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    落書きお題:431

    #しきみそさく

    特等席2023.9.12 特等席
     カラン、と鈴の音が鳴った。先に入った三宙が指を三本立てると、店員が流れるように席に案内するので、四季と朔がその後を追った。
     広告通りの雰囲気のいい店だった。ことの発端は三宙が、新しくできたカフェに行こうと切り出したこと。ちょうど三人とも休憩のタイミングが被った時に、三宙が息巻いてチラシを見せてきたのだ。
    「ほら、ここよくないすか?」
     チラシには大きくオープン記念と書かれている。一緒に覗き込んだ朔は、いちごのパフェの写真に目を奪われていた。それを指摘すると、途端に顔を赤くしてチラシから目を逸らす。
    「俺は、残って自主練をするからな」
    「ふーん。じゃ、四季さんオレと二人で行きましょ」
     三宙が四季の方にチラシを向けてくる。正直甘いものにも開店したばかりのカフェにも興味はないが、三宙との食事自体には悪い気はしないのと、三宙の言葉にまたコロコロと表情を変える朔の反応が面白かった。誘いに乗った理由はそれだけ。
    「行こうかな」
    「決まり! じゃあオレ外出申請出してくるんで」
     チラと顔を伺えば、朔が物言いたげな顔をしてこちらを見つめていた。その視線の意図がわからないほど鈍いはずもなく、結果、三人でのカフェ行き、もといデートが決定したのだ。
     店員に案内された席は二人掛けのソファが二つ向き合ったボックス席。スムーズな動作で四季は奥側のソファへ座り、通路側に腰掛けた。これで、朔と三宙は四季と対面のソファに隣合って座ることになる。
    「……四季サンて」
    「何だよ」
    「んー、いや、何でも」
     三宙は何かを勘付いているようだったが、四季が黙殺すると押し黙る。朔は既にメニューの特大いちごパフェに目を奪われているようだった。こっちもあるぞと別のデザートメニューを開いてやれば、キラキラとした目が途端に混乱に変わった。おおかたどれを選べばいいかわからない、と言ったところだろう。普段は毅然とした態度をとりながら、こういう時はわかりやすいやつだ。
     結局、朔は当初の目的のいちごパフェを、三宙はコーヒーを頼むらしい。
    「まだまだお子様舌だよなー、朔は」
    「何だと! 人の注文にケチをつけるお前はどうなんだ」
    「分かっていないなー、店ごとにブレンドとかあんの」
     お子様にはわかんないだろうけど、と。そう言うとまたいつもの言い合いが始まる。目の前で繰り広げられるそれに対して、四季は特に何も言わない。ただ肘をついて、朔と三宙の口喧嘩のじっと眺めている。先に視線に気づいた三宙が、メニュを渡してきた。
    「四季サンはどっちにします!?」
    「は?」
    「コーヒーと、パフェ」
     二択なのか、と心の中で笑いながら、渡されたメニューを眺める。正直食事自体に興味があったわけではないのだが、折角なのでとメニューを一瞥。注文はすぐに決まった。
    「じゃ、僕もコーヒー」
    「よっしゃ!」
    「で、朔、パフェ一口ちょうだい」
    「! あ、ああ……」
     折衷案、とも言える四季の注文に二人揃って瞬きした。ワンテンポ遅れて、三宙が何故だか項垂れる。
    「何だそれ……ズリー」
    「決まったんなら店員呼ぶぞ」
    「ハーイ……」
     程なくして店員が来て、また程なくして注文が運ばれてきた。背の高いパフェが一つと、湯気の立つコーヒーが二つ。コーヒーの渋い香りの中で、可愛らしい見た目のパフェが鎮座している。それが小柄な朔の前に置かれるので、余計にパフェの大きさが目を引いた。
    「……!」
     パフェスプーンで一口頬張った朔が、口に入れた瞬間破顔した。目を見開いて、だんだんと口角が上がっていく様子を、コーヒーを飲みながら四季は眺める。傍では三宙がコーヒーカップに口をつけていた。カップを揺らして、香りを楽しんでいるその表情は穏やかだ。
    「朔、一口」
    「ああ、そうか」
     四季がそう言えば、何の抵抗も見せずに朔はスプーンでクリームといちごを掬ってスプーンごと差し出してくる。その無防備さに悪戯心が働いて、スプーンを持っている手首ごと掴んで自分の方に引き寄せた。
     何をされるのかまだ理解していない朔の手から、パフェのかけらを一口もらって、口にする。視界の端で三宙が面白い顔をしていた。図らずとも、朔が四季に食べさせたような図になっている。
    「な、にして」
    「ん、確かに美味いな」
    「四季サン!」
     手首はすぐに解放して、口にしたクリームとイチゴを咀嚼すれば、三宙から非難の声が上がった。じとりとした視線で、ずるい、と顔に書いてあるようで。
     四季は追い打ちをかけるように、挑戦的に笑って言う。
    「朔、三宙も欲しいってさ」
    「言ってない!」
    「仕方ないな……」
    「だから違うって……」
     口では言いながらも、朔がパフェを掬って差し出してきたなら抗えないのか、素直に食べさせられていた。その姿を見て、また四季が笑う。
     三宙の少し照れた表情を、朔の頬についたクリームを、それをまた手で拭ってやる三宙を、正面から四季は眺めていた。視線に気づかないわけがない三宙が、眉を顰めて訝しげにこちらを見た。
    「四季サン……もしかしてわざとオレら隣に座らせてます?」
    「お前らを対面にしたら喧嘩が絶えないだろ」
    「ぜってー嘘じゃん……」
     三宙が恥ずかしそうにコーヒーを口にする横で、朔は話の意味がわかっていないようで、またパフェを突いていた。この光景を観れるから、興味のないカフェにも甘味にも付き合っている。
     三宙と朔の正面の席。四季にしか許されない、特等席だった。
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