12月25日
クリスマス当日はお互い仕事で、ふたり一緒の仕事だった。子供達へのクリスマスプレゼントという体で行われたサッカー教室でこどもたちに弄ばれていた。
「凛〜パスくれパス〜!」
「凛ちゃん、おしごと」
「……チッ」
「ナーイスパス凛!」
「それをいただいちゃいます!」
「わ!せこ!」
こどもたちのチームに混じっての試合は凛にとってうまくいかない事だらけだ。まず怪我をさせてはいけない、全力を出してもいけない、こどもたちに学びを与えないといけない。こんなにもストレスの溜まるサッカーがあるだろうか。それに比べ蜂楽はこどもたちにうまく溶け込みまるで同い年の選手のように振る舞っている。時にボールを奪い奪われ同じ温度でサッカーをしている。
「凛ちゃん、やっぱキーパーとかやる?眉間の皺すごいよ?」
「は?俺がキーパー?やるわけねぇだろタコ」
「う〜ん、うまくいきませんなあ」
凛と蜂楽が参加したチームは現在3点差で負けている。
「なあもう勝手にやってもいいか?」
「だめでーす」
それに相手チームにもプロ選手は混じっている。同じ条件ではあるが相手はどうも子供に慣れているのかうまく立ち回っており空回りしている凛よりもうまく得点につながっている。
時間は残り10分未満、ここから逆転…と意気込んだものの慣れない環境で実力を発揮できずそのまま得点できず凛たちのチームの敗北となった。
「いやあ、今日は散々だったね〜久しぶりにボロ負けだったかも!」
「最悪だ…」
「あの後こどもたちに絡まれてたもんね」
凛、凛、と無邪気に絡んでくるこどもたちを無碍にする事もできずされるがままにじっと目を閉じて耐えている姿は見ているこっちがハラハラしたとまわりは言った。
「でも凛ちゃん子供に好かれるって知らなかったな〜俺より人気だったじゃん」
「知らん…望んでもねえよ……」
「なはは…でも、なんか…すごく似合ってたよ」
「なんだよそれ」
帰り道ぽつりぽつりと話をしながら歩く。寄り道したスーパーで晩御飯の買い物をしてお互い両手はふさがっている。ずっしり重たい袋の中にはチキンやサラダとかいった、まさにクリスマスパーティーを行うにふさわしいメニューばかりだ。
「でもまあ、たまにはいいじゃん。こう言うのもさ」
「俺はもうごめんだ………」
凛の右手にはケーキの箱。いちばん時間をかけて選んだものだ。
蜂楽はご飯のあとにケーキまで食べたらお腹いっぱいになるし太る、と凛に気を遣ったがこだわったのは凛のほうだ。ホールのケーキを買うと言って聞かない凛に食べきれないと蜂楽は言ったが凛は聞く耳持たず、結局ありふれた、サンタクロースの砂糖菓子が乗ったいちごのショートケーキをワンホール、凛は手に提げている。
ケーキ屋から慎重に運んだケーキを自宅のテーブルにそっと置き凛はほっと一息ついた。
「ごはん、用意しちゃうから凛ちゃんお風呂先に入る?」
「手伝う」
「ん、ありがと。じゃあテーブル拭いて飲み物とか出して〜」
サラダをお皿に移してチキンはレンジで温めて、他に少しずつ買った惣菜を盛り付ける蜂楽。そんな蜂楽を眺めながら凛はテーブルの準備をする。
子供の頃のクリスマスパーティーを思い出す。テーブルクロスや飾ってある花もちゃんと季節仕様に変えていた母親。当日に思い出したってどうしようもなくいつものグラスを並べて箸やフォークも添える。邪魔にならないところに先日買ってきたちいさなツリーを並べて少し考えた。
「確か…ツリーの下には…何か置いてあったか…?」
曖昧な記憶を辿っても思いつかなかったから蜂楽が気に入って手元に置いているいるかのマスコットをツリーに添える。満足げな顔を浮かべた凛は蜂楽が皿に移した料理を運んでいく。カウンターキッチンはこう言う時便利だ。
「じゃあ、メリークリスマス凛ちゃん」
「…メリークリスマス……」
「かんぱーい」
アルコール度数の低いシャンパンを選んだのは明日も仕事だから。ほんのり甘い味は蜂楽の好みだ。
「ん〜美味しいねこれ。サラダも」
「うまい…」
「でもそこそこにしないと、まだケーキもあるもんね」
「そうだな」
とはいえ1日走り回ったスポーツマンがふたり、あっという間に食事を平らげ一旦テーブルの上を片付ける。
「ケーキ、すぐ食べる?」
「あんま遅くなるとダメだろ。今食う」
「んだね。準備しよっか」
「ああ」
一旦廊下に出されていたケーキを家にある一番大きなお皿の上に乗せる。これがなかなか難しく慎重に慎重を期してようやくお皿の上にケーキが移動した。それから取り皿とナイフとフォーク。
「ねえ凛ちゃん、お肉たべるナイフでケーキって切れるの?」
「切れる…んじゃねえか?」
「うーん…とりあえず…ええと、蝋燭たてる?」
「誕生日じゃねえだろ」
「やんないの?」
ツキ、と凛の胸が痛む。クリスマスにケーキを食べた事がない蜂楽をあわれんでいるわけではない。人間の環境は人それぞれで、その環境で育ったからこそ生まれる能力や性格がありそれを否定することは蜂楽を否定する事そのものだ。ただ、目をまんまるにしてケーキを覗いている蜂楽の顔がまるで子供のようで胸がじくじくと痛む。痛いような、それでいて嬉しいような。
