暁人に頼まれてスーパーに買い物に来ると入って早々節分コーナーとバレンタインコーナーが広がっていた。
少し前までは正月用品、その前はクリスマス、更に前はハロウィンと季節行事に事欠かないのは冬が寒く人恋しい季節だからだろうか。
そんな感傷めいた考えが出てくるようになったのは己も十数年ぶりに恋人という存在を得たからか。
節分について言えば本物の鬼を知るお優しいお暁人君は
「鬼を追い出すなんてかわいそうだよ」
と言うので豆を撒くのではなく調理して、恵方巻を食べることになった。そのため、鬼の面も枡も大豆も不要だ。恵方巻の作法は未だに馴染まないが、そこそこ太く長い海苔巻きを咥える暁人の姿は悪くない。
などと本人に知られれば「おじさんくさい」と言われそうなことを考えながら隣の棚に目をやる。
落ち着いた和風から一変してきらびやかな洋風のバレンタインコーナーはそれでもスーパーの一角なのでKKも聞いたことがあるブランドやキャラクターの菓子が並んでいる。こちらはいい時代になったもので義理チョコという文化は廃れ本命か自分自身に買うご褒美チョコが主流になっている。
暁人は自炊こそするもののお菓子作りをする余裕は今までなく、去年も男性向けのシックでビターな日本酒のチョコレートを購入してくれた。それだけで十分なのだが今年は麻里と絵梨佳と共に手作りに挑戦するらしい。これまたおじさんとしては嬉しくないはずがないので心地よく疲れの残る身体を更に休ませようとするのを止めて規則正しく生活する若者に命じられるままお使いに出るのもやぶさかではない、といったところである。
もちろんホワイトデーに三倍返しをするつもりであるが、昨晩の彼を労る気持ちも含めて、今日軽く買って帰ってもいいだろう。
ちょうど大豆チョコレートがある。豆まきとバレンタインで一石二鳥ではないか。
麻里と絵梨佳には効率主義だと文句を言われそうだが暁人は喜んで食べてくれるだろう。折角だし自分は普通の豆を買って一緒に飲んでもいい。
朝の幸せな時間を取り上げられたのだ。夜は恋人と語らいながら酔いを楽しむ時間をもらってもいいだろう。
幸い子どものお使いとは違って持ち金には余裕がある。バレンタインも鬼退治でさえも何が楽しいのかと毒づいていたあの頃が嘘のようだ。
「ああ、鬼はオレのほうだった」
誰にも認められないと吠えていた弱く惨めな己を追い出さず受け入れたからこそ今がある。人恋しくない今が。
まずはお使いをこなさなくては。
律儀に礼を言ってKKの好物を作ってくれるであろう恋人を思い浮かべると買い物かごがいくら重くなっても気にならないのだった。