前と今的な 心地いい風の音を耳が拾った。
葉が茂る雨林の中で、音は最大の情報源だ。風が木々の隙間を通り抜ける音、滝から水が流れ出る音、葉が影をゆらゆらと落とす音、目を閉じていても情景が想像できるほど、それらは鮮明に耳に入ってくる。
自然の奏でるその中で、一つだけ人が発したそれに、セノはゆっくりと目を開けた。
「……ノ、セノ! 聞こえてる?」
寄りかかった木の枝から身体を起こし、セノは声の主へと下の方へ目をやる。長い耳を揺らしながら腰に手を当てて、彼はセノの方を見上げていた。
「寝るならちゃんとしたところで寝なよ。身体が休まらないだろ」
「……ああ」
「何その生返事、まだ寝ぼけてるのかい?」
降りておいでと手招きする彼に従って、セノは渋々と寝床にしていた木から降り立った。
葉が降りかかったままのセノの姿を見て、レンジャー姿の彼は思わず笑みをこぼす。
「休むなら村で休んで行けって言っただろ。わざわざこんな森の中で寝なくてもさ」
「いや、問題ない。休息は取れたから俺はもう行く」
「えっ、ちょっと、セノ!」
頭に乗っていた葉を取ろうと彼が手を伸ばしたが、セノはすんでのところでくるりと踵を返してしまう。村とは逆方向に進んでいくセノを、彼は心配そうに見つめていた。
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