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    PONZU00__0

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    🐺🐯と❄🐯です

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    七夕のばじとら
    22軸 幽霊の🐺とペトショ店員🐯

    君に願いを 出所してから初めての夏は、連日うだるような暑さだった。一歩外に出れば全身から汗がふきでて、太陽の明るさに目眩がする。
     十年前はこんなに暑かっただろうか。十年前、最初に彼処から出てきたときは、本当にこんなに暑かっただろうか。
     十二年前はこんなに暑かっただろうか。人生の煌めきと暗転を味わったあの夏は、本当にこんなに暑かっただろうか。

     今年もまた、嫌いな夏が始まってしまう。



     夏は嫌いだ。吐き気がするほどの暑さも、頭が痛くなるような眩さも、何もかも。
     ーああ、雨が降ってしまえばいいのに。
     カーテンなんてない窓から、容赦のない日差しと生ぬるい風が入ってくる。日差しから目を背けたくて、ぐるりとアパートの一室を見渡した。
     何も置かれていない折り畳み式の机。濡れていないシンクと埃を被ったコンロ。何も入っていないゴミ箱。生活感の無さに、この部屋は空室だったのかと疑いたくなる。まったく、この家に住んでいるのは自分だというのに。
     仕事のない日はひたすら薄暗い部屋で外の音を聞く。楽しいわけでもやりたいわけでもない。ただそれ以外することがない、いやできないと言ったほうが正しい。
     今日もまた、壁に背中を預けて外の音を聞いている。
     一瞬の彼らの夏を謳歌する蝉の声。喧しい車ーバイクかもしれないーの走行音と微かに聞こえる人の声。かつてなら五月蝿いと一蹴していたこれらの音が、今はそれほど気にならない。その事実に一抹の寂しさを感じるオレは、一体何なのだろう。この手で友達の兄を殺し、この手で自分の親友を殺したオレが過去に寂しさを感じるなんて、そんなことは許されない。許されちゃいけない。
     一段と強い風が部屋の中に吹き込み、オレの髪を揺らした。頬を掠めたその風は、きっと下らないことを考えたオレの頬を叩いたのだろう。ゆらりと体が揺れて、手の中の青い紙がかさりと音を立てた。



     「一虎クン」
     店に入ってくるなり楽しそうに話しかけてくる千冬を見て、オレは盛大に顔を歪めた。
     「何?それ…」
     「笹ですよ。見たことありません?」
     コイツは何を言っているんだろう。見たことがあるからこその反応なのだが。
     千冬は千冬、いやオレの身長を優に越す大きな笹を持っていた。
     「商店街歩いてたら常連さんに貰ったんですよ。いい笹だからって」
     「へー…」
     なんとか相槌を絞り出したものの、頬が引き攣るのは止められなかった。常連がくれたからといって、こんなにデカイ笹をどうするつもりだろうか。千冬がオレの懸念を悟ったのか、苦笑を浮かべた。
     「さすがに家には置かないっすよ。店に飾ろうと思って。ほら、そろそろ七夕じゃないですか。お客さんに願い事書いてもらうとか面白くないですか?」
     「あ、ああ…客寄せってことか」
     「いや、身も蓋もないこと言わないでくださいよ」
     千冬がムッとしたような声を出した。
     千冬はそう言うが商売というのはそういうものだろう。いかに客を呼べるか、どう取り繕おうが商売はそれにかかっているのだ。そう言いたがらない千冬に、ふっと笑みが漏れる。 
     ふと、ある喫茶店を思い出した。初めてあの黒い特攻服を手に取った、あの喫茶店を。
     あの店は客を呼ぶ気があったのだろうか。それとも善意、いや趣味でやっている店だったのだろうか。
     あそこでオレたち以外の客を見た記憶はない。あの眠たげな店主はどんな気持ちであの頃のオレたちを見ていたのだろう。
     そこまで考えて初めて十年、いや十二年という時間を実感した。
     「ば…、っ!」
     思わず言葉が漏れそうになって手で口を覆う。今、オレは何を言おうとした?空調が効いているにも関わらず、口に当たった手はじわりと湿り、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
     「はい、これ一虎クンの」
     「は…?」
     はっ、と声がした方向を向くと千冬が青い細長い紙をオレに差し出していた。
     「何これ」
     「何って、短冊ですよ。知りません?ここに願い事書くんです。七夕っていうのは…」
     コイツはさっきからオレを莫迦にしているのだろうか。それとも本当にオレが何も知らないとでも思っているのか。千冬は饒舌に七夕について話ながらオレに近づいてくる。どうやらどうしてもオレにその短冊を渡したいらしい。
     「ーってことで、これ!ちゃんと書いてくださいね」
     じりじりと距離を取っていたにも関わらず、察しが良いのか悪いのか、千冬は大股で近寄ってきてオレの手に短冊を握らせた。
     「締め切りは七日の朝です」
     千冬は有無を言わさぬ笑顔でそう言って去っていく。千冬の行動に思わず顔を歪めてしまったのは、不可抗力だった。



