諸行無常 俺は山奥にある小さな教会に併設された墓所を訪れた。
知る人ぞ知るこの墓所は、誰も寄せ付けない山奥にあった。人から忘れ去られてもおかしくないほど奥まった場所にあるのに、きちんと手入れがされていて、かつ花が供えられている。誰かが墓参りにきている。
ここまで尽くされているということは、生前たくさんの人の役に立ったということだ。これはいくつもの墓を見てきた勘だ。
「ここにいたんだな」
――クラトス・アウリオン。
墓に記された名前を見つけて安堵する。
ゆっくりと膝を地面につけると、もたれかかるように親しい名が彫られた墓石に縋り付く。
クラトスがどこにいるのか、デリス・カーラーン中をくまなく捜した。天使化した身体を使って日夜問わず飛び回った。捜し物は得意だ。エクスフィアを探す旅の最中に取った杵柄だった。
天使化するにあたって、色々と制限が増えた。制限と言っても日常生活に支障をきたすものではない。
歳を取らない代わりに、骨が残らないこと。
輝石を壊せば、一緒に肉体も滅んでしまうこと。
エクスフィアも人間と同じように劣化していくようだ。
エクスフィアを回収して宇宙に流し終わったあと、虹の橋、ビフレストを架けるために奔走した。ビフレストを使えば、遠く離れた彗星デリス・カーラーンへ渡ることができる。全てはデリス・カーラーンに行くために。父さんに、会いに行くために。
若いドワーフに協力してもらいながらビフレストを作り上げた。完成した暁にはドワーフは老人になっていた。
橋と言っても片道切符だ。一度しか架けることができない、実体のない虹の橋。
虹の橋は一歩進んだそばから消えていく脆い橋だった。二度と地上に戻らないと覚悟を決めて一気に駆け抜けた。
ビフレストを超えた先の地面に足をかけたとき、何とも言いようもない高揚感と罪悪感が身体中を襲ってきた。
地上に全部置いてきてしまった。けどもうみんな地上にはいないのに。ジーニアスの墓だって見送ったのに。
養父ダイクの墓は風化してしまい今はもう影も形もない。
同じように世界再生の旅を共にした仲間の墓も、ほぼなくなっていた。
今も残り続けると言えばコレットとゼロスの墓だ。マーテル教会が管理する神子の墓に連なった二人の墓へ、今も教団の墓守からひっそりと花を手向けられている。
ノイシュは姿形を変え海の中へ潜っていった。進化している最中は怖がって俺の側を決して離れようとはしなかったのに、進化が完了し海へ潜っていくときは後ろを一度たりとも振り向かなかった。臆病だけど、強いやつだ。
しばらくすればまた地上へ上がってくるのだろう。そのときは人間になっているのかもしれない。隣にいてやれないことが心苦しいが、俺も後ろを振り向くつもりはない。
父との約束を果たし、地上でやることは全てやり尽くした。
残るのは死に場所を選ぶことくらいか。
だったらクラトスのそばで死にたい。いつからかそう思うようになった。
会いたいよ、父さん。もう十分だろ。地上にいる理由はどこにもないよ。
寄り添っていた墓石からおもむろに立ち上がると、持ってきた花を今供えてある花と交換する。
「俺やりたいことがあったんだ。父さんに会うか、父さんの墓参りをすること」
ハンカチを使って一見綺麗な墓石を丁寧に拭う。目に見えない汚れでハンカチが汚れてしまっても、気にすることなく拭き続けた。雑草を抜いたりして、自分が満足するまで掃除をする。丁寧に、丁寧に。
掃除が一段落すると、その場に座り込んだ。
ふと頭上を見上げる。空が綺麗だ。鬱蒼とした木々の間から鳥の声が聞こえてきて、ここがデリス・カーラーンだということを忘れてしまう。
思わずふっと笑みを溢した。そのまま懐から小さな機器を取り出す。
「これで思い残すことなく逝ける」
輝石を金具から外すと懐から取り出した自爆装置に手をかけて作動させる。
ぱんと辺りに破裂音が響いたあと、輝石は砕け散り、その場には人がいた跡形もなく、骨すらも残らなかった。
けれど墓石の側をよく見ると、爆発の衝撃で壊れてしまった開かないロケットペンダントだけが残っていた。