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    チョール

    @tyorutyoru147

    壁打ち三リョ置き場

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    チョール

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    ケモ三リョはなし

    みつりょの森に参加したイラストをもとにしていますので、森のいきものをご覧になってからの方が楽しめるかもしれません

    #0321三リョ16toKiss
    #三リョ

    森のウワサ リスのリョータが住む森で、最近、妙なウワサが広がっている。
     それは、森と湿地の境目にある大きな池に夜な夜なオバケが出るというもので『お月さまみたいな目が睨みつけてきた』だの『カタカタと変な音が聞こえてくる』だの『オバケは池をじっと見つめて動かない』だのと話題が尽きない。
     好奇心旺盛なものたちが肝試しをしているそうだが、誰も真相を掴むことはできなかった。
     
     オバケなんてばかばかしい。そんなの見間違いに決まってらとリョータは鼻で笑っていたのだが、妹のアンナはすっかりウワサを信じてしまい巣の中に引きこもってしまった。
    「アンナぁ、そろそろエサ探しに行こうぜ。オバケが出るとしても夜だろうし。昼間なら平気だって」
    「嫌だよぉ……怖いよぉ……外に出たくないよぉ……」
     誰がなにを言ってもこの調子でずっとぐずっている。
     一応、巣の中に木の実を溜め込んであるとはいえ、このまま引きこもっていてはいつかは食べ尽くしてしまうだろう。
     近くに母親が住んでいるが、アンナにエサを分け与えられるくらいに潤沢であるとは思えない。もちろんリョータだって似たようなものだ。
     あまり考えたくないが、空腹のままではいざという時に逃げられないので、やはりアンナが自力でエサを探しに行く必要がある。
     リョータは塞ぎ込むアンナを見つめながら、妹のためにできることを考えた。
     昔、ヘビを怖がっていた時は、兄のソータと一緒に激戦を繰り広げたような覚えがある。素早い動きで翻弄し、ヘビが怯んだ隙にタコ殴りにしてやったのだ。
     ソータは別の森に移ってしまったので、アンナのために動けるのはリョータだけ。
     ならばやることはひとつだ。
     
     
     
     オバケ退治を思い立ったリョータはウワサの池へと向かった。
     しかし、オバケが出るのは夜。
     いつもなら寝ている時間だ。
     昼行性のリョータにとって、日が落ちてからの森の中というのはとにかく動きにくい。枝と枝との距離感が掴めずに落ちてしまうし、簡単に避けられるはずの落ち葉や石ころに足止めされてしまう。
     なんとか森の端っこに着いた頃にはすっかりへとへとになっていて、このまま寝落ちてしまいそうだった。
     だが、池のほとりにぼんやりと佇む大きな黒い影を見た瞬間、眠気は吹っ飛び心臓がバクバクと高鳴り始めた。
     何度見直してもあれは月明かりや眠気が見せた幻ではない。
     なにかが、確実に、そこに、いる。
    「くそっ! 絶対にみんなの見間違いだと思ってたのに。マジでオバケがいんのかよ!」
     オバケは背の高い草木くらいの大きさがあり、じっと石のように動かない。
     これならそっと後ろから近寄って脳天をぶっ叩き、手当たり次第に噛みつけば勝機はあるだろう。何よりスピードには自信がある。
     先手必勝! 電光石火!
     リョータはほっぺたを叩いて気合いを入れると草むらから飛び出した。
    「オラァ!」
     ぴょーんと威勢よく飛び出したまでは良かったが、あまりにも勢いをつけすぎたのか、リョータの足は地面をうまく捉えられずにそのままコロコロと転がり始めてしまった。
     どうやら暗がりでよく見えなかった場所が斜面になっていたようで、どんどん速さは加速する一方だ。しかもでこぼこの地面が不規則に軌道をずらすために耐えようにも耐えられない。
    「わわわ、助けてソーちゃん!」
     こうなってはもうどうしようもない。
     暴れようが踏ん張ろうが何をしようがコロコロと池に向かって一直線。黒くて静かな水面がリョータを飲み込もうと待ち構えている。
     
