二人で 梅雨入り前の湿った夜風が、頬を撫でた。
久しぶりの運転に少し緊張する。いや、緊張の原因はそれだけではないのだが。
「ん〜!乗ってるだけのドライブはええのう〜。」
横で可楽が楽しそうに声を上げた。兄弟で出かける時はいつも運転手を務めてくれている。もちろん長距離の時は交代することもあるが、こうして2人きりで夜道を走るのは初めてだ。やっと下の弟たちだけで夜通し留守番させられるようになったので、満を持しての深夜デートとなった。
「この道でいいのか?」
「あぁ、まーっすぐじゃ。」
初めての道を走るのも、想い人と2人きりなのも、
夜道を走るのも、さほど珍しいことではない。しかし、これらが組み合わさるとこんなにも心臓がうるさくなるのか。
「ラジオつけてくれ」
緊張を悟られないように、と口数が少なくなる。それもきっと可楽にはお見通しなのだろうな。弟達の前ではよく喋り俺を揶揄うことも多いが、今は大人しい。
いつも見ているものと違う角度の横顔が新鮮で、つい目がいってしまう。
「儂ばかり見てると事故るぞ。」
やはりバレていたか。
外から入ってくる空気の匂いが変わった。
「海か…。ベタだな…。」
「好きじゃろうこういうのも。それともホテルの方が良かったか?」
あぁ、いつも通りの可楽だ。それはそれで安心するが。遠くに映る煌びやかな明かりを横目にハンドルを握り直す。
「今からじゃ、あいつらの起床に間に合わん。」
「ははっ素直じゃないのう。」
潮の香りが強くなってきた。
「その先に停められる場所がある、見えるか?」
体を寄せて指示が出される。本当に緩急の付け方が上手い。
◇
平日の深夜だからか誰もいない。灯台と月の灯りが異なった色で空を照らす。
なぜここを知っているのか?前に誰かと来た?幻想的な風景に、ふと一抹の不安が過る。
波に一歩近づいた。海の表面は明るくても、それはただの反射だ。海自体はどうだ?可楽も、俺たちも。…入らねば分からんか。
「積怒。」
波が足にかかりそうになったところで呼び止められた。
「行くな。」
「…可楽。」
俺だって行きとうない。離さないでくれ。
「儂はここじゃ。」
心の声が聞こえたのかのように強く抱き寄せられる。
今だけは、全て潮風と口付けに溶かしてしまおう。