     ちら、と手の中の紙を見る。幾らか皺のよった青い紙にはまだ何も書かれていない。
     かさり。また、短冊が音を立てた。

     生まれてこのかた七夕という行事を好きになったことがない。
     ずっと願い事を書くことが苦痛だった。
     親の、教師の、周りの顔色を窺って誰も気に留めないような願い事を考える時の気分は最悪だった。
     好きな願い事を書けと言いながら体裁の悪い願い事は書かせない。大人なんてものは、所詮そんな下らない生き物だ。
     願ってもない、どうでもいいありふれた願い事を書くことに何の意味があるというのか。数ある願いの中から一番の願いは何だろうと悩めるヤツらは、自分の幸せに気づいているのだろうか。ただ純粋に願いを口にできるヤツらは、そうじゃない人間がいることを知っているのだろうか。
     『そんなわけない』と吐き捨て『下らない』と毒づきながら七夕という一日を過ごすのが虚しかったことに場地に会って初めて気がついた。
     自分の願いを口にできた相手は場地だけだ。場地だけは笑わないでオレの願いを聞いて、叶えてくれた。

     短冊を握る自分の手を見れば、不健康そうな肌にさした灰色の陰が濃さを増していた。伸びてきた自分の陰にぼんやりと時間の経過を自覚する。
     千冬の言った締め切りまでもう十二時間を切っただろうか。少なくとも残された時間は今晩だけなことは確かにだ。
     まだ短冊に書く願い事は決まっていない。
     たった一つの願い事はオレには願うことすら烏滸がましいものだ。ましてや千冬に見せることなんてできない。
     そもそも、この願い自体が間違いだ。
     だって、場地を殺したのはオレなんだから。



     じっとりと、汗が身体に薄い膜を作っている。服や髪の毛が肌に貼りついて離れない。エアコンのない部屋で寝るのは寝苦しい。それでも、快適さを追求することはオレにはできそうにない。
     朝、暑さで目が覚めた。

     「ふ、あぁー」
     仕事が始まって早一時間。もう何度目のあくびかわからない。客が来ればもう少し目が覚めるのだが、千冬が笹を飾ったわりには今日の客は多くない。
     ーまぁ平日だしな。
     客が多いに超したことはないが、今日ばかりは少なくていい。七夕に浮かれた人間を見たくはない。
     「仕事中にあくびすんな」
     そんなことを考えていたら千冬に怒られてしまった。
     客が少なくて落ち込んでいるかと思って千冬の顔を盗み見れば、存外いつも通りの顔をしていた。
     「ところで一虎クン短冊ちゃんと書いてきました?」
     「もう笹に掛けた」
     ふーん、と言って千冬が笹の方へ歩いていった。その顔からは僅かに好奇心が窺える。邪魔なヤツがいなくなったとあくびをすれば、千冬の苦々しい声が聞こえた。千冬がオレをジトッと睨んでいる。
     「…アンタこれオレへの当てつけですか」
     「さあー?」
     「この願いは絶対叶わないっすから。諦めてください」
     「ははっ、ひでえテンチョー」
     千冬はジトッと睨んだ後、諦めたようにため息をついてバックヤードに入っていった。それを見届けた後、千冬とオレの短冊しか掛かっていない笹を見に行く。
     『商売繁盛』
     丁寧な字で書かれた千冬のそれは店に飾る願い事として満点だろう。その隣の願い事を見て千冬が嫌がるのも無理はない。
     『給料上がりますように』
     雑な字で書かれたそれに、自分でも思わず苦笑した。
     
