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    ある・R18

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    ある・R18

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    モブ→テデ/デの侍女がテにガチ恋する話

    ##R18
    ##テラディオ

     貴族と言っても千差万別だが、我が家は中の中から上、どう頑張っても上流貴族にはなりきれない。だが、皇国軍の軍人を多く輩出しており武勲だけはやたらある、そんな家だった。
     おかげで何とか神皇やその家族の住まう宮廷に行儀見習いとして滑り込めた。逆に周りの行儀見習いは私より格上──私より格下は上流貴族へ行儀見習いに行くので──しかいない。だが、この数年だけでも頑張れば箔がつくし、上手く行けば良い人に見初められるかもしれない。そんな思いで上手くサボる先輩達の尻拭いをしながら真面目に働いていた。
     ある日の事、ディオン様の侍女が1人辞した。それにより空いた枠を狙っての点数稼ぎ、これが本当に酷かった。元々侍女を狙目指して真面目に働いていた人達はいい。今まで男を捜しに来ただけの女達が特大の玉の輿に乗れるチャンスを狙い始めたのだ。いくら廃嫡されているとは言え現神皇の家族である事に代わりはないし、竜騎士の叙任を受け更に聖竜騎士の称号まで与えられた一流の騎士だ。そこらの貴族を捕まえるよりずっと贅沢な生活ができるだろう。
    そんなわけで玉の輿狙いのお嬢様がたが周りを妨害するという脚の引っ張り合いをみせるわ、今までやらなかった事をやり始めて被害を増やすわ、いつもよりも酷いその尻拭いをやらされ続けた。自分より格上の貴族しかいないから仕方ないとは言え、今は同じ行儀見習いだろうと何度か悪態を心の中で吐いた。
     そして、その結果なぜか私がディオン様の侍女になった。行儀見習いの中では圧倒的に下位貴族で侍女として特別な訓練を受けてきたわけでもない私が何故抜擢されたのか最初は分からなかった。周りも私にコネだとか悪態を吐きたくてもコネらしいコネはなく、ひたすら「なんであんたなんかが」と言われた。私も知りたい。だが、侍女として初めてディオン様の元へお伺いした時に直ぐにその理由が判明した。
    (あぁ、これは確かに普通の御令嬢では無理かも知れない)
     初めてお会いしたディオン様は大きな怪我をされていた。ご挨拶はさせていただいたが、床に臥せたまま呼吸しているかも怪しい程重傷なディオン様に聞こえていたのかは定かじゃない。
    声をおかけしながら傷が化膿しないように洗浄したり、排液で滲んだ布の交換をしたり、一般女性より遥かに体格の良いディオン様の支えながらお召し変えなど、凡そ普通の侍女がやらないような事をした。軍人の家の出である私は父や兄弟で何度も経験していたし、専門ではないものの多少の処置法なら齧っている。
    先輩方から話を聞けば、どうやらこれだけ重傷なディオン様を見てご高齢の侍女が倒れてしまいそのままお辞めになられたそうだ。そうして重傷のディオン様の処置が出来る私が抜擢されたらしい。先輩方も寝具を整えたりはしても傷口まで見るのは出来ないと言い、私1人で処置を任された。おかげでこんな行儀見習い風情の私でも冷遇せず扱ってくれた。

