独占欲のバレンタインデー独占欲のバレンタインデー
※現パロ大学生テラディ
※ジョシュアに恋人いるけどお相手明記してないです
※モブが男も女も出てくる
テランスはモテる。紛れもない事実だ。なのに本人にその事実を伝えれば「そんな事ないよ」と否定する。が、たぶんそこいらのイケメンよりずっとモテる。
「真面目な雰囲気の正統派イケメンで、中身も伴ってるのヤバ…ってなる、あんなの好きにならないわけがない……!」
「わかる、話しかけたらちゃんと顔を傾けてくれるの最高。カッコいいのに可愛いいもある」
キャー!と甲高い声が食堂の後方のテーブルから聞こえてくる。誰のことだが明言はしていないものの、ソレがテランスの事だと言う事は明白だった。なんせ、彼女らはつい先程食堂を出ていくテランスに必死に声をかけていたのだから。
「モテモテだね、君の恋人」
「困るぐらいだ」
目の前の席に座っているのはテランスがいなくなった後にやって来たフェニックスだった。あの現場を見ていないフェニックスでもテランスの事だと判断するぐらいには、彼女たちが常にテランスの事ではしゃいでいるのだろう。
「恋人の事だからかやたら耳につく」
「実際多いと思うよ?ディオンがどちらかと言うと鑑賞用の扱いだけど、彼は真面目で優しくて顔も整ってるから」
「余のだ」
「間に合ってるから安心して」
フェニックスの軽口に釘を刺しておくと、ふふと笑ってかわされる。ちょうどそのタイミングでフェニックスのスマホが鳴り、連絡が来たから行くね、と言って自身の恋人の元へと向かって行った。1人残されたまま、すっかり不味くなってしまった紅茶を飲み干す。テランスは「教授に呼び出されたけどすぐ戻ってくるから」と言っていたが、まだ戻って来ない。はぁ、とため息をついて空になった紙コップの中身を見る。
「テリー!」
後ろからガタタッと椅子を乱雑に引いて立ち上がる音がして、驚いてそちらを見れば、先程テランスの話をしていた女性たちがパタパタと足音を立てて食堂の出入り口さらに奥にいるテランスの元へと駆けて行った。
(テリー、テランスの愛称か……)
テランスが急いで行ってくると言ったのにも関わらず此処を出ていく時も声をかけられて対応していたし、そんなに仲がいいのか、とモヤモヤした気持ちでいると、つい手に力が入って、ペキッと紙コップの形を歪めた。はぁ、とため息をついていると今度は背中からドンッ!と衝撃が加わる。
「ディオーン!聞いてくれよ!今年は一個貰えないんだよー!」
「今年「も」の間違いだろ、イケメンにダル絡みするのやめなー?」
「うるさい、俺はディオンが貰ってない可能性に賭けてんだ!」
「流石に貰ってるでしょ、持ってないなら断ってるんじゃない?」
余の頭上でそう話してるのは、同じ授業を取っている関係で、グループワークで度々同じになっている2人だった。2人が何かの話をしているが、主語が無い為理解出来ないままそのやりとりを聞き流す。相変わらず賑やかな事だ。
「それでディオンは結局何個もらったの?」
「何のことだ」
「え?だって今日だよ?もしかしてディオン、マジで貰ってないの?」
驚いた2人の顔にそんな変な事かと思ったが、たまたま目が合った通りすがりの生徒も少し驚いた顔をしているのに気がついて、そんなに驚く事だっただろうかと少し考える。だが、考えれば考えるほど、後方から聞こえてくるテランスへの甲高い声が騒がしくて碌に思考がまとまらない。
「何の話か分からんが、今日は誰からも何ももらっていない」
「うっそ、今日バレンタインだよ!?」
もう深く考えるのを辞めて、素直に事実を答えれば間髪入れずに否定される。バレンタイン。言われてみればもうそんな時期だったか。正直、馴染みのないイベントだが好きな人やお世話になった人にチョコをあげる日なのは流石に覚えている。
「まぁ、いつもテランスが一緒だから渡される事もないか」
「テランスが一緒だと何かあるのか?」
