Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    Matsu

    @howl64152

    オレ、癒着、スキ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 13

    Matsu

    ☆quiet follow

    共犯以上恋人未満だった癒着が出所後もだもだしながら一緒に暮らすお話し。その内くっつきます(ドブ兄)。
    本当に一瞬だけ、ドに嫁さんがいる描写があります。

    今日のふたり15/4 みどりの日 ゴールデンウィーク真っ只中


     六畳ほどの和室だ。南向きの掃き出し窓が設けられていて、部屋の中は明るい。

     窓の対面には押し入れがある。中板を挟んで上下二段、上側のスペースがやや広い。古いタイプの賃貸によくある押し入れだ。奥行きが広く、75センチの衣装ケースがすっぽりと収まる。

     綺麗に塗装された白壁、シミや汚れのない新品の畳と襖、そこに降り注ぐ明るい光。造りは多少古臭いが、昨今のレトロブームを考えれば比較的好印象を与える部屋だと言えるだろう。

    ――――大入道の様な大男が影を落として立ち尽くしていなければ、の話であるが。

     南向きの窓から降り注ぐ春の陽光を背に浴びて、大柄な男が押し入れに向かって立ち尽くしていた。
     襖の片側だけ開かれた押し入れを、薄暗い影のかかる顔でじっ、と言葉も表情もなく見つめている。高い位置から伏し目がちに、押し入れの下段を見下ろしていた。

     ゾッとする光景だった。部屋の入口から声をかけようと顔を覗かせた瞬間、そんな不気味な様子の男がぬっと視界に入り込んできたのだ。一瞬だけ言葉をなくすが、気を取り直してやや引き気味に声を掛ける。

    「なに見てんの……?ゴキブリでもいた?」

     男はチラリとこちらを見て「だったら速攻で叩き潰してる」と答えた。「それは可哀想だし片付ける時キモイからヤメロ」と返した。

    「ええ……ゴキブリじゃないなら何見てたんだよ……」

     和室に足を踏み入れて隣に並ぶ。何も入っていない、剥き出しの棚板があるだけだ。

     「何もない薄暗がりを見つめる猫」や、「誰もいない玄関を指差す幼子」、というのは薄ら寒い恐怖を演出する定番ではあるが、そのラインナップに「何も入っていない押し入れを見つめる元指名手配犯」を追加してもいいな、とこっそり思った。
     そんな事をこっそり思っている間にも、男はまた押し入れを見つめているから、少し心配になってしまう。

    「……大丈夫だよな?頭おかしくなってない?」

     押し入れを見つめるその視線の先で、ひらひらと手を振る。厳つい顔を鬱陶しそうに顰めて、緩く払われた。

    「なってねぇよ」

     ホントかよ、と返しても、男はそれ以上何も言わなかった。畳に投げていたボストンバッグのすぐ横に腰を下ろす。そのボストンバッグは3泊分は収められる容量がある。黒色をしたナイロン生地で、ミリタリー感のあるデザインだ。
     このボストンバッグと、その中に詰められた物だけが、男の所有する全てだった。
     何とはなしに、薄手のシャツを取り出す様子を眺めていると、三白眼がこちらを見た。

    「今から着替えるけど」
    「今更じゃん」

     わざとズレた答えを返す。男は何か言いたげにしていたが、無駄だと悟ったのか服の裾に手をかけた。
     男は春にしては厚着で、見覚えのあるモッズコートはさっさと脱いで畳に放られていた。人間だけが溶けて消えてしまったみたいな様子で平たくなっている紫色のそれを見ている間に、黒い長袖のシャツが躊躇いもなく脱がれた。筋張った肉体が露わになる。

     その脇腹に、穿った穴を無理やり塞いだような引き攣れた傷痕を見付けて、直ぐに後悔した。

    「……着替え終わったら昼にしようぜ」

     視線を反らして告げてから、和室を出る。襖は後ろ手に閉ざした。震えの走った手では制御が上手く効かなくて、強い音を立ててしまった。

    「何だ。思ってたよりも大きくないんだな、銃創って」

     誰にともなく、というよりも、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。





     時は遡って数日前。世間がゴールデンウィークを丁度迎えたばかりの頃だ。

     東京からはるか遠く離れてみても、文明の利器は物理的な距離を物ともしない。地方のド田舎に越してからも、毎日とは言わないが、弟からの連絡はそれなりにあった。

     だからその夜、バラエティ番組を見ながらだらだらと過ごしていた頃に電話が掛かって来た時も、「あぁまたか」位にしか思わなかった。
     リサイクルショップで見付けた良い感じのラタンチェアに胡坐をかいて座り、今まさに激辛カレーに挑戦する芸人を眺めながら「もしもし?」と何も構えずに電話を取ったのだ。

