待ち合わせ場所に立っているとふと、自分の吐いた息が白む事に気づく。辺りを見渡せば、陽が沈んで本来なら真っ暗になるはずの街中が眩しい程に明るく輝いて、もうそんな時期かと思う。そう思えるぐらいにはこの世界でも長い月日を過ごして馴染んだのだとも思う。
ザンブレク皇国の国教であるグエリゴール全教の祭がある時はいつもドミナントとして畏まった服を着て厳かな場に立っていた。だが、街中は大抵賑やかで露店も沢山あったと思う。自分がその場に向かう事は無かったが、部下が楽しそうにしていたのは覚えている。
「ディオン!」
聞き慣れた声に名前を呼ばれて顔を上げれば、やはりと言うべきかテランスがこちらへと駆け足でやってきた。
「遅くなってごめん」
「時間ピッタリだ、気にしなくていい」
走ってきたのだろう、荒い息に呼応してテランスの口元に繰り返し白い息が現れる。汗で身体が冷えてはいけないと、ハンカチを差し出せばテランスは少し悩んだ末に受け取り「洗って返すから」と恥ずかしそうに言った。
それからゆっくりと歩き出し、いつものカフェに辿り着く。テランスとは通っている大学が少し離れている。近いとは言い難いが、なかなか会えないと言うほど遠くもない。だから都合がつく日はこうして互いの位置からだいたい半ばの場所で落ちあい、短い時間だとしても直接会って話をする。すっかり定番になったメニューをいつも通り頼んでようやくほっとひと息を吐く。自覚は無かったが、それなりに冷えていたようだ。
「今年のクリスマスも集まる予定?」
幾らかの他愛ない、けれどかけがえの無い穏やかな話をしていると急に話を切り出される。というのも昨年はイフリート、もといクライヴによって「ヴァリスゼア同窓会」とか言うあまり褒められたネーミングセンスではない会が催されかけ、「ヴァリスゼアの記憶がない人もいるのだから表向きは無難な会にしよう」と彼の弟ジョシュアが軌道修正し「クリスマスパーティー」の名目で催された集まりがあった。主催ではないので知らない人が何人かいたが、記憶持ちには合言葉のようにバハムートと声をかけられる度に不思議な気持ちになった。
「今年も開催するとジョシュアから連絡をもらってはいるが」
「そう」
それだけ言うとテランスは顔を俯けてホットコーヒーを飲む。少し前から気になっていた、癖とでも言うのだろうか。
「テランス」
名前を呼んでからどう切り出すべきかと少し悩んでいると、テランスと目が合う。あぁ、そうだ。お互い、あの時とはもう違うのだから。
「もう主従関係は無い。あの時のように「表向きは」なんて事も無い、そうだろう?」
「……はい」
手をとって、目を合わせてそう伝えれば、テランスは少し驚いた顔をした後素直にそう頷いた。
「さて、パーティーへの参加についてはまだ返事をしていない」
パッとテランスの手を離し、片隅に置いたままのスマホを掴んで指先を走らせる。するすると指先に合わせて画面は代わり、ジョシュアとのやりとりをする画面へと移る。
「テランスはどうしたい?」
前は結局最後まで私の意思を尊重してくれていた。だから今世では何度でもテランスの意思を気持ちを聞きたい。国に、民に影響を与えるような大きな事はもう無いだろう。だが私とテランスという小さな、けれど私にとって何よりも大きな世界に影響を与えるのだと分かってほしい。
「ディオンと2人きりで過ごしたい」
「私もだ」
それならばと早速ジョシュアに断りのメッセージを打てば、ただの断りのメッセージだったというのに「わかった、恋人と素敵な聖夜を過ごしてね」と返事が返ってきた。はなからこうなると分かった上で誘っていたのだろう。既読だけをつけて、スマホを暗転させる。
「どこに行くか決めなくてはな、今ならどこにでも行けてしまう」
そう笑って言えば、テランスも同じように笑ってみせた。