この会話の流れで何故テランスが出てくるのか分からず、気になって考えるより先にたずねる。2人は声にこそしなかったが、「あ」とでも言いそうな形で口を開けていた。いったいどうしたのかと思っていると2人揃って口を覆う。
「やっべ、藪蛇」
「あっ向こうも睨んでんじゃん!!ディオン、俺らもう行くから、じゃあな!」
結局、返事もないままドタバタと去って行った2人に、本当に賑やかだと苦笑する。少し気が滅入っているのは自覚しているが、案外気を遣われていたのかもしれない。
テランスが戻って来る前に紙コップを捨てようと自分も席を立ち上がる。ゴミ箱を見れば、ハートが舞う紙包みが捨ててあった。そうか、バレンタインだったな。きっとテランスに近づいて行ったあの女性たちもテランスに何か贈り物を渡しているのだろう。
テリーと呼んだ女の声がやたらと耳を刺されたかのように痛んで残る。いっそ、フェニックスを相手にした時みたく「自分のものだ」と公言できたらよかったのに。ハッ、と出来もしない事を妄想する自分を嘲笑して紙コップを捨てた。
「ディオン、お待たせ」
そう言われて、振り返ればテランスがいた。荷物は肩にかけているいつもの鞄のみで、手には何も持っていなかった。
「帰ろう?」
「……ああ」
それから特に話もせずに一緒に帰路に着く。テランスとはアパートの隣の部屋同士なのだが、互いに合鍵を持っているので実情は同棲に近い。いつも通り鍵を開けて自分の部屋へと入ればテランスもドアを潜る。部屋について早々、鞄を下ろすより先にテランスがじっとこちらを見ている事に気づいてどうしたと問う。
「ディオン、誰かから何かもらった?」
「チョコの心配か?もらったのはテランスの方だろう?」
濁す言い方にむ、と圧し口にして言えば、テランスはポカンとした後に複雑そうな顔をする。やっぱり彼らか、とよく分からない事を言うが意図を測りかねて続きの言葉を待てば、テランスにしては珍しくえーと、と言い淀み、頬を掻いてからようやく口を開いた。
「実は……バレンタインを気取られないようにしてたんだ」
「テランス?」
「ディオンは人の好意を無下にはしないけど、さすがにいきなり食べ物を渡されたら拒否するでしょ?なのにバレンタインなんて認知したら受け取るかも、と思って……ごめんね」
狭量な男の独占欲だと言われてしまうが、自分もテランスがチョコを受け取っているのかと思って嫉妬していたのだから大差ない。逆の立場だったら、同じ事をしたかもしれない。
「それを言うならテランスはチョコを、」
「もらってないよ、というか断った」
「断った?」
「うん、ディオンからしか貰うつもりが無いって……ディオン?」
顔がドンドン熱くなって、ずるずるとその場にへたり込む。「自分のものだ」と公言したい気持ちでいたのを我慢していたのに、まさかテランスが自ら同じような意味の言葉を既に言っているとは思っていなかった。
「余も、テランスのからしか受け取るつもりはない」
「本当に?嬉しい」
へたり込んだのにあわせてしゃがんだテランスも少し頬が赤い。
「おかげで、これからはお互いバレンタインに贈り物ができ、……テランス?」
今まで贈りあえなかった分、何を贈ろうかと考えながらテランスにそう言うとテランスの目が泳ぐ。今まで見た事のないテランスの反応にもしや、と懸念事項が一つ頭を過ぎる。
「まさか、既にバレンタインとは無関係を装って何か贈っていたのか!?」
「その、花を」
「花……?」
問い詰めれば、観念して白状した言葉にはた、と気づく。通りすぎてきた玄関まで走って戻れば、花瓶にチューリップが飾られていた。テランスが時々、花瓶に花を飾っていて、「綺麗だな」と言う事はあったが、まさかバレンタインの贈り物だとは思っていなかった。テランスは悪戯がバレた子どもみたいな顔をしてこちらを伺いながら、正解だと言った。
「まさか、毎年?」
「うん」
「……ホワイトデーは過去の分も纏めて返す、覚悟しておけ」
「ディオンから貰えるなんて楽しみだ」