       *

     ご自身の気力と医師や従者の方の懸命な治療によりディオン様は一命をとりとめ、意識も回復した。意識が戻ったという事は治療の際に痛みで反射的に払い除けられる可能性がある。如何せんあの体躯だ、これからは多少怪我をするかもしれない、と思っていたがディオン様は何とも我慢強いお方だった。傷が原因で発熱して魘されている時ですら、処置で痛みを与える私に怒鳴る事すらしなかった。
     なーんだ、これなら私にも出来る!と思ったのが誤りであった。
    「来週のパーティにはバハムートのドミナントとしてのご出席です」
    「今日は祝祭日です、そのお召し物ではありません。飾りも合わせて変えなさい」
    「明日は皇子ではなく聖竜騎士としての儀に参加されます、準備が終わった後は無暗に近寄らないように」
    「明日、いえもう今日ですね。本日のご出立の日です、3時間後には起床し準備するように。門もいつもと違いますよ」
     当然ではあるが、ディオン様が元気になってからが目まぐるしかったのだ。本当に立場がコロコロ変わってややこしい!一応皇族のルールやマナーは侍女に抜擢された際に付け焼き刃程度ではあったが、身につけた。
     だが、日によって、いや、なんならその日のうちにも何度も立場が違って、御令嬢達のお色直し以上の召し替えもあるし、状況によっては飾りやお持ちになるものも変えなくてはいけないし、聖竜騎士の時に至っては最後まで同伴できないので準備を完璧に終わらせて送り出し、その後も他の騎士様と同様の扱いになる為お傍にいてはいけない。
     恨む相手がお門違いなのは分かっているが正直ディオン様を何度か恨み掛けた。だが、ディオン様も伝統やしきたりである以上やらざる負えないだけで、本来は同じ格好でも良いと思っているのだと知ってからは可哀想にと同情が勝つようになった。着飾って火急の用事に遅れを取るのが嫌なのだという事が言葉の端々に感じられた。
     けれど気が楽になったところでなかなか先輩の指示なしでは完璧には熟せないところは変わらなくて。自分のミスを指摘されては酷く落ち込んだ。自分を特別と思った事はないが、本当に傷の処置だけがちょっと上手いだけのただの女だったのだ。
    「失礼」
    「テランス様」
     急に声をかけられたが侍女として最低限の事として落ち込みを顔に出さずに振り向く。そこにいたのはテランス様だった。テランス様はディオン様の従者で初めてディオン様にお会いした時からずっと御傍にいらっしゃった方だ。ディオン様の治療をしながらお話する機会が何度かあり、聞けば幼少期よりずっとご一緒なのだとか。だが、ただの従者ではなく彼もまた竜騎士の叙任を受けて騎士団に入団している実力の持ち主だ。
    「今晩ディオン様と相談があります、お召し替えは不要と他の方にもお伝えください」
    「かしこまりました」
     2人は定期的に夜遅くまで密談される事がある。お立場から言えば国防にも関わってくるものなので基本的に侍女は立ち入らないようにしている。
     テランス様はお召し替えの手伝いも出来るようでいつも翌朝お伺いする時にはきっちりと着こなされていて驚く。御出陣の際は侍女に代わってお召し替えを手伝っているのは知っているが、戦装束以外も一切問題無く着付けが出来ているのは完全に彼の努力の賜物だ。なんせただの礼服ではなく充分複雑な戦装束以上に複雑なのものが多いのだ。パッとみただけでは分からないような内側の紐やら固定具もキッチリ固定できている事を知った時は感嘆の声が出そうになった。
    (本当に真面目で素敵な方だわ)
     従者として常にディオン様の御身を配慮できるよう注意深くディオン様やその周りを観察して実行に移せる強くて優しい人。その立場に笠を着る事もなく、侍女に暴力をふるう事も見下すこともない。美男子と評されるのはいつもディオン様のほうだけれど、顔立ちだって凛々しくて時折見せる柔和な微笑みはとっても魅力的なのだ。端的に言って、惹かれない理由を探す方が難しい程テランス様は素敵だった。
     私は紆余曲折あって行儀見習いのはずが、こうしてディオン様の侍女をしているもののあと1年もすれば本来の行儀見習いの期間が終わり、お見合いが始まる。親が決めたお見合いが嫌だとは言わないけれど、乙女として自由恋愛に憧れる気持ちは多少なりともある。
    (騎士団の騎士ともなれば、お父様だってきっと理解してくださるわ)
     テランス様への恋心を自覚すると共に自分の状況を整理してよし、と心を決める。自分の為だけでなく、テランス様の隣に並んでも目劣りしない程の完璧な侍女を目指そう。あの人が一番気にかけているのはディオン様の事だから、ディオン様に完璧に尽くす侍女を見れば多少意識はしてくれるだろう。それがきっとおそらくスタートラインだ。