    『に、兄ちゃん……』

     その第一声で、それがいつもの電話とは異なる内容だとわかった。

     リモコンに手を伸ばして、顔を真っ赤にしてのたうち回る芸人の映像を落とす。「何があった?」と訊ねた。弟は自分から電話をかけてきておいて、言葉に迷っている様子だった。

    『こんな事……兄ちゃんに頼んでいいのかわかんないっていうか……俺は正直あんまり頼みたくないっていうか……でもこれで頼まないのは私情に駆られて助けを求めている人を無視することになるのかなっていうか……それって割とひどい悪じゃんっていうか……』
    「要領を得ない。何があったかだけ言ってみろ」
    『ドブの頭がおかしくなっちゃったみたいなんだ』
    「……連絡する相手間違ってないか?」
     
     頭がおかしくなったのなら頭の病院に連れていけと思うし、それはドブの身内がやるべきことだ。ただの共犯関係だった俺が面倒を見る事ではない。
     前屈みになって聞いていたのを、チェアの背もたれに背中を戻して、息を深く吐く。真面目に聞くのが阿呆らしくなってきていた。

    「いいかい弟よ。お前がどんな事情を抱えているのか知らないが、それは別に無視しても悪にはならない。責任を負って然るべき人間がその責任を放置している事が一番の悪だ。だからお前は悪では……」
    『で、でも、俺のことをずっと『兄ちゃん』だと思ってるみたいなんだ!』

     「は?」と短く返すと、弟はもう一度『だから、俺のことを『兄ちゃん』だと思ってるみたいなんだ!』と繰り返した。違う。聞き取れなかったわけではない。

    「……え、何。お前コンタクトにでもした?性格も変わったとか?」
    『全然眼鏡だし性格も今御覧の通りだよ!』
    「いや御覧にはなれていないが……」

     ドブが、弟の事を「俺」だと思ってる?何だそりゃ。
     それが本当なら弟の言う通り頭がおかしくなっているのだろうが、どうも引っ掛かる。

    「……それで、ドブの奴今どこにいるんだ?まさかとは思うがお前の家に……」
    『そのまさかなんだよ……』 

     弟の声は弱り切っていた。だんだんと電話の向こう側の光景が見えてきて、ちょっとどころではない怒りが湧いてくる。怒気が声音に滲んだ。

    「アイツ今そこにいるんだな?かわれ」
    『え、で、でも、大丈夫かな?俺のことを兄ちゃんだと思ってるんだよ?それなのに電話で本物の兄ちゃんと話しちゃったらさ、ドブの頭の中で兄ちゃんがふたり存在することになって、とんでもないパラドックスがドブの脳内で展開されて……』
    「いいから早くかわれ!」
    『はい!』

     少しの間を置いて、低い声が電話口から聞こえてきた。

    『……大門弟か?』

     笑い混じりの声色を聞いて確信した。コイツはおかしくなんかなっていない。

    「おい。弟の純情弄んでんじゃねえよ」
    『双子ドッキリの借りを返してるだけだよ』

     くつくつと喉で笑う声が響く。人を食ったような笑みを浮かべているのを想像して、舌打ちを返した。

    「何が目的だ?言っとくが弟に手えだしたら…」
    『馬鹿言うな。理由もないのに手えだすかよ。世話になってるよ、『お兄ちゃん』にはな』

     電話の向こう側から『だから兄ちゃんじゃないってば!』と律儀に叫ぶのが小さく聞こえてくる。

    「……あんまり弟で遊ぶな。怒ると怖いぞ」
    『そうかい。じゃぁ早いとこ迎えに来てくれよ』
    「え?」

     耳を疑った。聞き間違いか?今迎えに来いとか言わなかったか?
     電話口からは澱みのない言葉が次々に聞こえてくる。

    『お前今ド田舎に住んでるんだって?築古だが3DKっていう一人暮らしにゃ勿体ない間取りの団地に住んでるんだろ?男がもう一人転がり込んだって問題ないだろ』
    「問題大ありだが?」

