一佐と准将いっそ早く結婚しろ「隊長ってアスランと結婚しないんですか?」
意を決したように切り出したルナマリアの言葉に、キラはことりと首を傾げた。世界平和監視機構コンパスの主力艦ミレニアム。クルーが休憩に使用するラウンジに集まっていたのは女性モビルスーツパイロット達だった。准将、総指揮官、そしてヤマト隊隊長であるキラと、ヤマト隊所属のルナマリア、アグネス。そしてハーケン隊の紅一点ヒルダ。定期的に女子会と称して開催されるその集まりは元々ワーカホリックであるキラを諌める為にコンパス総裁ラクス・クラインが指示して定例化させたものだ。議題は持ち回り制で、プラントに新しくオープンしたカフェやら新発売のコスメの使用感やらと様々だが、この日はどうやら色恋らしい、とキラはコーヒーの注がれたマグカップを傾けながら問い返す。
「アスラン?」
「ええ」
「しないよ?」
急にどうしたの、と苦笑したキラに驚いたのはルナマリアだけではなかった。どうしたも何も、ねぇ?とアグネスとヒルダは顔を見合わせている。
「そもそも僕、アスランと付き合ってすらいないし」
「……え?嘘ですよね、隊長」
「こんな事で嘘ついたって仕方ないじゃない」
「で、でも……こんな事言っていいか分からないんですけど……隊長ってアスランとセックスしてますよね?」
「え、何で知ってるの?」
アグネス曰く、何やかんやと理由をつけてミレニアムに顔を出す件の男が必ず夜はキラの部屋に入り浸り、翌日にはキラと同じシャンプーの香りを纏って去っていくのはクルー達の間では周知の事実らしい。あちゃー、とキラは流石に気まずげな顔を浮かべた。
「気付かないのなんてあの山猿くらいじゃないです?」
「アグネス……アンタいい加減シンのこと山猿って呼ぶのやめなさいよ」
「いいじゃない、山猿は山猿だもの」
「アンタ達、坊主の話してる場合じゃないだろう」
ヒルダの指摘にそれもそうだと我に返ったルナマリアとアグネスを見て、何だかんだ仲良いよねぇとキラは微笑む。
「僕も、まぁこんな事言っていいのか分からないんだけど……アスランとはずっと体だけの関係なんだ」
「ず、ずっと……?」
「うん。それこそ第一次大戦の頃からかなぁ」
「ア、アスラン最低!」
「え?なんで?」
「だってアスランってオーブのアスハ代表との噂だってあるじゃないですか!」
「あー……」
「やっぱり最低じゃない!」
アグネスがまるで悲鳴を上げるように叫んだ瞬間、ラウンジのドアがシュンと音を立ててスライドした。
「誰が最低だって?」
突如割って入ったのは普段ターミナルの諜報員として世界各国を廻っているはずのアスラン・ザラ。今回の議題のもう一人の当事者とも言うべき男だ。まるで狙い済ましたかのような恐ろしいタイミングで乱入してくる彼にキラ以外の女性陣は盗聴の可能性を本気で心配した。目下、最も怪しいのはキラの肩の上で一見可愛らしく小首を傾げているロボット鳥である。
「あ、アスラン。来てたんだ?」
「1530に調査報告書を持ってくるって連絡しておいただろう」
「そういえばそうだったかも」
「それとキラ、お前な……ああいう事をあっけらかんと吹聴するんじゃない」
「ああいうこと……あ、体だけの関係ってやつ?だって本当のことだし」
もうバレてるなら今更嘘ついて隠したってしかたないでしょ、とキラは些事のような扱いでマグカップを手に取る。しかしそれを見咎めたアスランがすかさずマグカップを奪った。ブラックは胃が荒れるからやめろと言っただろうと代わりの飲料ボトルを手渡す甲斐甲斐しさまで見せている。
これで付き合っていないなんてやはり無理な話では?とアグネスがアスランを睨む。アスランにしてみればかつて同じ戦場にいたルナマリアやヒルダはともかくとしてあまり親交のないアグネスからの批判的な視線に困惑し、その眉間に訝しげな皺を刻んだ。
「アスラン、ここ今男子禁制なんで」
このままでは女子会どころではない、と先陣を切ったのはルナマリアだった。
「は?」
「そうよ、出ていってもらっていいですか、ザラ一佐」
「待て、俺はキラに用が……」
「いいからさっさと出ていきな」