       *

     恋は盲目とは言うけれど私にとって恋とはカンフル剤のようなものだったようで、これまで以上に積極的に活動した。今まで口伝だったルールをマニュアル化したり、ディオン様の特殊な立場に対応しやすいように使用する物の整理を行ったり。いつも綽々とこなしていた先輩方も実は大変な思いをしていたようで、是非にと行う事になった。
    「テランス様、お手を煩わせて申し訳ありません」
    「いえ、殿下の為になるなら幾らでもこなしましょう」
     ディオン様が騎士団として使用する物や慣例については、何とも嬉しい事にテランス様から私が聴取する事となった。会話の内容は色気のないものであってもいい。こんな事でうつつを抜かす女ではそもそも振り向いてはくれないだろう。
     だけど、意欲的仕事をこなす姿を見てほしい、侍女になったばかりの頃と違って仕事が出来るようになった私を知ってほしい。
    「まぁ、それでは今の場所からではご不便をおかけしていたのですね。いつもこちらの門からご出立するのには理由があっての事だと伝え聞いておりました」
    「あとは万が一の場合ですが、緊急でバハムートに権限する場合はディオン様お一人……その身一つですので部屋よりも多少翼の広げられる場所だけでもあれば」
    「今の建物の構造を根本的に変える事は困難ですが、ディオン様お一人で翼を広げるという条件であれば屋上につなげる事は出来ないか確認してみます」
     相談しているとテランス様から新しく話がふられた。その内容は「ディオン様は現在騎士団として活躍されているが、来年には聖竜騎士団の創立を予定している」といったものだった。そうなると現在ディオン様の部屋から騎士団と合流するまでのややこしい動線がまた変わる。それならば、と2人でディオン様が動きやすい動線を元に聖竜騎士団の兵舎を配置してしまえと思い切った行動に出たのだ。当然ディオン様ご本人の意見も聞くが、草案を作っておく必要性とある程度固めておかないと他の事に経費を回すように言われる可能性がある。自分に金がかかる事を嫌がる、とまでは言わないが、それでもとやかく贅沢するような人ではないし、この分を他に回せば解決できる問題があると分かればそう采配してしまう傾向がある事は付き合いの浅い私でも理解している。
     こうして私はテランス様と細かく、繰り返し打ち合わせをした。おかげで名前を呼んでいただける回数はうんと増えたし、仕事以外の何気ない会話もするようになった。