     頭痛を覚える。額に掌を当てた。

     弟よ……自分が兄ちゃんじゃないと説明する為に兄ちゃんの情報をべらべらと喋りやがったな……それもドブの狙いの1つだったのかもしれないが。

     この際そこはどうでも良い。問題は、俺の家に転がり込もうと企んでいる男の真意だ。ずっと頭に引っ掛かっていたものを、ようやく口にする。

    「……そもそも、お前嫁さんはどうしたんだよ」

     そう、ドブには内縁の妻がいる。事実婚というやつだ。ムショにいる間も甲斐甲斐しく面会に通っているのが、ネット記事になっていたのを覚えている。
     わざわざそんな事まで記事にしなくとも、と思ったものだが、中々の美貌の持ち主だったから、余計に目立ってしまったのだろう。気の毒にも思っていた。

     こちらの最大の疑問に対して、ドブの返答は早かった。

    『あぁ、別れたよ』

     あっさりと告げる声色には、何の後腐れも感じられなかった。






     時は戻って5/4。

     昼は外で食おう、と助手席にドブを乗せて車を走らせる。懐かしいシチュエーションだ。
     カーブに沿ってハンドルを緩く右に切りながら、右手に広がる広大な敷地をチラリとだけ見る。

    「これさえなけりゃ、もっと交通の便が良くなるんだけどな」

     肘をついて反対側を見ていたドブが、こちらを向くのが視界の端に見えた。すぐに肯定の声が上がる。

    「そうだろうな。来る時も思ったわ、それ。これのせいでぐるっとひと回りしなくちゃいけないもんな」
    「そうなんだよ、邪魔くせえよな……あっ、そうだ、思い出した」

     ガソリンスタンド前の交差点でタイミング良く信号に引っかかり、ブレーキを踏む。ドブを見ると、怪訝そうにこちらを見ていた。
     右手の敷地を指差して、思い出したそれを伝える。

    「ちょうど来月くらいに、イベントがあるんだよ。それがもう馬鹿うるせぇから、覚悟しとけよ」

     きっとこれだけでは伝わらないだろう、と思っていたので補足を用意していたのだが、意外にもドブは心得た様子だった。

    「あぁ……話しには聞いた事がある。そんなにうるせぇのか」
    「え、知ってるんだ」
    「知識としてはな。実態は知らねぇよ」

     そんな話をしている間に信号が進めと色を変える。緩やかに発進させた。

     用意していた補足が必要なくなって、会話に奇妙な間が生まれてしまった。
     それを埋め合わせようという気持ちが働いたせいもある。けれどそれ以上に、それが如何ほどのものなのかを伝えたくなった。

    「もうさ、うるせえってもんじゃないんだよ。音っていうか衝撃波?あぁ、音って正しく振動なんだなって理解せざるを得ない感じ」

     つい饒舌に語ってしまった。期待していたのかもしれない。
     驚いた様子で「そんなに酷いのか」とか、嫌そうな口ぶりで「最悪だな」とか、そういう共感めいたリアクションを、つい期待した。

    「ふぅん……そりゃ大変だな」

     返ってきた言葉はそれだけ。どうでもいい、が滲み出た声だった。思わず言ってしまった。

    「何でそんな他人事?お前ひと月もしない内に出ていくつもりか?」

     しん、と静まり返る車内に、タイヤが路面を転がる、ごうごうとざあざあが混じったような音だけが響いた。






     帰路に着く頃にはすっかり日が暮れていた。
     ドブは意外そうな様子で「まさか昼食いに行くのにこんなに遠出するとは思わなかった」と言っていた。「どうせ時間があるんだから良いもん食いに行きたいだろ」と返しておいた。
     元々家を出るのが昼を過ぎた時間だった事もあり、昼というよりは少し早い夕飯を済ませた形になったが、特に文句は言われなかった。

    「時間があるんだったら、もうちょっとドライブしようぜ」

     助手席で呑気に男が言った。自分が運転をしないから気楽に言うのだろう。けれど、俺も別に嫌ではなかった。

    「いいけど。ドライブコースのご所望は?」
    「お任せするぜダーリン」

     ふざけた言葉はスルーして、ヘッドライトの明かりだけが頼りの暗い山道を走りながら考える。
     定番は工場地帯の夜景が見える海沿いのコースだろうけれど、この時間から家の反対方面へ車を走らせる気は起きなかった。

    「じゃ、近所にはなるけど見晴らしの良い場所に連れてってやるよ」

     目的地を決めてアクセルを踏み込む。曲がりくねった山道を走るのにも慣れたものだった。
     
     