     もうダメだと覚悟を決めた瞬間
    「おい、危ねぇぞ!」
     急に低い声が聞こえたかと思うと、なにかがリョータのシッポをがっしりと掴んでいた。気がつけば宙ぶらりんの状態で吊るされており、耳が水面に触れてはいても、池に落ちることは免れたらしい。
    「あれ? あれあれ? 俺どうなって……」
     恐る恐るあたりを見回すと、逆さまの世界の中で金色の目がじっと見下ろしている。お月さまに似たこの色の話を誰かがどこかでしていたような…… 
    「ってオバケじゃん!」
     大変だ、どうしよう。オバケを倒すどころかオバケに捕まってしまうなんて!
     リョータはなんとか逃げ出そうと身体をブンブンと振り回し、シッポを掴んでいる硬い部分に蹴りを喰らわせた。そして畳み掛けるように頭突きを繰り出すと、流石にオバケもイラついたのか、リョータの身体を地面に叩きつけるという荒技で反撃してきた。幸い湿地なために痛みは少ないが、それでもなかなかの蛮行だ。
    「なんだよ!」
    「なんだよは俺のセリフだ! 池に落ちそうだから助けてやったのによ。このまま落としてやってもいいんだぜ」
     まなじりを釣り上げて睨みつけると相手も同じように睨んでくる。
     眼力勝負はほぼ互角。
     ならば別の方法を取るしかない。
     リョータはじりじりと距離をとると、これでもくらえと大きく左右にシッポを振った。
     これはモビングと呼ばれるリスの威嚇でリョータの得意技だ。自分の身体を大きく見せかけて相手をビビらせるという効果があるのだが、それは小動物相手の話。自分よりももっと大きな相手に効果があるかはわからない。
     現にオバケはモビングを見ても困惑するだけで、これっぽっちも効いてはいないようだった。
    「……えっと、シッポを振るのは求愛だったか? お前大胆だなー俺ら出会ったばっかなのに」
    「違う! これは威嚇やし!」
    「ぷるぷるしててかわいいなぁとしか思えねえぞ」
    「かわいくねぇ!」
    「うーん威嚇か……威嚇ねぇ……」
     ふぅんと目を細めたオバケは急にカタカタと音を立て始めた。湿地の向こうまで響き渡りそうな大音量に、眠っていた小鳥たちが一斉に巣から飛び出してパニックになっている。
     ギャァギャァという鳴き声で騒然としている中でオバケは胸を張り、どうだと言わんばかりの眼差しでリョータを見下ろした。
    「威嚇つーのはよ、これくらしねーとな」
    「くそぉ……俺だって、俺だってぇ……」
     勢いよくモビングを続けたところで勝敗はもう明らかだった。
     オバケよりも自分の方が強いと息巻いていただけに、音だけで打ち負かされてしまったことが惨めだ。
     これではソータとアンナに合わせる顔がない。
     モビングをやめてすんすんと鼻をすすっていると、オバケがそっと視線を合わせてきた。戦意を喪失したものにこれ以上危害を加える気はないらしい。
    「つかお前何しにきたんだ? リスのすみかってあっちの森だろ。迷子って感じでもねえしよ」
    「……オバケを……やっつけてやろうと……」
    「は? オバケ? 何のことだ」
    「カタカタ変な音を立てる目つきの悪いオバケが出るって森でウワサなんだよ!」
     しらを切るオバケを指差してリョータは力一杯叫んだ。また数羽の小鳥が騒ぎ始めたが今はそれどころじゃない。
    「池のほとりでじっと動かない黒い影ってアンタしかいねーじゃん。特徴完全一致してるし、とぼけても無駄だから!」
    「いやまぁ、クラッキングと目つきは自覚あるし……動かねえのも狩りの時なら……まぁ……」
    「ほらみろ。観念して退治されろ!」
     シュシュシュとステップを踏んでエキサイトするリョータとは対照的にオバケは非常に冷静だった。ここで一緒にヒートアップしても自身のオバケ疑惑は晴れないし、かといってリスに倒されるわけにもいかない。それにこれだけうるさくしてしまったら当初の目的も果たせない。
     オバケはお月さまを見上げてしばらく悩んでいたが、やれやれと嘆息すると柔らかいものでリョータの頭を撫でた。
    「俺がオバケじゃねえって証明してやっから、明日の昼間にもう一度ここに来い」
    「昼間? アンタが出るのは夜でしょ、オバケなんだから」
    「だーかーらーオバケじゃねえんだよ! 本当は昼間は休みたいんだけどよー。お前の誤解を特にはお日さまの下じゃねえとダメみたいだからな。いいか、明日、池のほとりに来るんだぞ。約束だからな!」
     ったくよぉとオバケは笑うと、リョータのシッポを掴み上げて宙に放り投げた。すぐにぽすんと柔らかい音がして、何やら心地のいい場所に着地したらしい。湿地の冷たい土の上ではなく、ふかふかの感触と温もりに思わずホッとした。
     あれ? オバケなのに温もりがあるのっておかしくないか?
     リョータは不思議に思ったが、とくとくと聞こえてくる優しい音とふわふわの温もりにどっと眠気が襲ってきて、これ以上何も考えられない。
    「また池に落ちそうで心配だからな。森まで送ってやるよ」
     オバケはまだ何やら話しかけてきていたが、リョータは返事もせずにそっと目を閉じた。
     目が覚めた時、オバケの世界じゃないといいのだけれど。
     
