夕食を後片付けまで終えて後はテレビでもぼんやり見ながら晩酌をして寝ようかとビールを開けると暁人がいいもの作ったと言うので気を遣うなよと普段からの本心に(何せKKはつまみ無しで飲める性分だ)今日は節分だからと返ってきたので豆かと期待していたら思わぬ黒い塊に
「なんだこりゃ」
と言ってしまった。
弁明するとKKは今まで暁人の食事に文句を言ったことがないし、言わないと内心決めていた。二回り近く年が離れているのでジェネレーションギャップなどあって当たり前、暁人の方が順応性も高くあしらい方も上手いがそれに甘えることなく映え料理でも感謝して食べよう。
そう思っていたのに、目の前のそれはKKには未知過ぎた。
特に気にした風でもなく暁人は自分のチューハイを開けながら
「アマンドショコラだよ。 アーモンドを砂糖で炒ってチョコレートでコーティングしたやつ」
と丁寧に調理法まで教えてくれた。確かにKKには名前だけではチョコレートが入ってることしか理解できないが、それにしても何故チョコレートなのか。
「ナッツ類をチョコレートやキャラメルでコーティングしたのって結構あるよ。 スパイスをきかせたりして甘じょっぱくて美味しいんだ」
ウーマチップスにチョコレートつけたのもあるんだよと追撃してくるがKKが主張したいのはそこではない。
「……オマエ、節分とバレンタインを同時にこなそうとしてねえよな?」
ブフッと暁人がコントのように盛大に吹き出した。
「おい、大丈夫か!?」
「だ、だいじょ、ぶじゃないよ……!」
腹を抱えて笑うのでそこまでかという苛立ちともう酔ったのかという心配が交錯する。
「だって……KKが子どもみたいなこと言うからっ」
「こっちは真剣なんだよ」
バレンタインなんて製菓会社の戦略はKKの学生時代から既にあった。が、KKは自他共に認める天邪鬼なので乗せられる気は全くなかった。
妻からの形ばかりのそれがなくなっても返す面倒が減ったくらいの気持ちだった。
そうした小さな積み重なりが修復不可能な亀裂を生んだのだと今なら理解できるから、暁人の些細な変化に敏感になってしまうのだ。
「確かにバレンタイン特集で見たんだけど、単に年の数食べるのにちょうどいいかなと思っただけで。 ていうかKKチョコレート好きじゃないだろ」
チョコレートは好きではないが暁人からのバレンタインプレゼントは欲しい、とは素直に言えずそういう問題じゃねえと嫌な返し方をしてしまう。それでも暁人はわかってるよと言わんばかりにこのアマンドショコラもビターにしているし、きなこ味もあるんだよともう一皿持ってきた。
そう言われると食べないわけにもいかない。暁人も一粒つまんで缶をあおる。
「僕が明日の朝になったらKKのこと嫌いになってたらどうする?」
「霊視する」
「職業病じゃん」
愉快そうに笑う暁人はいい塩梅に酔っている。夢にも思っていないから言えるのだとKKはいじらしくも眩しく思う。
そのKKも有り得ないと思っているから怪異か祟り、あるいは呪いを疑う。
「まず今晩たっぷりオレの愛をわからせてやろうか?」
「酔っぱらい同士は嫌だよ」
「オマエすぐ寝るしな」
揶揄すると暁人はわかりやすく唇を尖らせる。本人は子どもっぽいと思っているようだが絡んだり嘔吐するより余程マシだし、本人は覚えていないがいつもに増して甘えてくるのでKKとしては大歓迎だ。
しかし最中に寝られるのは流石に困る。熱を散らすことくらい、もういい年のKKには可能だ。だが可能であることと、そこから生まれる虚しさは別である。
「あれは一度だけでいい」
「えっ、何が?」
「いや……ああ、前に慰安旅行で行った温泉があそこだよ」
ちょうど毒にも薬にもならない旅行番組で流れた画像を指さして話題を変える。何かの折に温泉地に行ったことがあるなしの話題になって、結局行ったのはKKだけでいずれはアジトのメンバー全員のでという話になったのだった。
「エドは嫌がってたけどね」
「人間嫌いだからな」
かくいう暁人も女性陣ほど乗り気ではなかったようにKKは感じた。そのまま伝えればだって赤の他人の前で全裸になるのって嫌じゃない?といかにもZ世代らしい意見が飛んできた。
水着が有りならパンツが有るか無しかの違いだろうと考えたが、その暁人に今流行のラッシュガードを着せたのは他の誰でもない女々しい独占欲を発揮したKKなのだった。
「……家族風呂にするか?」
「それって僕たちで予約できるの?」
「さぁな」
酔っ払いの戯言だ。何だかんだで甘じょっぱい豆も箸が進んで二缶目に手を伸ばす。本当はこの程度で思考能力は落ちていないが暁人と他愛のない話をするのが単純に楽しい。
KKは自覚している以上に緩んだ頬で
「それなら数日間ガマンしなくて済むしな」
と言えば暁人は豆を口に放り入れながら首を傾けるのでやはり明日覚えてろよとKKは腰を浮かせた。