休日の姫君「ふふ、基絃。ありがとう」
隣で空色の髪を揺らしながら朗らかに笑う彼を見て、御法川は軽いため息を吐き出した。御法川の両手にはカラフルなアパレルショップの紙袋が、連なってぶら下がっている。
『今日お買い物に行きたいのだけど、付き合ってほしいの』
朝から彼、司にそう言われた時から嫌な予感はしていた。お買い物、だなんて可愛い言葉で済むはずがない、そもそも司がこの笑顔を浮かべている時はろくなことが起きない。そう思った時には手遅れだった。
半ば引きずられるようにしてロードナイト寮から引っ張り出され、流されるままに御法川は街へと繰り出すことになる。寮から出るときに見た後輩たちの視線を思い出すとまたため息が出そうになるのでやめた。
「基絃とのお買い物は、楽しくてつい買いすぎちゃうわ」
「つい、ってレベルじゃないんですけどね……」
御法川の予想通り、朝から司に連れ出されたかと思えば、昼を過ぎるまであちこちのアパレルショップを総浚いするかのように司は買い物をしている。一つの店で何着も試着した後、また次の店へと梯子して、御法川は心身共にかなり疲弊していた。
司が買った洋服やらなんやらは、全て御法川が持っている。本人に持たされているわけではないが、仮にも先輩に物を持たせることと、この見た目だけなら可愛らしい少女のような彼に荷物を持たせるのは、いささか気が引けたからだった。
「基絃、あそこのお店入りましょ」
そんな御法川に気を遣ったのか、次に司が指を指したのは、おしゃれな雰囲気の漂うカフェだった。
***
「私、ブレンドティにしようかしら」
メニューを開いてウキウキと目を輝かせている司は、一見して可愛らしくて、そこまで考えて御法川は首を振った。彼は歴とした男である。
それでも、容姿だけなら本当に女の子のようなのだ。ウィンドウショッピングにはしゃいで、試着した姿を楽しそうに見せてきて、次はあっち、と手を引いてくる姿は、側から見たら仲の良い恋人同士のように見えただろう。実際、店員に何度か聞かれたが、その度に濁している。
当然、恋人同士などではないのだから。
「今日はありがとう、基絃」
頼んだ飲み物が届き、少し一息ついてから司はそう切り出した。改めて真っ直ぐにお礼を言われると、少しこそばゆくて、御法川はなんですか突然、と返す。
「お買い物と、こうしてカフェに付き合ってくれてること」
「……それって俺じゃなきゃダメだったんですか」
そう聞くと、司は少し驚いたように首を傾げた。
「俺なんかより、あいつらと一緒のが楽しいでしょ」
あいつら、とはまさに寮ですれ違った後輩たちのことだ。お兄ちゃんとデートなんてずるい、だなんだと言っていたが、こっちだって本意じゃないと言い返してやりたかった。そもそもデートなんかじゃない、ただ自由奔放な先輩に付き合わされているだけ。
「確かに稀とのお買い物も楽しいけれど。今日は基絃が良いのよ」
「なんでそこ俺にこだわるんですか」
「え?ふふ」
そう聞いても、司は意味深に笑うだけだった。彼のこういうところは今に始まった事ではないので、スルーする。
それからしばらくして、頼んだ飲み物が一緒に運ばれてくる。御法川はアイスコーヒー、司はメニューに店長オススメ、と書かれていたブレンドティだ。
ソーサーに乗せられたカップを流れるような仕草で口に運ぶ司の動きはとても綺麗で、御法川は数秒その姿をじっと見つめる。それが果たして天性のものなのか、アルジャンヌであるが故なのかはわからなかった。
やがて視線に気付いたのだろう司が、柔く微笑んでくる。
「どうしたの、基絃?」
「いや……やっぱ動き綺麗ですね」
「毎日お茶会しているもの」
司はそう言うが、他のロードナイト生でもここまで優美な動きをするジャンヌはいない。いるとすればクォーツのアルジャンヌくらいだろうか。
「そんなに見られると、照れてしまうわね?」
「あ……すいません」
「そんなに気になるかしら」
「いや、司先輩の動きは見てて勉強になるんで」
それは紛れもなく本心だった。司に振り回されるのは非常に遺憾だが、彼と出かけること自体は嫌いではない。
***
「基絃は服を選ぶとき、いろいろ言ってくれるでしょう」
「え?」
「稀もね、言ってはくれるんだけど、何を着ても『似合う』しか言ってくれないから」
それでも楽しいんだけれどねと、困ったように笑う司を見て、一瞬遅れて先程の自分の質問に答えてくれたのだとわかった。