スノークリスマスどうして今日に限ってこんなことになるんだろうか。
とん、とん、と肘をついて頬に添えた指が一定のリズムを刻む。焦りと、苛立ちと、気持ちを宥めようとするそれ。
結露した窓の隙間から外に目をやれば積もった雪にはらはらと新しい雪が重なっていく。
12月25日クリスマス。世間ではホワイトクリスマス、なんて言われロマンチックであることに変わりはない。しかし、今のモリアーティにとっては、ただただ迷惑なだけであった。昨日の夜から降り続いた雪は一晩で銀世界に変え、幻想をもたらす代わりに見事に交通機関を乱してくれたのだから。
ノロノロとしか動かないバスに苛立ちを覚えても仕方ないというのは頭では理解しているのに、こぼれるため息を止めることは出来ない。このため息、今日だけで15回。腕の時計を見る。針が進んだ時間に対してバスが進んだ距離が比例していない。それも分かっている。ただ、約束の時間が迫る中、もう少しで待ち合わせ場所に辿り着けるのに、辿り着けないこの距離がひどくもどかしかった。
もう一度深いため息を吐き出した後、スマートフォンを手に取り画面をタップする。
『すまない、少し遅れる』
このメッセージを読んだ相手が少しでも暖かな場所にいてくれることを祈って。
バスが目的地に到着したのが20分後。あれからメッセージを何度か確認したが既読の文字は一向につかなかった。嫌な予感ほど外れてほしいものだが、こういうときの予感ほど良く当たるものはない。慣れない雪に足を取られながらも待ち合わせ場所へと急ぐ。
先程より少しだけ降り方が強まった雪の中、白い息を吐き出しながら佇んでいる待ち人の姿がそこにあった。
「!ホームズ!」
危うく転びそうになったところをなんとか踏みとどまり、駆け寄れば呼び声に気がついたホームズが顔を上げる。
「キミが遅刻とは珍しいこともあるものだね」
「はぁ……はぁっ……メッセージ……気付かなかったのか……?」
「メッセージ?」
一瞬きょとん、とした顔を見せポケットからスマホを取り出し画面を確認したホームズは、あぁ、と呟いた。白い肌は雪に溶けてしまうのではないかと錯覚してしまうほど白さを増し、頬と鼻先は寒さのせいで赤みがかっている。この寒さの中で待ち続けていれば当然そうなるだろう。
「っ、本当にすまない……僕のせいで……」
「ふむ」
しゅんとうなだれるモリアーティを見ておもむろにホームズは手袋を片方はずし、そして――その手をピタリとモリアーティの首筋へと当てた。
「うわっ冷たっ」
「ははは!いい反応だ!」
「っ〜……!」
「これで遅刻はチャラにしてあげよう」
ふふっと首筋から手を離したホームズがいたずらっぽく笑うと、じんわり残る温かさに浸るような白い吐息がもれた。
「……ホームズ」
「ん?」
氷のように冷たくなったホームズの唇へそっと己の唇を重ねる。こんなもので温まるはずはないけれど。それでも少しだけその罪を甘受出来るのであれば。二つの傘が周りから二人を隠している間だけ。
「んっ…」
「まずは冷えた身体を温めないとな。あぁ、それから……Merry Christmas」