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    めたろ

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    めたろ

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    七夕ネタの刈相です。452話のあたりの時系列です

    #刈相

    来年の、約束 午後の手術を終えると、病院のエントランスに飾られている小さな笹の脇に置いてある短冊を一枚取って、刈矢は病院の中庭に行った。ベンチに腰掛けて空を見上げる。雲がまばらに散った青空だった。
    「今日はデート日和スね」
     胸ポケットのボールペンを取り出して願いを考えて、何も書かないまま短冊とボールペンを胸ポケットに仕舞った。湿度の高い、じめじめした暑さが肌にまとわりつく。白衣を脱いでしまおうかと思ったが、思い直して白衣の前ボタンを留めると、タバコをくわえて火をつけた。
     1本吸い終えて、2本目を出して火をつける。あまり美味しいとは感じられなかった。
    「待ちあわせ、してたわけじゃないスけど。待つのってしんどいスね」
     織姫と彦星はどちらかが先に着いたりしたのだろうか。なかなか現れないもう一人が、もう来ないのではないかと不安になったりしたのだろうか。
    「今日はこのまま来てくれないとかやめてくださいよ」
     織姫彦星ですら年に一度のデートができる日だというのに、今日はやたらに待たされる。短冊でも書いて待っていようかと思ったけれど、願いが思いつかなくて何も書けないでいる。
    「キョージュ、今日くらいはすんなり現れてくださいよ。それとも待ってんスか?俺が願いを書くの」
     3本目のタバコをくわえると、刈矢はあたりを見回した。木陰あたりで相馬教授が涼んでいないかと目を凝らす。
    「キョージュ!いないんスか!!」
    「そう何度も呼ばなくても聞こえているぞ」
     ざり、と背後で足音がする。顔を輝かせた刈矢が振り向くと、そこには何もなかった。
    「なんだあ。隠れちゃって」
     刈矢は言うと、ライターを手に持った。3本目のタバコに火を付ける。
    「病院でタバコを吸うのはやめないか」
     ジュッという音とともにタバコの火が消え、刈矢の前に指先の灰を落とす相馬が立っていた。
    「あぶなっ……んなことしたら火傷しますよ!?」
     見せてください、と言うと、相馬はするりと刈矢の手をかわし、ベンチから少し離れたところに立った。
    「それで、随分とロマンチックなことを考えていたようだが?」
     相馬が言う。
    「織姫と彦星がデートできる日に、俺と教授が会えないのはおかしいスよ」
    「私はもう教授ではないし、お前も准教授ではないというのに」
     相馬は言うと、刈谷に背中を向けて空を仰いだ。
    「だが確かに、逢瀬にはいい天気だ」
    「でしょ?だから待ってました」
    「何かあると、こうして私に会いに来るお前と、年に一度以上は会っている気がするが?」
    「意地悪言わないでくださいよ」
     刈矢は身体をずらせてベンチの端へ寄ると、センセ、と呼びかけた。相馬はそれには応じず
    「願いは考えたのか?」
     少し離れたところから言った。
    「ないですよ、この歳になって願いなんて」
    「寂しいやつだ」
    「だったら教じゅ……相馬先生はあったんスか?願い」
    「それは勿論。一人でも命が救われることを願ったろうな」
    「仕事人間なんだから」
     刈矢が笑う。
    「プライベートな願いは?」
    「さあな」
    「ないくせに」
     刈矢がくっくっと笑うのを、相馬は柔らかな表情で眺めていた。
    「ねえ先生、あんたの享年、抜いちまいましたよ」
    「ほう。お前は幾つになった」
    「50を超えました」
    「そうか、おめでとう」
     へへ、と刈矢は照れくさそうに声を漏らすと「めでたくなんかないス」と付け足した。
    「こうやって、俺だけが歳とって、相馬センセーは老けないままで、いつか俺がヨボヨボのお爺ちゃんになって、年齢が逆転しちまうのを、どんな顔で見てればいいんス?」
    「何事もない顔で見ていたらいい」
     相馬が言った。