     
     

     翌日。
     リョータは言われた通りに池にやってきた。
     本当は約束を無視をすることも考えたのだが、きちんと森まで送ってくれたことを考えると、どうしても無碍にできなかったのだ。
     オバケが襲ってきたらぶん殴ってやろうと肩を回して待ち構えていると、後ろの方から聞き覚えのあるカタカタ音と「おーい」と暢気に呼びかける声がした。
    「ん?」
     振り返れば大きなクチバシの大きな鳥がこちらに向かってのしのし歩いてきており、リョータが反応を返したことに気がついたのか、ぶんぶんと羽まで振っている。
     お月さまに似た金色の目から昨夜のオバケだと判別できたが、果たして気安く呼びかけられるような間柄だったろうか。まるで友人のような馴れ馴れしさにどうしても戸惑ってしまう。
     もじもじしているうちに鳥はいきなり走り出し、その大きな口を開いて迫ってきた。パカリと開いたクチバシはリョータの身体の倍はあり、あまりの迫力に圧倒されて動けずにいた。
    「ぎゃー!」
     食べられる! と身体を小さく身構えていると……不思議と何も起こらない。
    「ワハハ! だいじょーぶだよ。俺、基本的には魚食だから。よっぽど腹が減ってなけりゃリスなんて食わねえよ」
     鳥はイタズラが成功して嬉しいとばかりにカタカタとクチバシを打ち鳴らした。昨夜から何度も聞いていた変な音は、この音だったらしい。
    「もう最悪……寿命縮んだよ……」
    「な? これでオバケじゃねえって分かったろ」
     見ろよとぴょんぴょんと飛び跳ねるオバケにはちゃんと脚がある。リョータの中でのオバケは『脚がなくて冷たい』ものなので、この鳥はオバケではないと結論つけることにした。
    「俺はハシビロコウのミツイだぜ! よろしくな!」
    「……俺はリョータ。アンタはオバケじゃないけどオバケよりもタチが悪いすね。でけぇ口開けて襲いかかるとか正気?」
    「まぁそう言うなって。俺だって出会い頭にお前に蹴り飛ばされたんだしよ。これでおあいこな」
     ミツイのクチバシをよく見てみると、先の方には生々しい切り傷ができており、身に覚えのあるリョータはそれ以上文句が言えなくなった。本人はさほど気にしてない様子で傷をひと撫ですると、リョータの背中を突いて促しながら池のほとりを歩き始めた。
     散歩のようなゆっくりした歩みでも、ふたりは脚の長さも身体の大きさも随分と違うので、どうしても歩調が合わずにリョータが取り残されてしまう。仕方なくリョータはミツイの背中に飛びつくと、そのままスルスルと頭の上まで駆け上がった。これなら歩かなくてすむので楽ちんだ。
    「なぁなぁ、お前、オバケの他にも池のウワサを知らねえか」
    「池? そう言えば昨夜もずっと池の中を覗いてたよね。俺が途中で邪魔しちゃったけど」
    「……実はな、ここにヌシがいるらしいんだよ。俺の羽の端から端までの長さよりもデカくて、ウロコが真っ白に輝いてる魚! そいつはもうずっとずっとこの池に住んでるんだと。想像するだけでもワクワクするよなぁ!」
     ミツイはそう言ってバサリと両翼を広げた。
     広げた羽はリョータの視界を覆い尽くすくらいの大きさがあり、青みがかった灰色ということも相まってここだけ夜がきたみたいだ。
    「うーん……」
     森の中には食いしん坊がたくさんいるので食に関する情報はすぐに回る。ヌシと呼ばれるくらいに大きな魚がいるのならオバケ以上に話題になることだろう。しかしそんな話は聞いたことがないので、もう誰かが食べてしまったか、元々いないかのどちらかだ。
     リョータはそう説明したが、ミツイはヌシの存在を諦められないようで、話の途中でも何度も池を覗いていた。
    「もしかしてずっと張り付いてんの? いるかどうかもわかんない魚を狙って、オバケと間違われるくらいにじっとしてんの?」
    「おう。二ヶ月くらい、毎晩こうして池の前に陣取ってるぜ。ただなー俺の他に誰も狙ってねえからウワサのしんぴょーせーがなぁ」
    「に、二ヶ月……すごい根性だね。俺には真似出来ねえ」
    「だってヌシだぞ? ロマンだろ!」
    「ロマン、かなぁ……?」
     目をキラキラさせて熱弁するミツイには悪いが、リョータとの温度差は一目瞭然だった。
     