「ちょっとまって凛ちゃん…これ切るのめちゃくちゃ難しい…!」
「は…ぐちゃぐちゃじゃねえか!」
「ちょっと、調べて!うまくいく方法ない?!」
凛が物思いに耽っている間にケーキにナイフを通していた蜂楽が叫ぶ。うまくナイフが通らず断面はぼろぼろ、クリームもぐちゃぐちゃになってしまっている。
「包丁を…温める…電子レンジでいいか?」
「よくないよ!お湯、お湯で!」
「やかんどこだ?」
「ケトルで沸かして〜!」
なんだかしんみりしたムードはいつの間にかどこかにいってしまったみたいで焦りながらあたふたとしている間になんだか笑いが込み上げてくる。
「てかやっぱホールはでかいじゃん、凛ちゃん太るよ」
「太った分運動すりゃいいだろ」
「え、なに、そう言う感じ?」
「どういうだよ、サッカーだよサッカー」
「え〜まあサッカーもするけど、そっちもお付き合いするよ?」
「黙れ」
「へへ、顔こわーい〜!あ、お湯沸いた!」
「チッ…どんくらいあっためればいいんだ」
「俺動けないから自分で調べてよぉ〜」
あっためられた包丁で先ほどよりはスムーズに切り分けられたケーキはどこか歪つで先ほどまでの綺麗なまんまるなケーキの面影もない。
「はは、結局こんなになっちゃったね」
「はぁ…せめてサンタもらっとけ」
「え、いいの?」
「こんな砂糖のかたまり食えるかよ」
「だよね〜」
少し大きめに切り分けられたところをお皿にうつしサンタの砂糖菓子とチョコレートのプレートを添える。これも?と言う蜂楽に無言でケーキを差し出した。
「あ、食べる前にね。プレゼント…用意したから」
ケーキを食べてしまえば全部終わってしまうような気がして、蜂楽は一旦自室に置いていたプレゼントを取りに戻る。
不安だった。こんなにたくさんの幸せをくれる凛に渡せるものが思いつかなくて、これだと言うものが見つかった後も本当にこれでよかったのかわからなくて。毎日そればかり考えてはため息をついていた。
「これ、大したものじゃないよ。そのね、なんて言うか…」
「……」
「あ、なんか、えっと…その、凛ちゃんが買ってきたツリー、上に星がないなって思って」
「デカすぎだろ」
「うん……」
蜂楽が選んだのはツリーの一番上に飾る星だった。凛の買ってきたツリーは小さくて、飾りをつけることもできないシンプルな置物でそれをなんとなく寂しいと思ったから。
「お前らしいな」
「そうかも。サイズとかよく考えればいいのにね」
「そうじゃねえよ、悪くねえって言ってんだよ」
「それってどういう…」
「嬉しいって事だろ…」
「そっか……」
選んだ時より何故だかキラキラと綺麗に見えるいちばん星を手にとった凛の顔はなんだか嬉しそうだ。
「俺からも…ある…」
「え、ほんと?」
「笑うなよ?」
「え、面白い系?」
「ちげえよバカ」
凛がポケットから取り出したものを見て蜂楽はまた目をまんまるに見開く。
「まさかかぶるとは思ってなかったんだよ」
「え、これ…」
蜂楽より少し大きい星。凛の選んだプレゼントだ。
「今年は、こんなツリーしか用意できなかったから…その、来年はもっとちゃんとしたツリーを用意して、そしたらこれをてっぺんに飾る……と、思っただけだ」
「凛ちゃん…」
蜂楽のいちばん欲しいもの。本人だって気づいていなかったもの。
「来年もじゃねえよ、ずっと、毎年飾ればいい…」
「ずっと、一緒にいてくれる…?」
「今さらだろ」
ずっと一緒に、辛いことも嬉しいことも全部わけあって。
「ありがとう…うれしい、おれ…」
貰ってばかりだと蜂楽は思う。あたたかい気持ちも側にいる温もりも優しくなれる心も、全部凛が教えてくれた。
「お前には貰ってばかりだからな」
「え」
「お前ばっかりだと思うなよ」
「おれ、凛ちゃんになにも…」
「アホか。お前がいなけりゃこんなふうにクリスマスを祝うこともなけりゃ変なイベントになんて出ねえ。サッカー以外のことなんて考えずに人の気持ちだって知ろうとなんて思わねえよ。全部、廻が教えてくれた事だ…」
「りん、ちゃん…」
「お前ほんと泣いてばっかだな」
「だってぇ…」
ずびずびと子供みたいに泣き出した蜂楽の頭を撫でる。
「もうちょっと俺に頼れよ」
「……ぜんしょ、します」
「しろ」
「うん」
辛いことも嬉しいことも、全部。
「あとそろそろ泣きやめ。ケーキ食うんだろ」
「そう、だったね…」
暖房の風を受け少し緩くなった生クリームが柔らかくなってきている。
「た、食べよ!」
泣き顔のまま口にしたケーキは甘くてやわらかくて、これが幸せの味なのだと蜂楽は思う。母親と食べたホットケーキのことを思い出した。比べることなんてできないどちらも大切な思い出で、どちらも幸せの味がした。母親と過ごしたクリスマスのことは幸せな思い出しかなくて、人には理解できないかもしれないけど、大切な時間だった。
「来年もこんなふうに過ごせるんだね」
「約束する」
来年も、再来年もきっとずっと凛は約束を果たしてくれる。この一番星に誓った約束を。
「凛ちゃん、メリークリスマス。これからもずっと一緒にいてね」
「ああ、そうだな」
いびつに切り分けられたケーキの上でサンタクロースが嬉しそうな顔をしたような気がした。