    「私の顔ばかり見ていないで、新しい仕事、新しい出会い、お前の人生を生き生きと生きてみなさい」
    「無理ス」
    「そこで即答をするんじゃない」
     相馬は呆れたように笑った。
    「先生がいなくなってから人生つまらないス。メシを作ってくれる人も、ワイシャツにアイロンかけてくれる人も、先生以外に知らないし」
    「家政婦を雇えばいいだろう」
    「嫌スよ、味気ない」
    「だったら彼女……は、難しいか」
    「どうせ俺はだらしがなくて女にモテませんよ!」
     拗ねたように言って、刈矢はベンチをぺちぺちと叩き、隣どうぞ、と相馬に言った。
    「相馬先生がいてくれたら、他に何もいらないス」
     甘えたように言う刈矢に
    「あまり依存的になるのも考えものだぞ」
     相馬は刈矢から距離をおいたまま言った。
    「だって、いつも一緒にいたのに」
     刈矢が抗議するように言う。
    「教授と准教授で、一緒にオペやって、研究やって、そりゃァ再生医療までは一緒にやらなかったスけど、それから一緒にカンファもやって、田代なんかにうちの教授と准教授は仲がいいですねなんて言われたりして」
     刈矢が一息に言う。
    「医局旅行に行って、忘年会をして、それから酔って教授ん家に上がって、泊めてもらって」
     相馬は何も言わなかった。
    「一緒にメシ食って、刈矢の食べたいものを作ってやるぞなんてリクエスト聞いてもらったりして、それから」
     刈矢の声が詰まった。
    「キョージュがいたら、他に何もいらなかったし、本当なら短冊にキョージュが長生きしますようになんて書こうって思ったときもあるのに、なんであんたはさっさと死んで、俺はこうして長生きしてるんスか」
    「刈矢、落ち着きなさい」
    「キョージュがいない大学なんてどうだっていいし、キョージュとできない手術なんてつまらないス。キョージュが生きてさえいてくれたらって、何度も考えるのに、なんで現実はこうなんスか?」
    「刈矢、少し落ち着こうか」
     相馬が刈矢の隣に腰を下ろす。ほんの少し消毒薬のにおいがした。
    「キョージュが俺の心のなかで生き続けるなんて嘘ス。キョージュが死んでから、ちょっとずつ会える頻度が減ってきてて、それも俺がキョージュを忘れていくからだって思ったら、歳なんてとりたくない。生きているのも嫌んなっちまいます」
    「刈矢」
    「一体いつになったら迎えに来てくれるんス?」
     相馬は刈矢の頭に手を伸ばし、髪を軽くくしゃくしゃと撫でた。
    「私は刈矢を迎えには来ないよ」
    「なんで。まさか長生きしてほしいとかやめてくださいよ。長生きしたって仕方ないと言ってるんスから」
     刈矢が言った。
    「刈矢は私とは別個の人生を歩んでいくべきだから」
    「嫌ス……」
    「いつまでも一緒にはいられないことは、お前だって分かっているんだろう?」
    「だって」
    「駄々をこねるのは構わないが、自分に嘘をつき続けるのは良くないな」
     相馬は困ったように笑った。
    「私は刈矢の記憶の中の亡霊だ。刈矢のこれからの人生に干渉することはできない」
    「だって」
    「食事も作ってやれないし、家に泊めることだってできない。それでも、お前が私を必要としてくれることは嬉しいけれど、やはりお前は生きている人と一緒に、これからを生きていくべきだと思う」
    「そんなの。できなくても仕方ないじゃァないスか。俺が一緒に生きたかったのはキョージュなんだから」
     相馬は黙って刈矢の髪を撫でていた。
    「キョージュ、いま俺が頸動脈かき切ったら一緒にいられますかね?」
    「……それを私に答えろというのかね」
     相馬は立ち上がった。
    「刈矢、短冊を出しなさい」
    「何をするんス」
    「お前が書かないから、私が願いを書いてやろう」
    「キョージュが?」
     刈矢が短冊とボールペンを差し出す。
    「移植医療の未来を願うのもいいかもしれないが、まずはお前がこの先も生きていけることを願うよ」
    「……」
    「今日は晴れているから織姫と彦星は会えるだろう。そしたら、きっと刈矢の願いも叶えてくれる」
    「だったら俺だって、ずっとキョージュといられますようにって書きます」
     刈矢が立ち上がった。
    「待っててください。もう一枚短冊を取ってきますから」