     
     そのあともミツイはヌシについてひとりで大騒ぎしていたのだが、流石に夜行性の限界が来たのか、池の近くにあるという巣に案内してくれた。
     だがこの巣。
     草を敷いて柔らかい寝床にしてあるわけでも、小枝や羽根を重ねて丸くしたわけでもなく、ただ背の高い草を目隠しにしたちょっとした空間でしかないので、くつろぐにはそれなりのコツが必要だった。
     ミツイはさっさと脚を折り曲げてゆっくりしているようだがリョータはそうもいかない。せめてもう少しどうにかしたらいいのにとムズムズしてしまう。
    「あの……ここが巣ですか」
    「そうだけど」
    「横になるなら草とか敷けば。ほら、せっかくのかっこいい羽が汚れちゃってるじゃん」
    「あー、繁殖の時とかはもう少ししっかりした巣を作るけどよ。狩りするだけだし、とりあえず姿が隠れりゃいいわ」
    「うぅ〜そっかぁ……」
     ミツイを見習って地面に座ると湿った土がじわじわと体温を奪ってくる。かといって立ったままでいると疲れてしまう。
     落ち着く場所を探して巣の中をうろちょろするリョータを見かね、ミツイは羽の内側に招いてやった。ここならふわふわの羽毛に包まれて暖かいし柔らかいしで文句はないだろう。
    「やれやれ。お前の巣ってすげーこだわり強そうだな。変な骨とか飾ってねえか」
    「そういうのは飾って無いし、こだわりも別に……。広さと、眺めと、登りやすさと、エサをたくさん蓄えられるかどうかしか条件ないよ」
    「いや十分多いだろ!」
    「へへへ。でもあったかさではミツイサンの羽の中のが上っすよ。はぁ、きもちーね……」
     もふもふと羽をかき混ぜるように動くリョータにミツイは何か言いたげだったが、そのうち目を閉じて休んでしまった。
     ひとり暇になったリョータは、頬袋の中から木の実を取り出すと、カリカリと小気味のいい音を立てて齧りだした。いつ取れるかわからない獲物を狙うよりも、こうして好きな時に好きなものを食べる方がずっといい。大きなものよりも小さなものをたくさん食べる方がずっといい。
    「俺とミツイサンって真逆なんだなぁ」
     今知っている情報だけでも、昼行性と夜行性だし、小さなリスと大きなハシビロコウだし、住んでいる場所も巣作りも食性も獲物の狩り方だって全然違う。それなのに話しているとすごく楽しくて時間が経つのがあっという間だ。
     最初の出会いは散々だったが、もしかしたらいい友人になれるのかもしれない。
    「オバケと仲良くなったなんて言ったらアンナがびっくりするだろうな」
     リョータはくすくす笑うとミツイの羽を軽く撫でた。食べこぼしの木の実のカケラがクチバシの傷をかすめ、ミツイがビクッとなったのが面白かった。
     
