准将って結局まだ一佐と結婚しないんですか?(TS准将)ビー、というビープ音が響く度に、整備クルーが気遣わしげな視線をちらちらと泳がせている。音の発生源はハンガーに格納されているライジングフリーダムのコックピットだ。誰が行く?お前が行けよ。そんなやり取りが耳に届いてルナマリアも自ら調整に当たっているゲルググのコックピットから顔を出した。
フリーダムのコックピットあたりには既にシンがいて、そこにハインラインも近付いていく。ビープ音はプログラムがエラーコードを吐いている音だと思えばシンはともかくとしてハインラインが様子を見れば間違いはないだろうとルナマリアは自らの作業に戻ろうとした。ルナマリア自身もプログラミングに関しては人並程度でしかないので、エラーでいき詰まっているであろう人物の役には到底立つまいと思っていたのだ。
しかしそれから程なくして、ハンガーにハインラインの声が響いた。
「ルナマリア!」
「……っ、え、私!?」
突然名前を呼ばれてルナマリアがコックピットから顔を出すと、ハインラインが真っ直ぐルナマリアの方を見ていた。慌ててコックピットを飛び出し、無重力を利用してふわりと浮遊しながらルナマリアはフリーダムの元に向かう。騒ぎを聞きつけたらしいアグネスも近場にいたが、ハインラインの視線はルナマリアに向けられたままだった。あの二人が絡む場面はあまり見た事がなく、かといって気難しいことで有名なハインラインとルナマリア自身も積極的な交流があるわけではない。だからこそ突然の指名を受けてルナマリアは半ば混乱しながらリフトを足蹴にしてフリーダムまでの距離を詰めた。
途中丁度シンが伸ばしてくれた手を掴みルナマリアがようやく機体のコックピットに到達して覗き込むと、そこにはやはりコンソールの放つ淡い光にぼんやりと照らされたキラの姿があった。
「どうしたんです?」
「ヤマト准将がお疲れのご様子だ。顔色も芳しくない。部屋へお送りして差し上げろ」
「大丈夫ですよ。もうすぐ終わりますし」
ハインラインに苦笑を向けながら応えたキラが手元に視線を戻してキーボードを叩くけれど、システムからは無情なビープ音が返ってくるだけだ。気まずい空気が流れ、やがて観念したようにキラはふっと息を吐いた。
「……少しだけ、休憩いただきますね」
そう言ってコックピットから抜け出してきたキラをハンガーの照明が眩しく照らす。その場にいた誰もが絶句し、ルナマリアはふわりと浮いたその華奢な体を手で掴んで引き寄せた。
「隊長、本当に顔色悪いです」
部屋まで送ります、とその華奢な肩に手を添える。同じ女なのに私のとなんか違う、と複雑な気持ちになっていると、キラはキラで困ったように肩を竦めていた。
「本当に大丈夫だよ、ルナマリア」
「ちゃんとご飯食べました?」
目の下の隈と肌荒れ。見た限りその体重すら目減りしているに違いない。健康面に何らかの支障をきたしているというのに、ルナマリアの問いかけにキラは曖昧に微笑んで見せるだけだった。
「アグネス!」
「部屋に持っていくわ」
ルナマリアが声をかけたアグネスもまるで全てを理解しているかのように踵を返す。戦場でさえ発揮されない阿吽の連携がここで叶い、それはそれで何とも言えない気持ちになりながらルナマリアはキラの手を引いて彼女の執務室兼私室へと向かった。
執務室には応接テーブルがあり、そのソファーにキラを座らせてルナマリアも隣に腰掛ける。ちらりと見遣った執務用のデスクにはいくつかのレーションとエナジードリンクが置かれていて、碌な食生活すら送っていないことが窺えた。
原因はきっとアレに違いない、とルナマリアには確かな心当たりがあって、自室だというのにどこか所在なさげに座っているキラにルナマリアはそっと問いかける。
「隊長……その、何かありました?」
「え?」
「あの日、あの後……アスランと」
前回の定例化した女子会でアスランとの関係を聞いた後、次の日のキラはその両瞼を腫らしていた。どうにかキラに幸せになってほしい、いっそアスランとくっつけと意気込みアスランを誘惑する為の下着調達すら計画していたルナマリアはアグネスと共にその様子に絶句し、きっと余計な事を言ってしまったせいで拗れたのだと二人でそれはもう落ち込んだ。
