──ザーーー……。
降りしきる雨。しんと静まり返った校舎には、誰も居ない───わたしとレン以外は。
わたしたちは高校二年の夏休みに突入していた。
「──雨、止まないね」
「…だな」
下駄箱が幾つも並んだ玄関で、曇る景色を肩を並べてぼーっと眺める。
……天気予報を見た感じも、しばらくは止まないらしい。
生憎、急な雨で傘も持ち合わせていなかったので、二人こうしている訳で。
今だけは、学校はわたしたちの“お城”みたい───。
そんなことを考えていると、不意に痺れを切らしたようにレンが立ち上がって言う。
「───な、ここでずっとこうしてるのもつまんないし、色々探索しない?」
「いいね、楽しそう、それ。」
勿論YESだ。だってつまんないもん。
「……じゃ行こうぜ、ほら」
うん、と伸ばされた手を取って立ち上がる。それと同時に腕が引かれる。
「ちょっと!」
「あはは、どこから行く?」
珍しく無邪気な笑みを見せたレンに、少しドキッとした。
───一年生の教室。
「わぁー、変わんないね、ここの窓からの景色。」
「懐かしいな」
入学したばかりの頃を思い出す。…あと、わたしたちが初めて話した日のこと。
「……今でも覚えてるよ、リンに初めて話し掛けられた時のこと。ほんとは俺すっごい緊張してた。それなのに、話の内容ときたらとんでもなかったんだもんな」
そう机をなぞりながらレンが言う。
「……だって仕方ないじゃない?」
───仕方ないもあるもんか。
自嘲しながら言う。あまりに衝動的過ぎたのだから。おかげで、今があるけど。
「……トップ3の美女さんが、まさかこんなに変態だったなんて。」
淡々と言われると恥ずかしくなる。
「……それを言うなら、君だってそうでしょ?爽やかイケメン…なんて言われてたのに、今は───」
「それはリンが悪い」
「……。」
リンが無理な約束付けるから…と口を尖らせながら言う。
今でこそ正式に付き合っているけど、当時は確かに無理な約束を取り付けた関係だった。実際、巻き込まれたのはレンの方で。
「……やっぱこの話はナシ。やめましょ」
「なんで?」
「…………恥ずかしいから」
正直だね、とレンが吹き出しながら言う。
「──さて、次はどこ行く?」
「実験室とか、どう?」
「いいね。行こう」
カラカラと扉を開け、教室を後にした。
雨は一層酷くなり、雷が遠くで鳴っていた。
薄暗い廊下を、レンの後を追うように歩く。
……心做しか、去年見た背中よりも大きくなった気がする。
職員室から鍵を取り、実験室のある二階へと向かう。
「……なんか楽しいね、ほんとに誰も居ない」
「一回やってみたかったんだよなー」
なんて言いながら歩く。
その間も色々なことを思い出していた。
そこの資料室で鉢合わせた日。
空き教室で初めて授業をサボったあの日。
……理由が不純だったりするけど、すっかり真面目でいるのは疲れることに気づき始めていた。それもレンのおかげなのだから、ありがたいものである。
「───ねぇ、レン。わたしね…────」
珍しく自分の心境を伝えようと口を開いたときだった。
コツ、コツと階段を登ってくる足音。
すぐさま静かに鍵を開け、実験室へ避難する。
扉のすぐ横の死角で二人息を潜めて様子を窺う。
密着した身体からレンの鼓動が聞こえてくる。
───なんだか、悪いことしてるみたい。
別に悪いことをしている訳ではないはずなのに、わたしもレンも咄嗟に隠れてしまった。
しばらくして、足音は遠ざかっていった。
「…………ふぅ───」
とレンが息を吐いたその時、口を塞いだ。
「…!」
「ん……」
少し強張ったのも束の間、受け入れられて背中に回された手に力が籠る。
雨の音と同じくらい、心臓の鼓動が大きく感じる。
薄ら目を開けると、同じく目を開けたレンと一瞬目が合った。
「……ん」
「……」
二人の体は段々と壁を滑り、床に座り込んだ。
バルコニーの手すりに雨が当たる音。
水槽のポンプが動いている音。
何度か呼吸を交わらせ、やっと離れたときにレンが呟いた。
「───……やっぱり、どこに行ってもこうなっちゃうね」
「………したい?」
「……うん」
「……じゃあ、保健室…行こっか」
───結局、校内探検は中止で、わたしたちは保健室で語り合うことになった。
もう何度か仮病でこうやってベッドを使ってしまったけど、思春期真っ只中のわたしたちには仕方のない事なんだと思う。
「……今日は声我慢しないで済むね」
「……もう、ばか」
レンは私の首筋に手を掛けながらカーテンを閉めた。
気づけば雲の隙間から光が差し込んでいた。