     
     
     そろそろお日さまがてっぺんに来る。
     持ってきていた木の実も食べ終わってしまい、本格的に暇で暇で仕方がない。
    「あ、そうだ。このあたりに何か美味しいものないかな」
     湿地の方にはあまり来ないし、せっかくなので母親やアンナのためのお土産を探してみよう。それか目を覚ましたミツイと一緒に食べるのもいいかもしれない。そう思ったリョータはミツイの羽をゆっくりとどかして巣の外に出た。
     
     キョロキョロと周囲を確認しながら池のそばを歩いてみると、ミツイの頭の上からではわからなかった小さなキノコやきれいな木の実がたくさんなっていて、どれも森の中ではお目にかかれないものばかりで目移りしてしまう。しかもそれぞれが密集して生えているので、これを持って帰ったらしばらくはエサに困らなくてすむだろう。
    「やった。ここ穴場じゃん!」
     いそいそと地面に座り込み、リョータは取ったばかりの木の実を口に放り込んでみた。
     甘くて、酸っぱくて……ちょっと泥臭い。
     森と違ってぬかるんだ場所に生えているためか、どうも変なクセがある。これをプレゼントしたらアンナに文句を言われることは確実だ。
    「まずくはねぇんだけど、なんかなぁ。あ、そうだ!」
     確か、アライグマのヤスが「洗った方が美味しいよ」と言っていたような気がする。彼がくれる果物はいつもピカピカに洗ってあり、臭みなんかひとつもないし、どれもきれいでもらうのが嬉しかった。
     リョータは大きめの木の実を選ぶと、ヤスのやり方を思い出しながら池の水で洗ってみた。ぱちゃぱちゃと水しぶきを上げながら軽くゆすぐだけでも表面の泥が落ちて見違えるようだ。
     鼻をひくつかせて匂いを嗅ぎ、試しにちょっとだけ齧ってみると……
    「うっま! なにこれ全然ちげえ!」
     最初に感じた泥臭さとエグみがなくなり、味に奥行きが出ている。それに口当たりも格段になめらかだ。
     すごい。ちょっと洗っただけなのにこんなに変化があるなんて。
     リョータは夢中になって木の実を取っては洗い、取っては洗いと繰り返した。途中でいくつか食べてしまったので、思ったよりもお土産の量は少ないがそれでも十分に喜んでもらえるだろう。
     
