解かれる想い 積怒には恋人がいる。でも恋人には想い人がいて、そのれは自分のもう一人の弟。恋人の本当の気持ちに気がついたのは最近のことだ。同じ家。想い人が眠っているであろうあの部屋に乱れた声が届かぬよう必死に口元を押える恋人を、悔しさに身を任せて貫いた。
……
いつもより手荒に抱いてしまった恋人を労わろうと腕の中に包んだが、居心地が悪そうに身を捩られた。いつからだろうか、背を向けて抱かれるようになったのは。いつからかだろうか、自分から愛を伝えねば空喜からの返答がなくなったのは。いったいいつから、彼の心はここになかったのだろう。肌を重ねる頻度はそう多くはなく、特にここ数ヶ月は自分の課題に追われてその変化に気づくのが遅れてしまった。
すまない…これで最後だから…
◇
可楽には恋人がいる。でも恋人には想い人がいて、それは自分のもう一人の弟。恋人の本当の気持ちに気がついたのは随分前のことだ。同じ家。想い人の乱れた声を聞いて、欲する体を慰めに来てやった。
知らぬ存ぜぬと口では言うが、その顔と体は一体なんだ。これほどに肌を重ねた恋人をそんな口先で騙せるとでも思っているのか。
……
愛を込めて抱くほどに、恋人の変化は顕著に現れる。果てる時のタイミング、目線、腹の締め付け、どれもが昔とは明らかに違う。情事後のキスなど哀絶の方からせがんでくることなんて数えるほどしかなかったのに。もう求めているのは自分ではないと充分に分かってはいるが、応えずにはいられない。
…嘘の愛でも求めてくれるなら、いくらでも与えてやれるのに
◇
其々が想いを解くために外を出歩いた1日だった。積怒は冷えたコーヒーを飲み干して、トレイを返しに立ち上がる。砂糖をたっぷり入れるなんて慣れないことをしたせいで、溶け切らなかった甘みが喉に絡まり後味の悪さを増幅させる。
店員の無機質な声を背中に受けて外へ出た。生ぬるい風が長髪をひと撫でし、開けた視界には片割れの姿が。
「可楽」
「やっぱりここにおったか」
「いい加減答えは出せたんだろうな」
「お前こそ」
「前に言った通りだ。儂はもう終わらせる」
ピロン
不意に鳴った可楽のスマホ。素早く画面を操作する片割れの眉間に皺がよる。
『明日、空喜と出かけてくる』
「チッ…デートか」
そのセリフに積怒も自分のスマホを確認した。カフェでは通知を切っていたため気づかなかったようだ。
「…空喜からも同じものが来ている」
『行かせたくない」
「可楽!あいつらの気持ちを考えてやれ!」
「やめろよ、往来じゃ」
「もう一晩頭を冷やせ」
可楽が力任せに足元の石を蹴った。欄干の端にあった別の石に当たって、二つともが川へ落ちる。淀んだ泥水に広がる鈍く歪な波紋。着水の音は聞こえなかった。川底に佇んでいるであろうそれらに自身を重ねて帰路へ着く。
もう二度と蒼い空は見えずとも、僅かな光だけでもこの身に差してくれたなら。
fin.