     「一虎クン」
     仕事が終わり、さあ帰ろうという時に千冬が話しかけてきた。千冬にこう呼び止められる時、大体ロクなことを言われない。正直聞こえなかったふりをしてこのまま帰ってしまいたいが、一瞬立ち止まってしまった以上それはできない。諦めて渋々後ろを振り向いた。
     「…何?」
     「これ、あげます」
     千冬が差し出してきたのは、今度は、赤い短冊だった。
     「いや、もう書いただろ。今さら…ああ、書き直せってこと?」
     千冬の行動の意味がわからなくて苛々する。早く帰ればよかった、と今さら後悔した。
     「違います」
     「は?じゃあ何だよ」
     「一虎クンは本当の願い事書かないでしょ?」
     「えっ…」
     見事に図星をつかれて狼狽えるしかない。何言ってんだよ、と笑い飛ばせば良いのにそれが出来ない。驚愕か羞恥か、それとも恐怖か厭な汗が流れるばかりで言葉が出てこない。
     「一虎クンはあんまこういうこと好きじゃないのかなと思って。別にオレは見ないんで書きたいこと書いてください。家なら誰も見ないから書けるでしょ」
     千冬が眉を下げて柔らかく笑った。そこには悪意なんてものはなく、只オレへの気遣いだけがある。
     「お前…なんで…?」
     「給料は上げませんけど優しい店長なんで」
     オレの弱々しい声とは対照的に千冬がはぐらかすようにニヒヒッと笑う。悪戯っぽいその顔はオレがほとんど見たことのない少年の顔だった。
     「あーあーアンタひどい顔っすよ。早く帰った方がいいんじゃないすか?」
     千冬がぐいぐいとオレの背中を押す。そんなことをされた記憶はないのに、あやされている子どもの気持ちがわかったような気がした。
     「…うっせえ」



     アパートのドアを開けると薄闇と室内の籠った空気がオレの身体を包んだ。
     「あっつ…」
     日中ジリジリと熱され続けた部屋はもはや外よりも暑い。外の空気を入れようと窓を開けた。生ぬるい風が暗い部屋の中を通り抜けていく。何日電気のスイッチを触っていないんだろう。電気をつける気にもならない日々は、夜はほとんど近くの街灯から差し込む光に頼っているようなものだ。
     倒れ込むように窓の隣に腰を下ろす。
     『書きたいこと書いてください』
     『オレは見ないんで』
     千冬の言葉が頭をよぎる。赤い短冊は手の中に心地良さそうに収まっている。
     まだ何も書かれていない。
     青い短冊には書かなかった、たった一つの願い事。願うことすら烏滸がましくて、オレには願う資格もないもの。書けるわけがない。そんなことわかっているのに千冬の言葉が頭から離れない。
     『家なら誰も見ないから書けるでしょ』
     誰も見ない。誰も見ないから。確かにオレが何を書こうと、誰も見ていない。でも書けない。たとえ他の誰も見ていなくても、オレが見ているから。
     それに、叶わないことがわかっているから書きたくない。
     もう二度と、叶わないことを願いたくない。
     それなのに、どうしてもその願いが頭から消えない。
     その願いの重さに次第に頭が下がっていく。首筋にじんわりと汗が滲んだ。
     ー目もとに滲むこれも、汗だったらいいのに。
     「…会いてぇよ、場地」
     溜め込んだ願いが、涙とともに零れて落ちた。会えないとわかっているのに。空しさがじわじわと身体と心をむしばんでいく。
     きゅっと短冊を握った。

     「よぉ、一虎」
     
     懐かしい声。聞きたかった声。大好きな声。
     「場地…?」
     嘘、嘘だ。だって場地は、オレが、この手でー
     「夢…?」
     夢なら納得できる。場地がいるなんて、現実なワケない。きっとあんなこと願ったからこんな夢を見てるんだ。
     「夢じゃねえよ」
     力強い腕が首に回った。
     懐かしい匂いが身体を包む。
     自分のものではない黒い長髪が頬を擽る。
     「久しぶり、一虎」
     「っ…」
     触れたものの冷たさに、これが夢ではないことを悟った。場地の背中に緩やかに手を回す。抱き合っているのにいつまで経っても懐かしい温度は感じられない。
     「冷たい」
     「夏だから丁度いいだろ?」
     どこかで聞いたような、あやすような声。聞き慣れていた優しい声に視界がぼんやりと滲んでくる。
     まだ短冊は手に握ったままだ。
     「会いたかった…」
     自分の目から零れたもので場地の服を濡らしていく。薄汚れた白いMA-1に染みが広がる。
     零れ始めた涙は簡単には止められなかった。子どものようにボロボロと泣いた。ごめんなさい、ごめん、と繰り返すオレを、場地は無言で聞きながらオレの背中を叩いてくれた。
     どれくらいそうしていたかわからない。涙が涸れた頃に、場地が手のひらでオレの涙を拭った。
     「泣きすぎだろ」
     くしゃっと笑った場地の顔は予想外に幼くて、また涙が出た。
     身長も肩幅も、気づけばオレの方が大きくなっている。十年前低い低いと思っていたその声も、今のオレには少し低い少年の声にしか聞こえない。
     目で見たものが、耳で聞いたものが、手で触れたものが、全てが目の前の場地が十五にもならない少年だということを痛いほどに教えてくる。
     「ごめ」
     「ごめんな。一緒に居られなくて」
     オレが謝る前に、場地が言った。場地が眉をハの字に曲げて悲しそうな悔しそうな顔をしている。
     その顔を見たら、もう謝れなくなってしまった。謝っても互いを傷つけるだけだと気づいてしまった。
     「別に…今会いに来てくれたじゃん」
     お互い後悔している以上、謝ったとしても相手の後悔を深めることにしかならない。
     「お前の願い叶えられるのはオレだけだろ?」
     悪戯っぽく場地が言った。どこか安心したような、そんな空気を纏って。

