親友の宝物 シルヴァラントとテセアラ、ミトスによって二つの世界として歪めて引き裂かれた世界をロイドたちは統合した。厳しい世界統合の旅が終わり、生まれ変わった世界での生活が始まる。
エクスフィアを回収する旅をロイドと二人で続けていた。当てもなくだらだらとエクスフィアらしい噂を嗅ぎ集めては探し回り、当てが外れることも多かった。ロイドといればそれもまた楽しかったし、充実していたと今でも心から思い返せる。
それからしばらくして俺のほうでやらなければいけない仕事が増えて、ロイドとは別行動を取るようになった。神子の扱いについて制度が変更され内容が変わったこと。変わったといえど名前が変わった程度で不自由度は変わらない。
神子の立場からはさっさとおさらばしたいところだが、すぐには変われないらしい。世界は変わっちまったのになあ。
ロイドは散り散りになったエクスフィアをかき集める。彼らの言葉に表せない無念さを掬い上げるように回収して行った。定期的に届く手紙からは首尾よく進んでいることが伺える。これはこれでいいのかもな。そう思っていた。
お互いやるべき事にかまけていて忙しく、しばらくロイドとは離れ離れになっていた。
定期的にあった手紙がある日を境に急にぱったりとなくなり、連絡を取りたくとも音信不通でどうにもできず、ロイドが何をしているのかさっぱりわからないまま、いたずらに時間が過ぎていった。
これだけ時間が過ぎれば、身の回りも変化がある。俺も華やかな若さとはおさらばして、燻し銀なおじさん街道まっしぐらだぜ。
それから妹のセレスは世話になっていた医療関係者の元に嫁ぎ、自宅で専門的な治療を受けられる環境で静養している。小さいながらも結婚式をあげたときは、幸せそうにしていた。親族として出てくれと言われたときは、えも言わずこそばゆい喜びの気持ちでいっぱいだった。式の親族の席で声をあげずボロボロと大粒の涙を溢して泣いたことをよく覚えている。
はぁ、連絡が取れねぇからセレスが結婚式をあげたことを報告することもできねーし、ほんと何してんだよ。横で一緒に祝ってくれるんじゃないのかよ。
そんな中、ロイドが突然連絡をよこした。
待ち合わせ場所にロイドの実家に指定してきたときから変だとは思っていたんだ。月明かりが眩しく思えるほどの深い夜だった。
ロイドの実家には二人旅の最中に寄ることもあったし、家主のダイクは面倒見がよく世話をしてくれて、家の中でロイドを待つこともあった。実家の外で月を見ながら待ちぼうけていた。おせーよ。ったく。
すっと人影が目に映る。ほっそりとしているが歴戦の佇まいが感じ取れる若い男性。一目でわかる派手で赤いショートジャケット。――ロイドだ!
ロイドが現れたと思えば、三歳くらいの幼児を連れてきた。
沢山の荷物と共にロイドに抱き抱えられた男児は熟睡して目を覚まさない。自分の子だと言う。マジか。
「おいおいおい、冗談じゃねぇぞ」
頭が痛い。思わず手を頭にやった。
「……母親は?」
「流行病で逝っちまった」
未亡人……は女のことか、いわゆる男やもめになっちまったって話か。
「俺さまの前に連れてきたってことは、なんかあるのか」
嫌な予感がする。ロイドが俺の目をじっと見て視線を離さないからだ。圧を感じる。
「……頼む、ゼロス。しばらくの間、この子を預かってくれないか」
「はあ!? なんで俺さまが! 子守りなんて無理に決まってんだろ!」
思わず声を荒げた。予感通りの話が飛んできて拒絶する。
「頼む。この通りだ」
ロイドが小さく頭を下げる。幼児を抱き抱えながら上体を倒すのは難しいだろう。しばらく見ない間に少し憔悴しているように見えた。
「待て待て待て。子守りってんなら、育ての親がいるだろ。ドワーフの。孫だしな。次点でリフィルにしいなも……コレットちゃんだって。わざわざ俺を選んだ理由は何だってんだよ?」
「頼まれた、とだけ。……お前でないとダメなんだ。細かくは言えない、今は……。いずれ、話すから」
「頼んだのは誰だよ! 言えないってどういうことだ!」
頼られるのは嬉しい。相手がロイドであればなおのこと。
それでもどうしても受けられない話だった。子供は苦手だ。自分で育てるだなんて想像もつかない。
「それと」
ロイドが一瞬言い淀んだ気がする。
「エターナルソードが不調なんだ。制御するための素材を集めてほしい。ヘイムスクリングラと親父に伝えてくれ」
聞いたこともないよくわからない単語だ。
「む、ぅぅ〜……」
さっきまでのやりとりで目を覚ましたのか、子供がむずがる。不機嫌そうな表情で、今にも泣き出しそうだ。よく見るとロイドそっくりで、チビっ子時代のロイドってこんなだろうなと思わせる見た目をしている。かわいい、と素直に思った。
そして強烈に胸の奥を鷲掴みにされたようなえも知れぬ感覚が襲った。運命を書き換えてしまえるほどの。
「起こしたか? ごめんな」
荷物を下ろすと優しく背中をトントンと叩いてぐずる子供を器用にあやす。それでも眠気が少し飛んだのか、眠そうな目をしてぼーっとしている。
「ごめん、ベッドに寝かせてくる」
そう言って家の中に入っていった。ロイドとダイクが話しているようで、ダイクのすっとんきょうな声が外まで響いたあと声が聞こえなくなった。たぶん小声で喋ってるんだな。チビが起きるから。この様子だと育ての親にすら近況を話してねーなこりゃ。
身体が冷えてきたから家に上げてもらってロイドの部屋に向かう。ベッドにすやすやと眠るチビを横目に見てベランダへ足を運んだ。ロイドに無茶振りされてむかつくし話はまだ終わってねえんだよ。
「……はっ?」
どこにもいない。家の中も外も探して回ったけれど、ロイドを見つけることができなかった。
ロイドはそのまま消えちまった。ロイドそっくりの息子を残して。