     そろそろミツイの巣に戻ろうかと腰を上げたところ、池の中から猛烈な殺気を感じた。あまり体験したことのないビリビリとした空気に、自然とシッポの毛が逆立った。ちらりと動かした視線の先には真っ白いウロコが見え隠れしており、その度に水面が激しく波打っている。
     これってミツイサンが言ってたヌシじゃないか?
     リョータがそう認識すると同時にヌシがバシャンと水の中から跳ね上がった。
     お日さまのひかりをウロコが反射して目が眩む。
     うわぁと顔を背けた一瞬の隙を見逃さずヌシはリョータのシッポに食らいついてきたが、ここはリョータのスピードの方が上だった。間一髪のところで襲撃をかわし、すかさず木の実をヌシの目にぶつけてやった。
     急所を狙われたヌシは驚いたように池の中に戻ったものの、まだまだ殺気を露わにリョータのことを狙っている。
    「チッ! 今ので逃げねえのかよ!」
     こいつは普通の魚じゃない。ヌシと呼ばれるくらいに攻撃的だし、かなり力も強くて頭もいい。ひとりで戦って池に引き摺り込まれたらおそらく助からないだろう。
     でも、ミツイのクチバシと巨体があればなんとかなるかもしれない。
    「ミツイサン! ミツイサーン!」
     リョータはヌシを睨みつけたまま大声でミツイを呼んだ。
    「ねぇ、起きてよ! ヌシがいたんだよ! 早く池にきて!」
    「は? え? ヌシ? マジで?」
     声を聞きつけたミツイは、眠たい目をこすりながら巣を出て、リョータとヌシの姿を見て唖然とした。なんで二ヶ月も張り込んでいた相手があっさりと姿を表しているんだろうか。しかも、ヌシの存在を適当に聞き流していたリョータの前で、バシャバシャと激しく水音を立てているなんて。自分が池のほとりに立っている時には姿どころか気配すらもなかったくせに。あの二ヶ月はなんだったのかと一瞬気が遠くなってしまう。
    「なんかすげー敗北感。俺ずっとヌシを探してたのに……」
    「なんでしょんぼりしてんすか!」
    「だって俺、二ヶ月も追いかけてたんだぞ!」
    「もう、なんでもいいから早くこいつを捕まえよう!」
     リョータにせっつかれながらミツイは池のそばまでくると、どっしりと構えながらヌシの動きを目で追った。そしてヌシが水面に上がってくるタイミングで顔を水に突っ込むが、捕まえられずに逃げられてしまう。ヌシの方が間合いの取り方がうまく、大きな身体を上手にしならせることで重心をずらして避けているのだ。その上、キラリとひかるウロコも目眩しになっていて目標がうまく定まらない。
    「くっそ! ウロコに触れてんのによ!」
     イライラと連続で水面を叩くミツイは後手に回っており、このままではヌシを捕まえることは難しいだろう。リョータはぐっとミツイの身体を駆け上ると内緒話をするように顔を近づけた。
    「ミツイサン、聞いて。こいつ俺のことをエサだと思ってる。さっきも俺の方に泳いできてたし、シッポの動きを気にしてるんだ。それを逆手にとって囮になるから、アンタは俺が食われた瞬間にヌシを捕まえて」
    「いやそれ危険すぎんだろ! お前そのまま水ん中に引き摺り込まれるぞ」
    「だからそうなる前に助けてって言ってんの。できるでしょ? 俺が転がり落ちるところを助けてくれたくらいなんだしさ」
     ニヤリと笑ったリョータは、ミツイの背中から飛び降りると、ヌシに向かって手当たり次第に木の実を投げつけた。さらにここぞとばかりにモビングをして相手をおちょくってやる。ふりふりと動くシッポはヌシの注意を惹きつけているようで、ヌシはぐるぐると池の中を移動しつつも射程圏内からは離れていかなかった。
    「おらおらどうした、かかってこいよ! お前、ヌシとか呼ばれてるけど、リス一匹仕留められねえんじゃ大したことねえな。図体ばっかデカくてスピードも遅いしさぁ。そのかっこいいきれいなウロコは飾りかよ。だっせー」
    「ムカッ」
     ヌシの目の色が変わった。これまで以上の殺気が池の中から迸っており、完全に怒りモードになっている。
     ぐぐぐっとヌシは身体を縮めると、バネの要領で一気に加速して飛び上がった。水しぶきがあたりに飛び散り小さな虹がかかる。しかしその虹を眺める余裕はなく、リョータはその場で踏む止まるとヌシの襲撃を全身で受け止めた。湿地の泥がリョータの足を絡め取ってくれたが、もって数秒。すぐに足が宙に浮く。
     いたい、全身がバラバラになりそう。
     だけど大丈夫。
     ミツイサンがきっとなんとかしてくれる。
    「う……ぐ、ミツイサン……あとはよろしく」
    「よろしくって言われてもなぁ!」
     ミツイは素早く動き、ヌシが池に戻る間際になんとかリョータごとクチバシで咥えることに成功した。ヌシの力が緩んだ隙に、口をこじ開けて食べられかけたリョータも出てくる。ちょっと変な体液がくっついているが一応無事と言えるだろう。
     さてここからどうしよう
     普通サイズの魚ならば、咥えて何度か地面に打ちつけるか、粉砕すれば仕留められる。しかしヌシくらいの大きさともなると、地面に打ちつけるには胴が長すぎるし、粉砕するにも相当の力が必要だ。生半可な攻撃で大したダメージも与えられずにそのまま池に戻られてしまったら、囮役をしてくれたリョータに申し訳がない。