       *

     聖竜騎士団の創立に直接的な貢献はしていないが、それでもディオン様の侍女として忙しいと言い訳して親から話のあった見合いは全て断った。落ち着いたらね、なんてする気もないのにそんな一言を書いたのは親への申し訳なさもあったからだと思う。
     けれど、忙しいのは嘘ではない。聖竜騎士団の創立の為にディオン様が忙しく走り回る為必然的に侍女たちも忙しくなるのだから。
     ふぅ、と一仕事終えて、休憩時間に入ろうかという時正面にテランス様がいらっしゃった。ディオン様の部屋とは離れた場所の為珍しく思いながらもこれを機として声をかける
    「テランス様?ディオン様なら今は自室にいらっしゃいますよ」
    「いえ、今はそのつもりではなかったのですが……」
     なるほど確かに彼の腕の中にあるのは聖竜騎士団創立に伴い各所に提出する書類のようだった。私にも見えるようにしているあたり、公になって差支えのない書類なのだろう。
    「よろしければ私がその書類を代わりに提出して参りましょう。どうぞ、テランス様はディオン様の元へ」
    「そこまでしていただく必要はありません」
    「では、テランス様に一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」
    「お願い、ですか」
     今までわざわざ「お願い」なんて強調して彼に我儘を言った事はなかった(もちろん仕事としては、よろしくお願いします、とかはあったけど)からか、少し戸惑ったような返事が返される。
    「ディオン様はいつも仕事を真面目にこなされていますが、ここのところ根を詰めているご様子。あのままでは騎士団長としての初任務前に身体を壊してしまいますわ。従者として、どうぞお声かけしてください」
     ニコ、と微笑んでから「その対価として書類の配布の雑務を肩代わり致しましょう」と言えば、テランス様もまた柔らかく微笑んでくださる。
    「わかりました。そのお願い、必ずや」
     そう言ってお辞儀をするとテランス様から書類を受け取り、各所に書類を配布しに行く。その先々で何人もの女性が待ち構えており「テランス様が来るって聞いてたのに」と文句を垂れる。
    聖竜騎士団の創立により親衛兵長となる事が決まったテランス様はすっかり人気者となっていた。主に、女性からの。今更ぽっと出の女に負ける気はしないが、それでも少し焦りが出てくる。
     テランス様とお会いしてもうすぐ2年になる。今日だって私の願いを聞いてくださって、書類を代わりに配る事を許してくださった。きっと貞操観念の強い方だから、これ以上の関係になるには恋人になるしかないだろう。つまり、はしたないと思われるかもしれないが私から告白するしかないのだ。テランス様は好きな人が出来たとしても「ディオン様の側近として恋にうつつを抜かしている暇はない」と自身に言いきかせて我慢しそうだから。
    「ねぇ、あなた!」
    「はい」
     テランス様の事を考えながら次の場所に移動していると急に後ろから声をかけられ、眼前に扇子を突きつけられる。不躾な方だな、と思いながらも着飾った女の前に軽く頭を垂れる。ここにいるという事はそれなりの地位にある方かそのお身内なのだろうけれど、お見かけした事ないしなんでもない日にこんなに着飾っているなんておそらく後者なのだろう。
    「テランス様がお慕いしている方ってどなたですの⁉」
     半狂乱でもっていた扇をへし折るんじゃないかという勢いで詰め寄られる。そんなの知っているはずがないし、私だって知りたい。というか、それ以前にお慕いしている方がいる前提なのがとても気になる。
    「申し訳ございません、私では分かりかねます」
    「あー、もう苛々するわね!」
     女はとうとうパキ、と扇子にヒビを入れた。ディオン様の侍女なら普通はこんな扱いを受ける事はないし、私がディオン様の侍女である事を明かせば彼女は私への行動を改めるだろう。だが、今後会うかも分からない女に立場を分からせて清々しくなるよりテランス様の事を知りたかった。
    「私が振られるなんて……『ずっとお慕いしている方』って誰なのよ!」
     頭を垂れたまま、女が独りごちる声を聞く。どうやら親からお見合いの話がテランス様の元へと送られたらしいのだが、お見合いの場すら設けられる事なく断られたらしい。それが納得しきれず、直接お会いすれば自分に魅力されるに違いないと信じた彼女はこんな格好でここまで来て、テランス様に告白までしたらしい。人の事は言えないが、恋する女の行動力って恐ろしい。
    そして、「ずっとお慕いしている方がおりますので」と言われて振られたらしい。それが真実なのか、彼女との争いを避ける為の詭弁なのかは彼女の言葉だけでは判断できなかった。
    「まさか……アンタじゃないでしょうね?」
     私が抱えている書類が何なのか気づいたらしい女は少し曲がった扇子をもう一度私に突きつける。私は……「ずっと」と言えるほどテランス様の付き合いは長くないように思える。
    あまり考えないようにしていたけれど、宮廷内にいないだけで幼馴染の可愛らしい深窓のご令嬢がいらっしゃるのだろうか。柔らかいところにツキ、と針でも押し当てられているような気分になる。
    「いいえ、考えるだけでも恐れ多い事です。テランス様はディオン様の従者として常に気を張ってらっしゃるご様子です。「ずっと」とおっしゃられたなら、宮廷内の者ではなく幼い頃から関わりのある方ではないでしょうか?」
     頭の中で想定してしまった『最悪を』述べれば、女は納得したように「それもそうね」と言って去っていった。きゅ、と書類を握ってしまったが幸いヨレなどは出来なかった。それから、ドキドキとやたらと脈打つ鼓動を無視しながら、書類を各所に配布する。
    「ただいま戻りました」
    「おかえりなさい、テランス様から事情は聞いているわ」
     少し遅くなっただろうかと心配したが、先輩からそう声をかけられ、ほ、と一息をつく。
    「私、テランス様にご報告したいので代わらせていただけませんか?」
     ちょうど先輩が押しているワゴンにはティーカップも軽食も2人分乗せていた。どうやらテランス様はまだいらっしゃるようだ。先輩の用意したものを横取りするようで申し訳なかったが、「ご報告」と言ったおかげか「そうね、任せたわ」とワゴンごと譲られる。
     行き慣れたディオン様の部屋まで進み、ドアをノックする。すぐの返事はなかったが、重要な書類でも広げていたのかなと思うくらい少ししてから「入れ」と返事があった。
    「失礼します」
     部屋に入って一礼してから、ワゴンも部屋の中に入れてお茶の準備をした事を伝えて準備をすすめる。
    「それでは、自分はこれで失礼します」
    「え、」
     ちょうど2つ目のティーカップにお茶をそそごうとした時、思わず声が漏れた。テランス様はディオン様に敬礼すると部屋を出て行こうとする。でも、そうか。いくら従者とは言え忙しい今、私が仕事を肩代わりした短い時間しか此処には居る事しかできないのだろう。
    「書類は無事届けていただけたようですね、ありがとうございました」
     出て行かれる途中で私にもそう声をかけていただき、けれど短く「はい」としか言えなかった。
    テランス様が部屋を出て行ったあと、何故かいつものディオン様のお部屋なのに少し居心地が悪かった。ディオン様がいつもよりピリピリとされてらっしゃるからだろうか。
     お茶と軽食を1人分だけ置くとすぐに「下がれ」と言われる。言われるがまま、ワゴンに残ったままのもう1人分のティーカップと軽食を連れてディオン様の部屋を出る。
     つ、とテランス様が使うはずだったティーカップのふちを撫ぜた。
    (なんで、こんなに胸がざわつくんだろう)
     はぁ、と深いため息をついてワゴンを押して先輩の元へ戻る。その後は聖竜騎士団創立に当たってディオン様の準備が目白押しであれこれと深く考えずに済んだ。