ルナマリアに続いてアグネス、ヒルダにも順に邪険に扱われ困惑した様子で立ち尽くしたアスランを見かねて、キラが手招きをする。歩み寄ったアスランの手のひらに乗せられたのは小さいスティック型のキーだった。
「もう少しで休憩終わるから、僕の部屋で待ってて」
「……分かった」
キラの執務室兼私室は、セキュリティの観点からキラ不在時の他者の入室が一切出来ないようになっている。スペアキーはミレニアム艦長であるアレクセイ・コノエしか所持しておらず、キーを用いない解錠はコンパス総裁であるラクスの承認によってのみ可能となる。キラがアスランに手渡したのは正にそのキーで、受け取ったアスランは渋々といった様子でラウンジを後にした。
「隊長ってば!そうやって甘やかすからあの男が付け上がるんです!」
「アグネス……君結構アスランのこと気にしてなかった?」
「そりゃ顔良し家柄良し軍人としての評価良しの優良物件だと思ってましたけど、クズ男ってことがこの場で判明したので」
「アスランは全然クズなんかじゃないよ、寧ろ優しいし……というか僕も流石に双子の姉に対して不義理を働くなんてできないし」
明確な表現を避けているものの、それはつまりキラがアスランと体の関係を持つ事には何の後ろめたさもないということだ。姉との噂はあくまで噂でしかなく、実際より親密な関係を築いているのは妹の方。そう心のノートにメモをしたアグネスは、ラクスから差し入れられた高級なチョコレートを摘んでキラに手渡した。キラには強制的に食べさせてくださいね、というのが総裁から直々に下った命令である。
「じゃあやっぱり好きだからセックスしてるんですか?」
アグネスの問いに、チョコレートを口に入れて転がしながらうーんと唸ってキラは首を傾げ思案する。
「そういうのとはやっぱり違うかな。セックスって程よく疲れるし、面倒くさいことも考えなくてよくなるし、発散にはちょうどいいかなぁって。あとアスランならちゃんと避妊してくれるし」
「ええ……意外……」
「……君達のアスランのイメージってどうなってるの?」
「いつまで経っても決定打を出さない割に既成事実をちゃっかり作って外堀から埋めてくような……」
「酷いね……でもアグネスの言う通りアスランって育ちはいいからちゃんとそういうとこは紳士的だよ?僕が子供とか欲しくないってちゃんと分かってくれてるし、無理強いもしないし」
「欲しくないんですか?」
「うん」
君達も食べなよとチョコレートを配りながらキラは苦笑を浮かべた。どこか寂しげというか、諦めを含んだような表情にルナマリアは無性に泣きたくなった。
「アスランにはね、普通の家庭を持ってほしいんだ。好きな人と結婚して、子供作って……セックスしてるくらいだし僕のことを嫌いってわけじゃないとは思うけど、どの道僕は彼に『普通』をあげられないから」
「隊長……」
「じゃあ僕そろそろ行くね」
おやつちゃんと食べ切ってね、と言い残し席を立ったキラはそのままラウンジを出て行った。軍人、ひいては准将という高い地位を持つにしては酷く頼りない、折れそうな後ろ姿を目で追ったルナマリアは、残されたチョコレートを口に含む。甘いはずのそれがどこかほろ苦く感じて、思わずため息が漏れた。
「なんか、さ」
「何よ」
「隊長には幸せになってほしいんだけど、どうしたらいいかしら」
「隊長の言う『普通』が何なのか解らない時点で私達詰んでない?」
アグネスの語気は素っ気ないようだが、表情はルナマリアと同じくらい沈んでいる。見かねたヒルダが二人の頭を撫でた。
「アスランを焚き付けてやるしかないんじゃないか?」
「そもそも相手ってアスランでいいんですかね」
「ありゃどう見たってそうだろ?」
「やっぱり?」
アスランがキラへ向ける眼差しは疑いようがない。そしてそれと同じかそれ以上に。三人が同じ意見に行き着き、三人同時にため息が漏れる。
「もうどうしたらいいか分かんないから、私次の休みに隊長の下着買いに行くわ」
「ルナマリア、アンタね……私も付き合うわ」
「アスランをコロす下着選んでやんな」
一佐と准将いっそ早く結婚しろ同盟は、当人達の預かり知らぬところで発足の日を迎えたのである。