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    ある・R18

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    ある・R18

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    しょ〜りのめがみア…指…

    ##ニケ

    「その5分だけ俺にください」

    5min, just give me

     5分後に会議があるんだ、というセリフはアンダーソン副司令官の代名詞だと言える程彼の口から頻回に聞いた言葉だった。実際、中央政府に来ると彼は忙しくしていたし、俺たちが派手に動けば動く程更に忙しくさせていたのも自覚はしている。つもり、だけれども。

    「5分後に会議が……いや、治療があってね」

     そう言われてストンと、あぁ今まで嘘をつかれていたのだと理解した。本当に会議だった事もあるだろう。全部が嘘だとは思わない。けれど、俺に輸血した後から生命維持装置がないと30分と生きられない言っていた。俺と話していた時間を考えれば、恐らく生命維持装置が必要になる前に俺を部屋から追い出したかった、生命維持装置を装着している所を見られたくなかったのだろう。
     別に嘘をついた事に対して意地が悪いだとかなんで誤魔化すんだとは思わない。前哨基地に派遣した事に始まり、特殊別働隊にと、様々な形で俺が動きやすいように働きかけてきてくれた人だ。初めて会った時からずっと。アークの天井に穴が空く、なんて未曾有の大事故さえ無ければきっと今も俺に隠し続けていただろう。
     俺が憂いなく飛び出していけるように。

    「アンダーソン副司令官」
    「どうした?」
    「その5分だけ俺にください」




     ラピの探索をだとか、地上の奪還だとかごちゃごちゃ言うアンダーソン副司令官の言葉を無視して俺は副司令官室に居座った。俺がその指示に無視しても叱責しないのは今までついた嘘への謝罪代わりだろうか。
     手始めに近くに散乱する書類に手を伸ばす。触っても咎められないので、俺が見ても問題の無い書類なのだろう。通し番号を確認しようとすれば必然的にそれが何の書類か目に入った。他の指揮官の活動報告らしきソレを確認した通りに並べる。俺自身、報告書を書くのは得意では無いし立派なものばかり出せたわけではない。だが、ソレには思わず眉を顰めた。ニケが何体破損及び大破しただとか、目的地に到着する前に襲ってきたラプチャーに対抗できず帰還しただとか、……殉職しただとか。
     他の指揮官とはあまり話した事がなかったが、普通はこんなものなのだろうか。正直「人類の希望」と呼ばれ、「特殊別働隊」の地位をもらってはいるものの自分が特別凄いとは思えない。彼女達が居なければ今頃とっくにくたばってる。俺が彼女たちを信じて、彼女たちが俺を信じてくれたおかげで助かった事が一体何回あっただろうか。運にも恵まれたと思う。ヨハンに出題された指揮力試験での敗戦回数がその答えだろう。
     そんな報告書の山々を見ながら、帰還する度に心の底から労ってくれたアンダーソン副司令官の顔と声色を思い出した。
     ……いつの間にか報告書を強く握ってしまったようで、シワにこそならなかったが少しヨレたその紙を束にして机の上に整える。ぽん、と置いたその時フワリと彼の匂いがした。
     ふぅ、と緊張を紛らわせる為に息を吐いてからアンダーソン副司令官の元に近寄る。変わらず何も言ってこないのに納得がいかないと言わんばかりの不満顔だ。ゆっくりと近づいて真正面に立つ。いつだって俺の事ばかりで自分の為に俺を動かそうとはしないこの上司を、俺が好いたこの人をどう労おうかと悩みながら、跪いて手をとる。
     その手に触れて、マッサージしようと後づけで思いついた理由を実行していく。自分より少し体温の低い厚みのあるその手を、ゆっくり、それでも力を入れてマッサージすれば血流が良くなったのか、少しづつ暖かくなっていく。先に触れた左手を離しつつも彼の膝の上に残したままの両手で言外に右手を求めれば、諦めたのか素直に右手が差し出される。その時にふと何か違和感を感じて、疑問に思いつつも右手を手に取り左手同様にマッサージを続ける。いったいこの違和感は何なのだろうとマッサージをしながらも頭の片隅で考え続ける。そこですん、と何の気なしにした鼻呼吸ではたと気づく。

    「香水の、匂いがしない?」

     そうだ、アンダーソン副司令官はいつも香水の匂いがしていた。ついさっきデスクで嗅いだあの匂い。こんなに近くにいて手まで取ったなら匂いがもっとするはずだ。俺に言われた事で自身もようやく気づいたようで、少し気まずそうな顔をされる。

    「療養期間中は絶対安静で、つける余裕も無かったからな」

     そう言うとアンダーソン副司令官が俺の手からするりと手を抜いたが、反射的に手を伸ばして手首を掴む。彼のことだから、このままはぐらかされて終わってしまいそうで。
     命に別状はないと聞いていたが、それでもやはり絶対安静になるほど過酷な状況だったのだ。掴んだ手首を引き、身体を前のめりにして彼の肩に顔を埋める。すん、と匂いを嗅げば微かに香る香水の匂いに混じる、なんだろう、これがアンダーソン副司令官の体臭なのだろうか。もっと嗅いでやろうと顔を首に寄せると鼻先が首に触れた。

    「やめなさい、汗くさいだろう」
    「大丈夫です」
    「私が嫌なんだ」

     握っている右腕は離さないでいたが、自由な左手で顔を押しのけられる。特別強くもないその手に逆らう事も出来たが、無理させるのは本意ではなかったし、本当に嫌がっているならと渋々顔をどかす。すると今度はアンダーソン副司令官が俺の右腕を掴んで、自身の頭を俺の肩に乗せてきた。

    「ア、アンダー、ソン、ふく、」
    「君の方が」
    「はい」

     さっきまでの思考が全部吹っ飛んでうまく発言出来ず、アンダーソン副司令官と言い切るより先に言葉を被せられる。返事は軍人の性というべきかするりと口から出てきたが、正直肩にかかる頭の重みと肌に触れる彼の髪の毛で頭の中は真っ白だ。

    「私よりも香水の匂いがする」
    「それは、」
    「欠かさずつけてくれていたのか」
    「はい」

     昔お礼にともらった彼と揃いの香水。香水の事は詳しく知らないが、それでも気を失っていた時や地上にいる間にストックが無くなった時以外は教えられた通りうなじにつけていた。そう思っていると彼の鼻と吐息が首に当たる。さっき自分がした時はこんなに恥ずかしくなかったのに、今は恥ずかしさで顔が赤くなっている自信がある。自分も彼の顔を押し除けようかと迷っていると、先に彼が口を開いた。

    「次に君が地上から戻ってきた時にはこの香りを纏っていられるようしよう」
    「是非そうしてください」
    「ああ、その時は君も」
    「はい、必ず」

     首を彼の方へと傾けて頭と頭がぶつかる。それからお互いなにも言えずに、けれど握った腕は互いに離さずに。指を絡ませるなんて甘い事はないけれど、互いの腕に加えたその手の強さは「生きろ」と、いや、「死ぬのは許さない」と言わんばかりのもので。治療開始の為のアラートがなるまでの間ずっとそうしていた。
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