       *

     そうして聖竜騎士団の創立をディオン様が宣言される日となった。もうしばらくしたら騎士団として使っていた物を聖竜騎士団の物へと入れ替える地獄のような作業も待っているが、今日ばかりはそんな事忘れてしまおう。だって、今日は、今日こそはテランス様に想いを告げる日なのだから。今日までの忙しい中にテランス様に想いを告げてはただの自己満足だろうと思ったし、父に我儘を言って断っている見合いの言い訳とも違ってしまう。
    「テランス様、少しよろしいでしょうか」
     宣言の為の式典の片付けも終わるだろうかという時分に極力美しい微笑みになるように気を張りながらそう声を掛ける。
    ディオン様の事だろうかと言った風で色恋沙汰の気配には気づいていないようだった。私がディオン様の侍女じゃなかったとしても来てくれただろうか、なんて暗い事を考えてしまったが、気持ちを切り替えるように努める。くる、と人通りの少ない通路に着いてから振り向けば、流石にディオン様絡みではないのだと気づいたようで少し固い表情をされているように見える。
    「テランス様」
     この気持ちはテランス様にとって迷惑なものだろうか、それでも、私は本当に、本当に心から貴方に恋をしたのだ。ごく、と息をのんでから少し俯きがちになっていた顔を上げてテランス様を見る。
    「好きです、ディオン様の侍女としてお仕えさせていただいて以降、ずっと、貴方に、テランス様に恋しておりました」
     どうか、どうか、この気持ちに応えてもらえないだろうかと念じながらテランス様を見続ける。けれど、テランス様は困ったような顔をされて返事を聞くより先に足先からスゥと冷えていく感覚がする。
    「ずっとお慕いしている方がおりますので、申し訳ありませんが」
    「そう、でしたか」
     いつぞやに聞いたものと同じ返事に項垂れるしかできない。終わってしまった私の恋。私は今上手く立てているだろうか。
     けれど、どうしても気になる事がある。こんな状態になっても、まだ、どうしても、知りたい事。テランス様に「ずっとお慕いしている方がいる」と知ったあの時からずっと感じていた可能性。まさか、と思いながらも1度そう思うとその可能性がずっと頭の端でちらついて離れない。
    「最後に……1つ聞かせていただきたい事があります」
    「なんでしょうか」
     普段なら一息で最後まで言えたのであろう言葉が続けては言えず、ちょっと深めの呼吸をしてから続けるはずだった言葉を紡ぐ。
    「返事は不要です、ただ聞いてくださいませ」
    「わかりました」
     その返事に俯いたまま、目を閉じて深呼吸をする。それからようやく顔をあげる。零れてこそないものの、目いっぱいに涙が溜まってテランス様の顔が滲んで見える。けれど、優しいテランス様らしく、目をそらさずこちらを見ている。自分の唇が震えている。告白する時よりもうんと緊張してしまっているのは何故だろう。
    「『ずっとお慕いしている方』ともう結ばれていらっしゃるのではないですか?」
     言った。言ってしまった。テランス様はお伝えした通り、返事はしなかった。けれど、あぁ、なにも言っていないのに、テランス様の顔を見ているだけで、どんどん真実めいてくる。自分で思ったんじゃない、可愛らしい幼馴染がいるんじゃないかって。えぇ、深窓のご令嬢なんかではなかったけれど、幼いころから殆ど片時も離れずに一緒にいる方がいるじゃない。
    「お幸せに」
     できるだけ優雅にカーテシーをきめて、その場を去る。角を曲がってからパタパタと足音を立ててしまったのも許してほしい。できるだけ速く、誰にも見つからないところへ。
     人がいないところへ、と滑り込んだのはディオン様が皇子として祝祭の時にだけ使うものが仕舞ってあるクロークだった。その部屋に入ってよろよろと数歩歩き、膝から崩れる。チカ、と何かが反射して光る。そちらを見れば姿見があった。そこには私がテランス様に恋してから今まで、完璧であろうと乱した事のなかった髪の毛がぼさぼさになっていた。……あの人は重傷を負っていても血まみれになっても不思議と綺麗だったな、なんて自分と比較しては惨めになる。
    「あーあ!」
     こんなにも恋焦がれたものがバハムートの逆鱗に触れるかもしれないものだなんて知らなかった!

