最愛 長い間想い続けた相手が、この夏に新しい人生をスタートさせる。俺の居ない人生を。
この気持ちを自覚するのと同時に、いつか必ず行き止まりになることは分かってはいた。なるべく深入りしないように、美しく淡いままでいられるように過ごししてきた。だけど、いざその時が来るとたくさんの思い出が走馬灯のように駆け巡り、どす黒い感情で上塗りされそうになる。過去を慈しむこともできない。これが俺に与えられた罰なのか。
「俺なしでこの家はちゃんと回るのか?」
「馬鹿言え。元々何もしておらんだろうが。」
何もしていないわけがない。存在自体が生きる糧だった。
「寂しいことを言うのう」
それが家族に向けられた言葉だとわかっているが、今は俺だけのものだと勘違いさせてほしい。
こんな会話ももうできなくなる。もっとたくさん話せばよかった。兄としての小さなプライドのせいで、同じ温度で過ごせなかったことが悔やまれる。
兄弟に生まれなかったら道は続いていたのか。それとも出会うことすらできなかったか。意味のない問答だ。この関係にあったから俺たちは幸せに過ごせたんだ。
長男ゆえに初めてのことばかりで手探りで生きてきた。弟の道標にならねばと胃を傷める日もあったが、そんな不安を軽々と飛び越えて自信をくれたのもあいつだった。
「暗い顔をするな!俺を見ろ!」
落ち込んでいるときは頬を挟まれ、決まってそう言われた。つられて笑みがこぼれるような、とびきりの笑顔で。俺が導いていたのではない。俺が、導かれていたんだ。
「たまには帰ってくるから、部屋はそのままで頼むわ。」
お前もそのままずっといてくれたら…。いや、あいつの行く先を邪魔してはいけない。
おめでとう、お幸せに。
どうかその笑顔を絶やさないで。