あれから一ヶ月近く経ち、隔週開催を目標としていた女子会はキラが意図的に予定を詰め込んでいるのかスケジュールが合わず一度も開かれていない。買うだけならタダという謎理論でアグネスと共に選んだキラ用の渾身の勝負下着はルナマリアの私室のロッカーで眠ったままだ。
キラの返答を待っていたルナマリアは足元に落ちてしまっていた視線を恐る恐る上げ、そして物の見事に絶句した。
「たっ……」
「え、……あれっ?」
キラは、その印象的な色の瞳を濡らしていた。あっという間に零れ落ちた涙は止まる気配がなく、次から次へと浮かんではその白い頬を伝っていく。しかし本人にも泣いている自覚はなかったのか、キラは困惑しながら軍服の袖で涙を拭っている。
「ごめん……あれ、えっと……」
「ア、アスランとのことは言いたくなければ全然いいので!」
「僕こそごめんね、別にアスランとは、何も無かっ……」
言葉がふつりと途切れ、再びキラの瞳が潤む。別にも何も絶対あったじゃん……とルナマリアは盛大に狼狽えた。ポケットから取り出したハンカチをキラの頬に押し当てていると、良くも悪くものタイミングで執務室のドアがノックされシュンと音を立てスライドする。その向こうにいたアグネスはキラの状態を見てルナマリアと同じように絶句し、慌てて室内に駆け込んできた。
「ちょ、……ルナマリア!アンタ何で隊長を泣かせてるのよ!」
「私が泣かせたわけじゃ……ごめん、泣かせたかも……」
肩を落とし、アスランとの関係を聞いたらこうなっちゃった、とルナマリアが耳打ちするとアグネスは手に持っていたトレーをテーブルに静かに置き、肩にかけていたトートバッグもソファーの上に落とす。一見落ち着き払ったような仕草のようだが、その表情は歪み米神には薄らと青筋が浮いている。
「アスラン・ザラ、絶対許さない」
「ア、アグネス……?」
「結局隊長の体だけが目当てだったって事ですよね?それを私達に指摘されたからって一方的に関係の解消を」
「えっ……そうなんですか、隊長」
「へっ……え?」
一瞬ぽかんと口を開いたキラはすぐにさっと顔色を変え、違う違うとアグネスの妄想を否定する。
「ご、ごめん、勘違いさせて。本当に違うんだ、アスランとは……その……」
「何が違うって言うんです?」
「むしろ、解消を申し出たのは僕の方っていうか」
やっぱり拗らせてた!とルナマリアが慌てふためくが、アグネスは思いのほか落ち着き払っている。それで?とアグネスに先を促され、もごもごと口籠った後蚊の鳴くような声でキラは呟いた。
「……アスランには、好きだ、って……言われたんだ」
「ハァ?」
「でも、どうしたらいいか分からなくて」
「アスランにそう言われて、嫌だったんですか?」
「い、嫌じゃないよ……正直、嬉しかった、けど……そもそも僕なんかに彼は勿体無いし」
「隊長……」
「でもアスランは僕に他の相手ができたらその人のこと消すとまで言うし」
うわ、という感情を露骨に表情に出したアグネスを肘で小突いたがルナマリアとて同じ心情だった。そこまでの重たい感情を持っているならばどうしてもっと早く、こんなにも彼女を不安にさせる前に行動に出ないのよあの男は、とかつて同じ隊に所属し今も少なからず縁のある男を脳内で殴った。
「アスランとそういう関係になる未来なんて、絶対にないと思ってたから……何もかも僕が見た都合のいい夢かもしれないって考えたら、怖くて……」
軍務にまで影響を出すなんて情けない隊長だね、と眉尻を下げたキラの自己肯定感の低さが目下最たる問題なのだろう。ルナマリアはこの場にいる自己肯定感の塊のような人物にチラリと目を向けるが、当のアグネスは意外にも何も言わなかった。だが実際ここで何をどれだけ言い聞かせたところで既に根付いてしまっている意識というものは簡単に変えられるものではないのだ。
「……とりあえず、食堂でサンドウィッチ貰ってきたんで食べてください」
「でも、あんまり食欲無くて……」