     ドブが途中で「これ本当に道あってるのか?」と不安を口にするくらいには、ぐんぐんと山道を上り進めて、辿り着いたのはだだっ広い駐車場だった。
     ぽつりぽつりと橙色の明かりが落ちる薄暗い駐車場だ。その中でも一つだけ、青白い光を放つLED灯が目立つ。青色い光が降り注ぐ場所に歩道が浮かんで見えた。その先が目的地だ。
     時間は21時を回る頃で俺達以外の車はなかった。ヘッドライトを落とすと殆ど暗闇に包まれる。

     途中まで遭難を疑っていたドブも、アスファルトが綺麗に敷かれた駐車場を見てやっと安心した様子だった。

    「え~こんな誰もいないとこに車停めてナニするつもり?」

     ニヤついた声を無視して車を降りる。荒くドアを閉めた。
     遅れて助手席側からもドアの開閉の音がする。暗がりに浮かぶ大柄の人影が肩を竦めた。

    「なんだ。てっきりカーセックスでもする気なのかと思ってたのに」
    「バカ」

     それ以外に言う事もない。青白い光の落ちる歩道を目指して歩き出すと、程なくして左腕を掴まれた。ちょうど肘の辺りだ。反射的に振り返る。
     暗がりでもその表情が見える程近くに顔があった。薄っぺらい笑みを浮かべている。

    「暗くてよく見えないから。お前と違って初めてきた場所だし」
    「……俺だって言うほど来てないけど」

     そうして言い返してみるが、ドブが手を離すことはなかった。結局そのまま歩き出す。
     掴まれた腕が僅かに後ろへと引っ張られるのを感じる。ドブが着いてくる。悪い気はしなかった。

    「あのLED灯のとこの歩道見える?あの先行くから」
    「あぁ。しっかりエスコートしてくれよ」

     バカ、ともう一度吐き捨てた。



     歩道は歩きやすく舗装され、その道幅は車が走れるくらいの広さがある。右手には上へと続く斜面があって、今は暗くて見えないがツツジの株が斜面を覆うようにして植えられている。
     左手は暫く背の高い植え込みが続いていたが、やがてそれが開けて下に広がる空間が見えてくる。

    「……へぇ、公園……いや、広場か?」

     暗闇のせいでその全貌は明らかにはなっていないが、例によってぽつりぽつりと灯る明かりでだいたいの雰囲気は察せたのだろう。ドブは立ち止まると太い丸太を横に組んだ柵に手を置いて下を覗き込んだ。必然的に俺も立ち止まる事になる。

    「こんな山の上につくって需要あるのか?」
    「めちゃくちゃあるぞ。休日の明るい時間帯は親子連れで溢れてる」

     手入れされた芝生が広がり、ちょっとした遊具がある。大きな東屋もあった。陽の下で元気に駆け回る子供達を、東屋の下の影で親達が見守り、時に居合わせた親同士で笑い合って世間話をしていた。

     それを初めて目の当たりにしたとき、そういう世界が当たり前にあるんだということが。
     この歳になって、やっとわかった気がしたものだ。

     今までは、それが全て偽物だと信じて疑わなかった。はっきりとそれが自覚出来ていたわけではなかったけれど、道行く若者が馬鹿笑いをしているのを見て腹を立てていたのは、きっとそんな無意識のせいだった。

    「……因みに、この下の広場には行かない」

     掴まれたままの腕を軽く引っ張って促す。ドブは大人しく着いてきた。
     歩道は途中で広場に降りる階段と繋がっていたが、その横を通り過ぎて広場を囲うように続く歩道を進む。
     それもとうとう終わりを迎える。辿り着いたのは開けたスペースだ。そこに1つだけ、円形の建物が寂しそうに建っている。
     高さは然程無いが、それは展望台だった。

    「この展望台に上がる」
    「入れるのか?扉閉まってるけど」
    「鍵はついてなかったと思う……多分」

     最後に訪れてからしばらく経っていたので、自信はそこまでなかった。恐る恐るドアノブに手を伸ばす。何の抵抗もなく扉が開いた。
     中は簡素な造りだ。円形のコンクリ壁に囲まれ、その壁には小さな覗き窓がついている。折り返し階段がある以外には、特に物は置かれていない。大人がひとりかふたりくらいはゴロ寝が出来そうなスペースがあった。

    「……さすが田舎。不審者に優しいな」
    「こんな山の上まで不審者が来ることを想定してないんだろ。監視カメラは駐車場についてるし」
    「あぁ、じゃあカーセックスはホントに出来ないんだな」
    「ホントにする気だったことに今引いてる」

     そんな馬鹿みたいな会話をしながら階段を上がる。幅が狭いから前と後ろに並んで、吹き抜けを通って屋上に出た。
     展望台と御大層な名前がついてはいるが、望遠鏡も何もない。大人が10人も集まれば狭苦しく感じる程度の広さだ。

