間だからか素直に寝室に戻っていく。怒られたほう…黒い蜂楽はそれ以上の追求がないことに安堵し洗面台に向かった。
小さな家だった。台所とリビングのようなものが一緒になった部屋と寝室がひとつ。小さな小屋のような木でできた家はもともとこの辺に建っていたものをふたりで改造したものでどこにいてもお互いの存在を感じられる住み心地がよくて、少しだけ息苦しい家だ。
「寝てる…?」
「寝てる」
「そっか」
寝室のドアを開けると天使は宣言通りベッドに横たわっていて、必要なのかよくわからないまま羽織っている掛け布団からしろい足がはみ出していた。ベッドの半分開けられたスペースに潜り込む悪魔。先に布団に入っていた天使はまだ寝ついていないようで、でも先ほどまでの不機嫌さはない。ほっとした悪魔はいつものように背を向けた天使の、折りたたまれた羽根に顔を埋めた。
「ん…やわらかい、高級羽布団…」
「あんまぐりぐりしないでね、普通に痛いから」
「……知ってる、がんばる…」
やわらかであったかい匂いがする羽根に顔を埋めるとどうしても気が緩んでしまう。ここを触っていいのは自分だけでこの柔らかさを知っているのも自分だけだという優越感も心地が良かった。お互いの身体に触れていいのはお互いだけ。それはふたりで決めた約束ではなく、ふたりで生まれたときにふたりともに持っている想いだ。
なのに。
「ねえ、また凛のとこ行ってたでしょ」
「え…」
「においでわかるよ。人間くさい」
「ちょ、凛ちゃんはくさくないよ!」
「行ってたんじゃん…」
どきり、と悪魔の心臓が跳ねる。隠したってもう1人の自分には見透かされてしまうことくらいわかってるはずなのに。気づいてほしくないなんて思ってしまう。
凛、とは誰か。人間である。蜂楽廻のお気に入りでそれは天使の蜂楽も悪魔の廻もどちらも同じように好いている相手だ。うらがわのうらがわ、下界、人間界に住む普通の人間で名前は糸師凛という16歳の高校生だ。
中途半端な存在ではあるけど下界に関わることはできるしたまに、ほんとうにたまに天使や悪魔としての仕事が回ってくることもある。人間界に行くことは珍しいことではなく暇だから、だとか様子見、だとかそういう理由で蜂楽たちは人間の世界に入り込んでいる。そこで偶然出会った糸師凛という男に、偶然ふたりとも好意を抱きこうしてお互いに内緒で会いに行ってしまっているのだ。
「凛のにおいする…」
「ちょ、っと…!」
おもむろに向きを変えた天使の羽が顔に当たりそのむず痒さに文句が出そうになるもそれよりもぐっと詰められた距離にびくりと背中の黒い羽根を揺らす。
「なんで勝手に会いに行ったの?」
「い、いいじゃん別に…てかそっちだって会いに行ってるくせに」
「何?不満なの?」
「え、開き直ってるし!」
理不尽だ、と悪魔は文句を言うがどこか開き直った態度の天使は不機嫌そうに言葉を紡ぐ。
「自分だけ凛独り占めしてさ…」
「ちょ、やだ!ん、ちょっと…さわる、なぁ!」
「俺にこ〜んなちょっと触られただけでふにゃふにゃになっちゃうのに凛に抱かれたいとかおもってるわけ?」
「ちが、うもん…!!」
悪魔のしっぽの付け根をくすぐるように撫でながら天使は意地悪く笑う。悪魔の尻尾には神経が集中していて個体差はあるがおおよその悪魔はここが弱い。特に根本とさきっぽは触れられるだけでダメになってしまう悪魔もいるという。かくいう蜂楽廻もそこが大層弱く付け根も先っぽもどちらもすぐダメになる。
「ねえ、凛とヤった?」
「なに…ちょ、もぉ…」
「えっちしたって聞いてんの」
「え、えっちって…しないよ凛ちゃんと、なんて…ん」
「ふーん、俺はしたいけどなあ」
「え…」
目の前の天使がどういう顔をしいてるか涙目でよくわからない。ふたりの蜂楽は凛のことを好いていた。向こうから同じ好意を与えられているかはともかく、邪険にされているようではあるが無理に追い返されたりしない。
ところでこのふたり、同じ魂を持っているものの完全に同じ個体というわけではない。それは天使と悪魔、という種族そのものに関する話である。天使は人の善意に敏感で、悪魔は人の悪意に敏感だ。
つまり天使の蜂楽は凛から感じる善意、凛が蜂楽へ抱いている好意を理解しているが悪魔の蜂楽はそれの真逆。凛から感じる不快感や嫌悪感をより敏感に感じ取る。その上で好意を抱いているし少なからず、嫌われていないことは理解しているものの肯定感は天使より下なのは仕方がない事だ。
「凛、優しいしかわいいもん。人間の女に取られる前に俺のものにしたいじゃん」