       *

     父との約束通り見合いの為に帰省すると、あの人の侍女になった事で行儀見習い以上の箔がついたおかげか、トントン拍子で上流貴族との縁談が決まった。向こうから「出来るだけ早く婚姻したい」と希望されたので、私は宮廷に戻ると出来るだけ早く辞めたい旨を侍女長に伝えた。侍女長はディオン様がまた負傷された際はどうしようかと悩んではいたが引き留められる事は無かった。
    こうして私の長いような短いような侍女生活は終わりを迎える事となった。
    「今日までだったか」
    「はい」
     最後のお勤めの日。これで最後となるお茶を注いで差し出す。お茶を淹れるのもすっかり上手くなって先輩から怒られる事も、茶器がぶつかる音を立てる事もない。
    「どうか怪我をなさらないようにお気をつけてお過ごしくださいませ、あのような傷、他の侍女には刺激が強すぎますから」
    「ああ」
     貴方が怪我をしたら今度はテランス様が処置なさるのかしら。それは悔しいの怪我はしないでほしい。
    最後まで私は彼を憎い恋敵としてしか見れなかった。
    「今日までありがとうございました」
     テランス様にしたように出来るだけ優雅にカーテシーをする。テランス様には良い女だったと思ってほしくて頑張ったけれど、彼には良い侍女を手放してしまったと悔やむがいい、と思ってだ。
     こんな事しか出来ないからテランス様には選んでもらえなかったのだと思う自分もいたが、それでも、やっぱりテランス様が好きで結ばれる事が出来なかった悔しさがある。
    「ご苦労だった」
     たったそれだけの言葉に「あぁ、負けたな」と思った。その声色か、態度か……いや、視線だろうか。
     ディオン様は聡い方だ。私がテランス様に惚れていた事など知っていただろうに。いっそ「人の恋人に手を出すな」とか、「夫と達者で暮らせ」とか、嫌味の1つでも言ってくれたら憎めたのに。
    「どうか、お幸せになってくださいませ」
     なんだか清々しくなって、嫌味ではなく心の底からそう言って、私は侍女を辞した。
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