未完成のトライフルカチッ、と時計の針が動く音にようやく青年は手元の本から顔を上げた。読書に夢中ですっかり時間を忘れていたが、気付けばもうすぐ六時を回ろうとしている。
「嘘だろいつの間に」
誰かに対してというわけではなくむしろ自分自身に対しての独り言。信じられないとでも言いたげに青年は時計を二度見するが、何度見たところで時計の針の位置は変わらない。
優雅な読書タイムもどうやらここで一旦終了のようだ。パタンと読みかけの本を閉じると青年は慌てて部屋を飛び出し、急ぎ早で廊下を駆けて行った。
「残念、一分の遅刻だヨ」
息を切らし勢いよく店の扉を開けた青年をニヤニヤと出迎えた男が一人。三十年後のもう一人の自分でありそしてこのBarの店主。まるでこうなることが分かっていたかのように動じずグラスを磨いている。
2782