     「ベランダあるじゃん。ベランダ出ようぜ」
     十年前と同じように場地が話す。それが懐かしくて、オレも素直に応じた。短冊は手に持っている。
     生ぬるい風が存外熱をもった身体には涼しくて心地良い。緩い風が場地とオレの髪をふわふわと揺らす。濃い紫色を湛えた空は視界の端でチラチラと光っている。星は見ない。場地だけを見ていた。

     「いい部屋じゃん!ボロいけどさ!」
     「パーがいろいろやってくれたんだよ。ボロいは余計な!」
     
     「物少なくすぎねえ?飯は食ってんのか?」
     「うるせえ」
     「ちゃんと食えよ」

     「酒飲んだだろ?旨かった?」
     「超旨かった」

     「煙草吸ってんのか?」
     「金ねえから吸えねえよ」
     「そりゃ大変だな」

     「仕事は?ペットショップだろ?楽しいか?」
     「普通」
     「もっと何かねえのかよ」

     十年間の隙間を埋めるように当時の口調で他愛ない会話を繰り返す。オレが返事をする度に楽しそうに笑う場地を見ていると、次第にオレの口角も上がってくる。気づけば二人で笑い合っていた。

     「もっとって言われても。ああ、千冬。アイツ良いヤツだな。なんとなくお前に似て…っんむ」

     黒い髪が風にたなびいたと思ったら、場地の唇がオレの唇に当たっていた。
     今までで一番冷たいキスだった。
     「場地?」
     「オレもう行くわ」
     場地が少し寂しそうな顔でそう言った。
     「…うん」
     引き留めようなんて思わない。そもそもそれができる資格なんてないから。
     日付はとっくに変わっていた。
     短冊には何も書かれていない。
     当たり前だ。願いを叶えてくれたのは星でも神サマでもない。場地だ。
     伝えたい。
     『ごめん』でも『ありがとう』でも『さよなら』でもない、別れの言葉。
     「じゃあな」
     場地がいつもの調子で言った。十年前、何度も聞いた場地の『じゃあな』。聞く度に別れたくない、と寂しさを感じていた。
     今日は、もう一度聞けたことが嬉しくて堪らない。でももう聞かなくていい。
     手の中の短冊をきゅっと握り直した。
     「場地、ちょっと待って」
     「ん?おう」
     開けっ放しの窓から部屋に戻って何か書ける物を探す。机の上に今朝使ったシャーペンが置かれていた。
     机の上に少しよれた短冊を雑に置いて急いで文を書く。最後一文字がきつくなってしまったが気にしている時間はない。転がる様にベランダまで走る。
     「場地!」
     短冊を胸の前でもう一度きゅっと握る。
     「またな!」
     場地の前に短冊を掲げる。
     「あっちで会おうぜ」
     できるだけ声を震わせないように、明日遊ぶ約束をするみたいに場地に笑いかけた。
     「おう」
     場地は一緒驚いた顔をした後、ニカッと笑った。白い滑らかな歯と鋭い犬歯が見える。その子どもっぽい笑い方にまた涙が滲んだ。
     笑っていたい。それなのに涙が零れそうで思わず下唇を噛んだ。涙を堪えれば堪えるほど表情が歪んでいく。
     場地がすっ…と見えなくなった。
     「またな」
     そう言っていた気がした。

     『場地に会いたい』
     青い短冊に書かなかった願い事。
     赤い短冊に書いた願い事。
     オレの願いを叶えてくれるのは場地だけだから。
     死ぬまであの短冊はお守りだ。
     死んだら、場地が願いを叶えてくれるはずだから。



     夏は暑いから嫌いだ。
     でも、夏の夜風は嫌いじゃない。
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