     歩き出そうとして躓き、傾いた刈矢の身体を、相馬がふわりと受け止めた。
    「お前が私を覚えている限り、私はずっとお前のそばにいるから、それなら私を連れて一緒に生きてくれ」
    「ずるいんス、キョージュはぁ」
     刈矢が相馬の背中に手を回す。
    「俺はいつかキョージュのことを忘れるし、もしかしたら俺が歳とってボケちまうかもしれないし、そしたらずっと一緒にはいられないじゃァないスか」
    「そうだな」
    「お前が覚えている限りだなんて、全部俺に丸投げして、まるでキョージュを活かすも殺すも俺次第みたくなっていて。そもそもキョージュは一人で死んじゃって、それで俺には一人で生きろだなんて、俺はそんなの望んでいないのに」
     相馬が刈矢の背中を軽く叩いた。
    「何から何までずるい人なんス……」
    「そうかもしれないな」
     刈矢は相馬の胸に顔を埋めた。
    「もう一人は嫌です……」
     相馬がそっと刈谷の背中を撫でる。子供をあやすようにぽんぽんと叩かれた。
    「今日は願いが叶う日でしょうや。あんたと一緒にいたいっていう願いは何で叶わないんス?」
    「何でだろうな」
    「他人事みたく言わないでくださいよ。あんたが死ななきゃ、こうはならなかったでしょうや。何でクローンに手を出したんス?なんで俺に何も言わないまま、逝っちまったんス?」
     相馬が刈矢の髪を梳いた。
    「あんたのことを心に抱いて生きるのも疲れたんス。もういいでしょうや、俺は一人でたくさん頑張りました。連れてってくださいよ、相馬先生」
     ぼろぼろ頬を伝う涙を相馬の白衣の胸元に押し付けた。
    「刈矢、1年待て」
     相馬が言った。
    「なんで」
    「1年待って、それでもお前の気持ちが変わらなければ、きっと迎えに来てやるから」
    「……」
    「そしたら、ずっと一緒にいられるだろう」
    「1年は長すぎます……」
    「お前は15年間生きてきたじゃないか。あと1年くらい、待てるはずだ」
    「嫌ス」
    「織姫と彦星だって、来年の約束をして別れるんだろうが。お前ができないでどうする」
     相馬が叱るように言った。
    「だって」
    「だってじゃない」
     刈矢の身体を引き剥がすと、自分で立ちなさい、と相馬は言った。
    「お前が私に生きてほしかったというのと同じで、私だってお前に生きてほしいんだ。お前に生きてほしいという私の願いを、1年分だけ叶えてくれないか」
     ずるいス、と刈矢は呟いた。
    「片方の願いばかり叶えていては不公平だろう?」
    「そりゃそうスけど」
    「刈矢、約束しよう」
     相馬が小指を差し出した。
    「指切りなんて。子供じゃあるまいし」
    「そんなに泣いて。子供みたいなものだろう」
     へへ、と照れたように刈矢は笑った。
     指切りげんまん。相馬の手が少しずつ透けていく。
     嘘ついたら針千本飲ます。刈矢は薄くなる相馬の残像をがばりと抱きしめた。
     指切った。鼻腔にうっすらと消毒液の匂いを残して、相馬が消えた。

    「キョージュ!!!」
     大きな声を出した自分に驚いて、ベンチの上で横になっていた刈矢は跳ね起きた。くわえていたタバコの火が消えている。
    「また逃げられちまった」
     相馬の幻影はいつも捕まえることができなくて、泣きながら名前を呼んで目を覚ます。幾度も繰り返したはずなのに、学習できないのか、いつも目覚めは同じパターンだった。
     白衣のポケットに入れたはずの短冊は、いつの間にか地面に落ちていた。それを手に取って、ああ、と刈矢は声を漏らした。小さな字で、来年も七夕が迎えられますようにと文字が書かれている。刈矢の字ではないから、誰かが書いた短冊を誤って持ってきてしまったらしい。
     また来年。1年後を約束した相馬の声は耳にこびりついている。この短冊も、相馬からのメッセージなのかもしれない。
    「笹に戻さなきゃあ」
     刈矢は白衣の裾をぱたぱたと叩いて立ち上がった。
    「キョージュ、来年こそ約束は守ってくださいよ」
     ピンク色の厚紙でできた短冊がみるみる滲んで、ぱたりと大きな雫が落ちた。

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