『苦悩』人が立っている。
月明かりによる後光がその人物を差し、光の輪郭が人の形を縁取る。表情は読み取れないがその真っ暗な姿から赤い目が二つ光る。
嗚呼またか。
そう思うが、体は動かない。
黒い影は私に近づくと刀のような物を私に振りかざしそして、________。
***
目が覚める。まだ外は暗い。毎日毎日毎日毎日…いつになれば私は快眠できるのか。近衛兵を呼びつけ、新しい寝衣と茶を用意するよう命じる。
「情け無い」
そう呟くと視界の端で何かが横切った気がした。反射的に顔が其方へ向く。
そこには"赤い目を持つ黒い影"が窓の側に立っていた。
「またか」
私はいつも通り、黒い幻を見る。
「出ていけ」
忌々しいその影は私を見つめたまま動かない。
「出てゆけ!!!」
怒りに任せて近くにあった杯を窓の方向へ投げつけると影は霧のように消えていなくなった。
不愉快だった。過去を捨てたはずなのに、その影に追われるだなんて滑稽だ。私は大丈夫だ。きっとこの土地でこれからも上手くやっていける。砂の国で大富豪の奴隷として、嫁としてやってきた頃、そう信じてチャンスを待ち続けた。奴がいなくなった後は、周りの大富豪にも足元を掬われないように力をつけ、権力を見せつけてきた。
「それなのに何故…」
不安は拭えない。体は自然と震え、冷や汗をかいていた。自身が犯した過ちを責めるかのように黒い影は私をじっと見つめてくる。着いてくるその影を見ると、胸が燃えるよう熱く、息ができないほど苦しくなり、思わずその場で膝から崩れる。身も心も憔悴していた。あの日から全ての歯車が狂ってしまった。
「ふふ…」
やれるものならやってみろ。いつだって行動した者が勝つ時代なのだ。私は名を捨て、過去を捨て、大富豪になった。肝心な"お前"は私のところにすら来れてないではないか。
「恐るるに足らず」
夜空に浮かぶ月を見つめ、不敵に笑って見せた。
***
過去に起こった出来事はなかったことにはできない。自身を守るためにした行為は、誰かの死で成り立っていることをアマルは分かっていた。
その上で、知らぬ存ぜぬを繰り返した。全ては砂の闇に飲み込まれないよう強い自分を描き、弱い自分を殺すために。
こうして今夜も『嘲る影』にアマルは精神を少しずつ削られていくのであった。
to be continued...