「じゃあせめてゼリーだけでも」
そう言ってアグネスは腕から下げていたバッグからゼリー飲料を取り出してキラに手渡す。あの一瞬でここまで予想して準備するなんて流石ねアグネス、と感心するルナマリアの視線の先で、アグネスは未だテキパキと動き続けている。キラのデスクにあったマグカップの中に入っていたブラックコーヒーをシンクに流し水で濯いで戻ってくると、バッグからは更にタンブラーと何かの小箱が出てきてテーブルに並んだ。
「アグネス、それ何?」
「私のハーブティー達」
「うわ、女子」
「脳筋のアンタと一緒にしないで、ルナマリア」
「失礼ね、私だってちゃんと女子よ」
「アンタの下着選びのセンスの無さには絶望したわよ私」
「アスランをノックアウトするならあれくらいしないと」
「あのねぇ、布面積が狭けりゃいいってもんじゃないのよ。攻めの姿勢も大切だけど隊長のイメージを損なわないよう上品さも兼ね備えないと」
「ねぇ待って、君達何の話をしてるの」
「私達、この前の休暇の時に隊長用の下着を買ってきたので。今度ザラ一佐に会う時につけてください」
「ええ……?」
何でそんなことに、と困惑しているキラを見ながらルナマリアは密かに安堵する。今はまだ困惑の方が大きいもののキラとアスランの関係が致命的なまでに拗れたわけではなさそうで、アグネスと一緒に購入した下着もどうにか日の目を見れそうだ。全てを諦めたような悲しげな顔をしていたキラが、アスランとの関係を進めるべきかで悩んでいる。キラにとってはそれだけでも大きな進歩と言えるだろう。お願い早くアスランと結婚して、と祈るような気持ちのまま、ルナマリアは居心地が悪そうに視線を泳がせているキラを見つめた。
「ルナマリア、隊長の熱測って」
「了解……アグネスのバッグ何でも出てくるわね……」
感心しながら手渡された非接触型の体温計をキラの額に近付ける。数秒の後にピッと電子音が鳴り、眉を寄せたルナマリアにキラは何故か余裕の表情で首を傾げる。
「熱なんてないと思うけど……コーディネイターだし」
「残念、微熱あります」
「うそぉ……」
「隊長、もしかしてそろそろ生理来るんじゃないですか?」
前回いつでした?とアグネスに問われ、まるで痛い所を突かれたようにキラは苦笑する。
「えっと……」
「周期どれくらいですか?」
「周期……」
「まさか、来てないとか言わないですよね?」
「顔が怖いよアグネス」
はぁぁ、と大きく溜息を吐いたアグネスはポケットから端末を取り出し、手早く何かを入力する。するとそれからすぐメールの受信を知らせる電子音が響いた。
「隊長、承認が下りたので生理休暇取得してください」
「え……承認って、誰の?」
「クライン総裁に決まってるじゃないですか」
「えっ……ラクスに連絡したの!?」
悪びれた様子もなく、アグネスが持って いた端末の画面をキラに向けた。そこにはアグネスが送信したキラの休暇取得願のメールと、そのすぐ下にコンパス総裁ラクス・クラインの署名入りの返信。キラ・ヤマト准将に体調が回復するまでの休暇取得を厳命する旨まで記載されている。
「隊長が前例作ってくれたら私達も後々取りやすいですし、上官として部下に手本は見せていただかないと」
「でもまだ来るって決まったわけじゃないし……」
「睡眠不足はまだしも肌荒れ、情緒不安定、 食欲ないって事は胃の調子も悪いですよね?これで来なかったらまた総裁に連絡して全身メディカルチェック受けるまで復帰できないよう厳命してもらいます」
これ私が生理前によく飲むやつですとハーブティーを手渡され渋々飲んでいたキラは、けれども数日後アグネスの予想通り数年ぶりに訪れた障りに苦戦を強いられる事になるのだった。
基本的にプラント近くの宙域に停泊しているミレニアムでは時間の感覚が計りづらい。窓から覗く景色はいつも果てのない昏い空間でしかなく、室内灯をつけなければ光源は殆ど得られない。その暗闇の中、あまりの寝苦しさでふと目を覚ましたキラはもぞりと寝返りを打とうとして、そこでぴたりと動きを止めた。
「きもち、わるい……」
