御不眠 主は不眠症だ。…という自己申告だったのでルカスが三日程付き添ったが、その間、確かに主はベッドで眠る事はしなかった。日光に弱く、昼間はあまり外に出たがらない。日中はソファ等で微睡むように過ごし、日が傾きかける頃、出勤してゆく。夜中に帰ると仕事を続け、そのまま朝を迎える。
「主様、朝食も摂らねぇし、起きてる間はずっとこっち来てるし、もしかして、1日でこの夜食しか食ってねぇんじゃ…」
ロノの言葉に、バスティンは一瞬、固まった。
「確かに…あの主様ならあり得るな」
「だよなー…ルカスさんにも、主様の栄養状態には注意するようにって言われてるんだよな」
「主様は少食だからな…」
「確かに、お前の1/10くらいしか食わねぇよな」
「そんな事はない…1/9くらいだ」
「あんま変わんねーよ!」
「何?なんの話?」
夜食の片付けをしていた厨房に、酒瓶を持った主が現れる。ロノとバスティンの間に一瞬、緊張が走った。今夜はココが選ばれたのだ。
「ねぇ、何か肴が欲しいなー」
「なら、何か作りますか?」
「ううん、お話しよ?」
主が座り、談笑が始まる。他愛のない話だ。話を肴に主は酒を飲み、一瓶あげる頃、主は微睡み始める。
「主様、部屋に移動するか?」
先に、声をかけたのは、バスティンだった。すると、ロノが少し怒った様に目を見開く。
「おま、…前回もお前だっただろ!順番的には今度は俺だろ!」
「順番なんて決まっていない。主様が決める事だ。」
「抜け駆けは駄目だろ…キツネ野郎…!」
「ふん…。」
ぽやぽやとし始めた主は、ん、と言ってロノに両手を伸ばした。
「ロノ、怒らないの…ちゃんと良い子して?私のロノ…」
主の行動にロノはにんまりとした。
「だってよ。主様はオレを御指名だ」
「む…」
「じゃ、主様、行きましょう!」
ロノは主を抱え、主の寝室に向かった。
不眠症である主の、デビルズパレスでの唯一の睡眠法。それは『飲酒』+『添い寝』だった。ルカスからも下った不眠症という診断は、執事たちが共に過ごす事で大きく動いた。主は近くに執事たちが居ると、眠るのだ。近ければ近い程、主は深い眠りに落ちる。触れていると、しっかりと睡眠を取れるのだ。特に唇が何かに触れていると安心するらしい。それが理解ってからというもの、主は酒瓶を持ち歩きながら夜のデビルズパレスを徘徊し、執事との会話を肴にして、そのまま執事に抱き締められて眠りにつく。彼女自身は、眠れるのであればそれで良い、らしい。曰く、貞操観念は低い方だそうだ。寝相は添い寝をする執事によって様々だが、向かい合えば胸に顔を埋めるし、背中にはしがみつくし、腕は両手両足でホールドする。密着を避ける事は不可能だが、主がそれで良いのなら、と、皆、建前では口にするが、選ばれた夜の優越感と多幸感はこの上ない。完全なる信頼と安心を寄せてくれているのだと、いつになく思い知るのだ。そして、この主に、自身の身も心も陶酔しきっているのだと、実感する。
主のこの行動は、結果として、夜更かしする執事を増やしたのであった。
END 2023.09.18