     色々と考えた末、ミツイはヌシを咥えたまま大きく羽ばたき空に舞い上がった。
    「ぐぎぎぎ……」
     ここで優雅に飛び立てたらカッコよかったのだが、ミツイはあまり羽ばたいて飛ぶ機会がないためにどうも挙動が安定しない。あっちにふらふら、こっちにふらふらしていて、リョータも心配になってしまう。
    「……大丈夫?」
    「お、おう……なんとかな」
     げっそりとした顔で頷かれても全然安心できないし、ますます不安だ。
     その不安が伝わったのか、これはチャンスとばかりにヌシが力を振り絞りながら全身をグネグネと振り回し始めた。濡れたウロコが滑りやすく、ミツイの上体がさらに大きく揺れてしまう。
     これでは気を抜いたらみんなまとめて真っ逆さまだ。
    「わっわっ、落ちちゃう! そろそろやばいよ、ミツイサン!」
     リョータの叫びを聞いてミツイはハッとした。
     ずっと狙っていたヌシを手放すのは惜しいが、それよりもリョータのことを守ってやりたい。
     ミツイは必死に体勢を整えるとリョータに向かって首を伸ばした。
    「俺の身体にしがみつけ! 絶対振り落とされんなよ!」
    「わかった!」
     ぶらんぶらんとヌシの身体ごと振り回される中、リョータはタイミングを見計らってミツイの首にしがみついた。
    「おらよっ!」
     ミツイは地面に向かって思いっきり振りかぶると、勢いよくヌシの身体を叩きつけた。
     地面からの高さと、ヌシの重さ、それと勢い——これらの力には流石のヌシも太刀打ちできない。
     どしゃりと重たい音を立てて地面に激突したヌシは、全身をピンと伸ばした後にしばらく痙攣し、徐々に動かなくなった。
    「……こいつ死んだかな」
    「どうだろうな。とりあえずとどめ刺しとくわ」
     ミツイはゆっくりと地面に降りるとヌシの頭を咥えてばきりと骨ごと粉砕した。これでもう動くことはないだろう。
     しかし改めて見回すと、あたりはなかなかの惨状で、泥や水が飛び散りまくっている上に踏み荒らされており、これでは木の実やキノコはもう食べられそうもなかった。残念だがアンナたちへのお土産は次回へ持ち越しだ。
     リョータはヌシのそばにしゃがむと、真っ白いウロコを突きながら
    「ここが木の実の穴場だったのってこいつがいたからだろうね。まさか天然の罠があるなんて思わないし。そりゃ油断もするよ」
     と呟いた。
     ヌシがあれだけ大きく育ったことを考えると、相当数の犠牲があったことだろう。
    「そうだな。ヌシのウワサがあんまり広まらなかったのも、見つけたやつがほとんど食われたからだろうな。俺はたまたまダチから聞いたけど、あいつだって半信半疑だったしよ」
     ミツイはヌシとリョータを見比べたあと、ちょっと待ってろと言い残して森の方へ飛び立った。そしてしばらくして戻ってくると、真っ赤に熟れた大きな果物をリョータの手に乗せてくれた。ずしりと両手にかかる重さから察するに、森の中でも滅多にお目にかかれない逸品だ。
    「お前のおかげでヌシが狩れたし、それはお礼な。ひとりで飯食ってもつまんねえからちょっと付き合ってくれよ」
    「すげぇ、こんなに立派なやつ初めて見た。本当にもらっちゃっていいの?」
    「俺はヌシを食うし。この果物な、俺の他にも狙ってるやつがいたんだけど、空から掠め取ってやったぜ」
    「そういうことするとオバケの次はドロボウのウワサが出るよ……。でもありがと。いただきまーす!」
    「おうよ、めしあがれ」
     ぷっくりと頬袋を膨らませて果物を味わうリョータの横で、ミツイはヌシを丸呑みしていた。ミツイは歯がないので咀嚼せずに腹の中でゆっくりと消化するそうだが、それにしても豪快すぎる。。
    「丸呑みすんのかよ! あんなに時間かけて狙ってたのにもったいねえー」
    「お前だってちまちま食っててまどろっこしいわ。ガブっといけよ、ガブっと!」
     リョータは言われるままに果物にかぶりつき果汁を飛ばした。地味な嫌がらせだと分かったのか、すぐにミツイも魚くさいクチバシを開いてお返しをしてくる。なんだかんだと文句を言いつつも、ふたりは笑いながらじゃれあい、湿地の上を転げ回った。
    「あはは、ミツイサンといると飽きないね。すげぇ楽しい。けどさ、ヌシを狩れたしここから離れるんでしょ? 残念だなぁ」
    「あー……それなんだけどよ。もういっこだけウワサを話してもいいか」
     ミツイは落ち着いた声になると、リョータを抱きしめるように羽の中へと閉じ込めた。リョータの視界が暗くなり、お月さまのような目だけが優しく見下ろしている。リョータはこくんと頷くと、自分からもミツイの身体を抱きしめた。どきどきと聞こえる胸の高鳴りは、オバケの姿を見た時と似ているようで少し違った。
    「ここからちょっと離れた森なんだけど、そこにはお前の好きな木の実もあるし、俺の好きな魚もたくさんいるんだって。なぁ、一緒に行ってみようぜ」
    「それってミツイサンとふたりで?」
    「そうだな。だってその森には俺らの名前がついてるんだぜ。なぁ、これって運命だと思わねえか」
     