     それでも、

    「……想像してたよりは良い感じだな」
    「だろ」

     標高700mの山の上だ。スカイツリーの展望台よりも高いその場所から、遮るものもなく裾野から海にかけてを一望できる。
     落下防止の細いパイプ柵に手をついて、ドブはその夜景にしばらく見入っていた。

     民家が多く、都会の夜景ほどの派手さはない。だが、暗闇に弱い明かりが無数に広がる中、一際輝く光の帯があった。

     それは県道だった。市の中では最も大きな県道で、緩やかに蛇行するその通りは工業と共に栄えた街らしい様相をしている。
     通りに並ぶ工場倉庫の朱色の夜間灯、歩道を照らす黄味がかった街路灯、色を変える信号機、走り抜ける商業車や物流トラックの青みがかったヘッドライトと赤く明滅するブレーキランプ。それらがひとまとまりの光となって輝いているのだ。
     
     それはまるで、天の川のようだった。 
     この強すぎる地上の光の川に、本物の天の川が掻き消されているのは皮肉だったけれど、俺はこっちの方が好きだった。

     この夜景を初めて見た時。
     この感動を分かち合う相手が隣にいなかった時。
     初めて、独りとは寂しいものだな、と思った。

     春の夜風が緩く吹き抜ける。薄手の服と肌の隙間を通り抜けるそれが、少しばかり肌寒い。
     
    「……女連れてくるのか、ここに」

     低い声がぽつりと言った。馬鹿なことを言う奴だな、と思った。夜景を見つめたまま答える。

    「誰かを連れてきたのは初めてだよ」

     返事はなかった。腕を掴む手が離れた。その手が腰に回される。大きな手が腰骨を包み、身体を引き寄せられる。
     虫酸が走るが、抵抗はしなかった。

    「何?」

     声色に隠しもせず棘を生やす。途端に、腰に回された手が引き攣る。ドブは押し黙った。
     決してそちらは見なかった。天の川を見下ろす。夜風が吹き抜けた。ゼロ距離で触れ合う部分だけが生温い。

     隣から低く喉を震わせる音がした。

    「……駄目か?」
    「何が?」
    「正直、脈はあると思ってた」

     昼間の会話で、と付け足される。鼻で笑ってやった。

    「アレで?認知の歪み酷いなお前」

     ストーカーになるタイプだぞ、とわざと煽っても、ドブの声色は変わらなかった。

    「……お前は素直じゃないが、正直な奴だから。気に入った人間以外、傍に置こうとしないだろ。それで独りになったとしても、それを選ぶ奴だ」

     知った風に言われて苛立つ。事実だったからだ。

     独りを選んで、本当に独りになってようやく、それが寂しいものだと気が付いて、後悔している。そういう愚かな人間だ、と。言外に言われている気がした。

     込み上げる衝動のまま言葉を吐き出した。

    「だから何?まさか、それだけで?自分が拒絶されなかったから、まだ好きなんだろうって?そう思ったのか?」

     答えはなかった。だが、抱き寄せる腕の力が強くなった。
     反吐が出る。そんな事で仄かに悦びを感じている自分自身にだ。

    「……まだ、ということは、少なくとも昔は好きだったって事だ」
    「隠してたつもりはないけど?」
    「そして今もそうだ。違うか?」

     俺の言葉をまるっきり無視して、核心をついてくる。バカバカしくなった。まどろっこしいのは昔から嫌いなんだ。コイツはそれをよく知っている。

    「……違うか違わないかで言えば、後者だよ」

     力を抜いて、抱き寄せられるまま隣の身体に身を預けた。
     天の川の中で強い光が一瞬だけ弾けた。自動車のパッシングか、トレーラーの荷台が反射したのか。それが責めるように目を刺した。

     わかっている。同じ轍は踏まないさ。
     瞼を閉じる。暗闇の中思い出す。この男の懐に入るということは、両刃のナイフを胸に突き立てる様なものだった。

    「どうしたいの?」

     慎重に、けれど素っ気なく尋ねた。男は真意に気付いた様子もなく答える。

    「野暮だな。言わせるなよ」
    「じゃあ俺の想像通りに受け取っていいんだな」

     どんな想像?と笑い混じりに聞いてくる。笑っていられるのも今の内だ。
     ナイフを抜く。油断しきったその横面を切り裂いてやる。


    「俺の想像通りなら、答えはNOだ」

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator