やはり西の依頼など受けるべきじゃなかったのだ。体の熱さに呻きながら、吐息を吐き出す。西と相性が悪いのはブラッドリーとて百も承知だったが、それでもそこらへんの魔法使いや魔物に負けるとは思えなかった。だから受けた。夜な夜な歌声が聞こえる建物の様子を見てくる、という簡単な内容の割には、恩赦も褒美も中々のものだったからだ。腹がはちきれる量のフライドチキンを思い浮かべて、食欲が刺激された事で更に強く纏わりつくようになった魔力に顔を顰める。
見た目はただの民家。一歩中に入れば、そこは西の精霊がすべての理を支配する空間だった。強い酩酊と催淫の魔法が纏わりついて離れない。
魔力だけなら当然ブラッドリーの方が強い。だが、理性を失う寸前まで酔わされ、何もかも忘れてしまいそうなほど欲を煽られれば魔法を使うことも難しい。西の精霊が騒いでいるのが心底鬱陶しかった。だけど、それさえも気を抜けば一瞬で意識の外に追いやられる。伝う汗さえ肌を焼いて、どうにかなるのも時間の問題だった。魔法を使えるタイムリミットは近い。
強く目を閉じ、息を吐きだして目を開く。じっとしているだけ無駄だ。振り向いて、もう一人の不運な男に目を向ける。
「おい、オーエン」
白いインバネスコートが小さく揺れた。答えは返らない。まあそうだろうなと足を踏み出した。ここから出るなら、オーエンに強化魔法をかけてやった方が早い。一歩進むたびに噎せ返るような甘い花の香りが広がっていく。良くないとはわかっていても、呼吸を止めることは難しい。
思考がぼやける。理性がかすむ。本当に西とは相性が悪い。
小さく蹲る男の肩を掴み、引き寄せた。
「っ、やめろっ」
拒絶にしては弱弱しく、甘えるにしては鋭い声が飛ぶ。いつも青白い顔は赤く染まり、細めた目にはあからさまな熱が見えている。だというのに、その表情は頼りなく、おぼつかない。千二百年生きている筈の男が、性を知らない子供に見えた。むずがるようにブラッドリーの手を振りはらうオーエンの肩を再び掴む。
怯えているのだ、あのオーエンが。他でもない、ブラッドリーに。口角が上がるのを止められなかった。花の香りが強くなる。脳が強く揺さぶられる。
力を込めれば、あっさりとオーエンの体がベッドに沈み込んだ。驚いたように丸くなるオッドアイに、笑いかけてやった。