吐きそう、とぽつりと呟いて、キラはベッドに手をついてどうにか体を起こそうとする。重力は設定してあるがこの場で吐いてしまうのは後々の始末が面倒だ。どうにか這ってでもトイレに、とは思うものの、吐き気で血の気は引き、視界は歪んで暗転していく。汗がどっと噴き出て呼吸は自然と浅くなり、胃のあたりが引き攣るような不快感にじわりと涙が浮かんだ。
「ここにどうぞ」
キィン、という耳鳴りに混じって、誰かの声音が聞こえた。俯いていた視線の先には黒色の袋のようなものが割り込んでくる。誰かがいて、ここに吐けと促してくる。人前で吐くなんてと抵抗を試みるも、背中を優しくさすられたらもう駄目だった。
「……っ、う……ぇ……」
苦しげに嘔吐きながら、最後に食べたものは何だったかと考える。あまりの生理痛の辛さに殆どを自室のベッドで過ごし、時折様子を見に来てくれるアグネスに鎮痛剤を飲むなら何かしら胃に入れないとと貰ったゼリー飲料を摂取したのが最後だったような気がしなくもない。それならば良いというわけではないけれど、せり上がってくるものを今更止めることは叶わなかった。体の中の気持ちの悪さを数度に分けて吐き出して、それでようやく引いていた血の気がじわりと戻ってくる。焼けるような喉の痛みに咳き込むと、今度は目の前に飲料ボトルがすっと差し出された。
「これで口濯いで、ここに出して」
キラは黙ってボトルを受け取り、中の水を吸い上げて同じように吐き出す。口の中のひりつきが幾分かましになって肩の力を抜くと狙いすましたようにボトルを取り上げられたので、キラはそのままベッドにぼすんと倒れ込んだ。
暗闇の中で、誰かが動いている。ボトルをサイドボードに置いて、キラが吐いた袋の口を縛り、それを何処か持って行ったと思ったらすぐに戻ってきて、今度は首筋に温かいタオルが押し当てられた。体に張り付いた髪を慎重な手付きで剥がしながら汗を拭ってくれるその人物が誰なのか分かって、自分でも驚いてしまう程の情けない声が出てしまう。
「なんで、いるの……」
「丁度オーブに戻っている時にルナマリアから連絡が来て、そのまま休暇をもぎ取ってきた」
柔らかな声で答えたアスランは、そのままキラの纏うインナーを捲り上げて体をタオルで拭き上げていく。これまでいいだけ体を晒してきた相手なのだから今更と思うのに、下着もつけていない胸元をタオルが滑っていくのが堪らなく恥ずかしい。普段より幾分か過敏になった先端を擦られ、声が漏れ出そうになるのを堪える。会う度に体を重ねてしまっていた弊害もあるのか、体調は最悪なのに彼がそばにいるという事実が身の内をざわつかせた。
「お前、その……いつもこうなのか?」
「なに……?」
「いや……」
気不味そうに言い澱んだその様子に、ああ、とキラは一人納得する。ルナマリアからこの不調の要因も聞いていたのだろう。
「そうだった……かも、しれない」
「どうしてそんなに曖昧なんだ」
「……生理なんて、もう何年も来てなかったし」
「……っ、お前、メディカルチェックはちゃんと受けてるんだろうな?」
「必要なかった、から」
元々不順だったそれは戦場に身を置くようになってからすっかり御無沙汰となってしまっていて、来なければ来ないで好都合だった、というのが偽りの無い本心だった。出撃と重なるのは面倒で、いつの頃からかこの先の人生で誰かと結ばれるつもりも子供を持つつもりも無いと思うようになっていた。そうなれば月の障りなど煩わしいものでしかなかったのだ。
「アスランの、せいだ」
「俺?」
「君が……期待させるようなこと、言うから……体が勘違いしてる」
何年もの間鳴りをを潜めていた流れが動き出してしまった。このタイミングで、と考えるとどうにもいたたまれなくて、あんなに割り切った関係だと思い込んでいたのに喜び勇んで活動を始めた体が恨めしかった。
キラの体を拭く手を止め、捲っていたインナーを戻したアスランは少しだけ灯りをつけていいか、と静かな声音で問う。それに頷くとアスランはベッドライトのスイッチに手を伸ばし、室内がぼんやりとした柔らかい光に照らされた。長く暗闇にいたせいで眩しさに細めた目が徐々に慣れてくると、当たり前のようにそこにいたアスランは苦笑を浮かべていた。