「そ、れは…そうだけど、さぁ…」
「お前は嫌じゃないの?ちっちゃいころからずっと見守ってきた凛が知らない女に取られちゃうの。俺は嫌、絶対嫌」
「俺もそれは嫌だ…」
「じゃあさ、使っちゃったらいいのに。得意じゃん誘惑すんの」
「ん…でも、おれ…ん」
「ん、凛の味がする…」
悪魔のしっぽをいじっていた手のひらが頬に寄せられたと思ったら次は唇が重なって、それから当たり前のように舌が口の中に入ってくる。天使の唾液は甘くて優しい味がする。片割れから教えられるこの味が悪魔は切ないくらい好きだ。
「凛ちゃんのあじ、とらないで…」
「ん、おいし…」
「かえしてよ…んぅ」
「ふ…ちゅ、すきだね」
「おまえだってすきじゃん」
それは想い人を奪い合うようにも見えてお互いの味を確かめるようにも見える。あまくて切なくてにがくてしょっぱい。
「ん、そこ、やだってぇ…」
「きもちいのすきじゃん…」
くちびるはひっつけたままでまたしっぽの付け根を優しく弄られる。やられっぱなしは悔しくて、天使に似つかわしくない悪い顔をした男の背中の羽根に触れる。
「くすぐった…」
「んん!!も、ひどい…!!」
確かに羽根は敏感なところだ。だけど悪魔のように全部まるだしじゃなくて、一番気持ちいいところはやわらかな羽毛に包まれた奥にある。触れようと思えば触れられるけれど今みたいにふにゃふにゃになった思考ではせいぜい表面を撫でるので精一杯だ。どうにか形成を逆転しようとしているのがわかりやすく逆に尻尾を強く掴まれてしまった悪魔はまた唾液をくちからこぼして喘ぐ。
「ね、凛のこといらないなら俺にちょうだい?俺とお前と、凛と3人でここで一緒にすんでさ、たまになら凛とえっちしてもいいよ」
「ちょ、変なこと言うな…!」
「俺は凛もお前もだいすきだもん。天使だから、愛してるものには心から愛を与えたいんだよね…おまえならわかるでしょ」
おかしい、と思う反面わかる、とも思う。どっちの蜂楽もお互いのことを一番大切に思っているからこそ自分たち以外に大切に思ってるものも一緒がいい。どこか歪んでいてそれでもいちばんしっくりくる形が自分たちなのだと。
「だめだよ、凛ちゃんはにんげんだもん…」
凛はちゃんとした、自分たちみたいに中途半端な存在じゃない、人間だからここには連れてこれない。
「それに凛ちゃんはにんげんだから、きれいなんじゃん…」
「………」
天使でも悪魔でもない、ただのにんげん。それが一番うつくしいのだと蜂楽は思う。押し黙った天使もまた同じ考えであることはその表情からも窺える。
「でも俺はいやだよ、凛のこと好きだもん」
「俺だってそうだよ」
「だからさ、凛ちゃんのこと」
「諦めたくないよ、おれ」
「諦めないよ」
「…どう言うこと?」
「諦めない。でも今はね、凛ちゃんが大人になるのを待ってるの。凛ちゃんが大人になって、それから俺たちを選んでくれたら、俺もちゃんと本気で凛ちゃんを俺のものにできるようにがんばるよ」
「……ふーん…」
「だからお前も待ってよ。今がいちばんきれいな凛ちゃんをさ、一緒に見てよう?」
「…やっぱお前って悪魔だよ」
「え、なんだと思ってたの?!」
それはつまり、たべごろになるまで待って自ら選ばせるってこと。天使は悪魔の事を久しぶりに怖い、と思った。
「わかった。でもそんな事言ってお前抜け駆けすんじゃん。今日だって凛とちゅーしたんでしょ?」
「そ、それは…」
「別に抜け駆けってほどじゃないじゃん!お前だって人間界いったらいっつもいっつも凛ちゃんの匂いさせてさ!」
「お前がのろのろしてるからじゃん!あーあ、せっかくもらった凛の味薄くなっちゃった。もっかいちょーだい」
「ちょ、っと…ん…」
「ん、おいし…」
「もう、ほとんどお前がたべちゃったじゃん…」
不満そうに言いながらも寄せ合ったからだをぎゅっと抱きしめる。喧嘩しても、意見が違っても、やっぱりひとつの存在だから。ここが一番落ち着くし、ここが居場所なんだと思う。
「俺さ、お前に嫉妬してるけどさ、凛にも嫉妬してるからね」
「そんなのおれだってそうだよ。凛ちゃんにおまえのこととられたくない」
「なんかバカみたい」
「出来損ないだからこんなとこいるんじゃん」
「それもそっか」
これはそんな出来損ないのふたりのお話。おとなになった凛がふたりを選ぶのかどうかはまだふたりも、神様も悪魔だって知らない未来のこと。
でもどんな未来がきてもきっと変わらない、ふたりはずっと一緒で、離れることはないってこと。
「でもやっぱ凛はあげない!」
「ずる!俺もやだ!凛ちゃんはおれのだかんね!」