     
     
     
     
     リスのリョータが住んでいた森で、最近、妙なウワサが広がっている。
     それは、森のあちこちにふたり組のオバケが出るというもので『夜中にお月さまみたいな目とお日さまみたいな目が笑っていた』だの『カタカタと変な音が聞こえてくる』だの『アンナの家に果物を置いていった』だのと話題が尽きない。
     好奇心旺盛なものたちが正体を暴こうとしているそうだが、オバケには地の利があるようで誰も捕まえることができなかった。
     
     
     アンナはオバケからのプレゼントを巣の中に運び込むと大きく息を吸い込んだ。芳醇な果物の香りと、それとちょっと魚の匂いがする。相変わらずオバケたちの食生活は互いに歩み寄ってはいないのだろう。類も種も違うのだから当然と言えば当然なのだが、正反対なふたりがそれでも一緒にいると思うと微笑ましかった。
     後でソータと母親にもプレゼントを分けてあげようと考えながら、アンナはつやつやした果物に齧り付いた。
    「それにしても、まさかリョーちゃんがオバケって言われてるとはねー」
     確かにすばしっこくて捕まえるのは難しいだろうが、元々ここに住んでいたリョータを認識できないとは……。森のみんなの記憶力には呆れてしまう。これでは他のウワサも怪しいものだ。
     だって、きっかけのミツイだって本当はオバケじゃなかったのだから。
     
     オバケなんてばかばかしい。そんなの見間違いに決まってるのにとアンナは鼻で笑った。
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