「俺がこの間キラに言った事を指してるなら、期待なんてさせたつもりはないが」
「……っ、そう、だよね……僕が勝手に、」
「今はキラの心の準備ができるのを待ってやっているだけで、俺自身は今すぐにでも名実共にキラを俺のものにしたいと思ってるよ」
もういいの?と覗き込んでくる顔が、良い。冷えていた頬にかぁっと熱が上って、心臓が大きく脈打った。何て事を言うのだと羞恥のあまり唇を噛んだキラは、けれどもあれ、と目を瞬かせる。ベッドライトに照らされたアスランの口元にいつもはないものが存在していたのだ。少し血の滲んだ青痣のようなそれに、任務中に怪我でもしたのかと心配に駆られてキラはそっと手を伸ばす。指先でそっと触れても、アスランは特に痛みで顔を顰めるようなことはなかった。
「顔、どうしたの」
「……ああ、これはカガリに」
「カガリ?」
「キラと結婚を前提に付き合うって宣言したら殴られた」
「……避けられるでしょ、君なら」
「これは甘んじて受けるべきものだろ」
「っていうか、僕……君と結婚するとは一言も言ってないけど」
「えっ」
「君に結婚してほしいって言われたわけでもないし」
「あっ」
ここから始めよう、と提案はされた。でもそれは交際という意味とキラは捉えていて、それすら素直に受け取っていいのかと悩んでいた程なのだ。直前にルナマリアらに結婚しないのかと問われていたのもあり、記憶違いだろうかとあの日を思い返してみても、やはりそういった直接的なやりとりをした覚えはなかった。
「ま、待ってくれ……確かにそうかも、いやしかし、……正式に付き合っては、くれるんだろうな?」
アスランがこれ程狼狽える姿は久しぶりに見た、とキラは枕に懐きながら口元を緩めた。
「アグネスの言う通りだった」
「は?」
「君、外堀から埋めていくタイプだ」
「人聞きが悪いな」
「だってここで僕が断ったら、君は殴られ損ってことでしょ」
ふふっと笑を零したタイミングでやってきた下腹の辺りがぎゅうっと締め上げられるような痛みに、呻いたキラは眉を寄せて体をくの字に折り曲げる。
「……っ、う……」
「痛むのか?」
「……ぅ、ん」
「痛み止めは?」
「あんまり、効かない……」
「そうか……触っても?」
「……う、ん……?」
首を傾げながらも頷いたキラの腹に、アスランがそっとその手のひらを当てる。インナー越しにじわりと沁み入ってくるような体温が心地良い。それだけで少し痛みが和らぐような不思議な感覚に、キラは体の強張りを緩めてゆっくりと息を吐いた。
「ごめんね、折角来てくれたのに……今はセックスしてあげられないや」
「人を体目当てみたいに言うな」
「少なくともアグネスはそう思ってるよ?」
「彼女の俺に対する敵意は何なんだ」
「アスランのことクズ男って言ってた」
ぐっと口篭ったアスランは、小さく溜息を吐きながら肩を落とす。
「……確かに俺の行動は褒められたものじゃなかったが」
「それは、僕も同じだし」
「でも、キラとセックスするのは好きだけど、それはキラを繋ぎ止めておく為の手段でしかないから」
「……そっか」
それも同じだ、とキラは口には出さなかったけれど、腹に当てられていたアスランの手に自らの手を重ねる。冷えた指先にアスランの温もりが沁み入って、まるで同じ体温になろうとするようだった。
「キラが弱っている時に言うのは卑怯だから、体調が落ち着いたら聞いてほしい」
「何を?」
「俺がキラをどれだけ好きか」
「……恥ずかしくて、無理かも」
「覚悟しておけよ」
今は少し寝ろ、とアスランがブランケットを引き上げる。寝てしまうのが勿体ないとも思うのに、不調で疲弊した体を襲う久しぶりの眠気に瞼が重くなる。
「君、いつまでいるの?」
「とりあえずまずはキラの体調が落ち着くまで。それまではミレニアムで下働きでもさせてもらうさ」
准将閣下からの乗艦許可が下りればだが、と笑ったアスランに、いいよ、と微笑んでキラはゆっくりと瞼を下ろした。