冷たい空気が頬を刺す。
年の瀬くらいは家に帰ってこいと父親からの連絡で漸く今年が終わることに気がついた。
今年の始めに士官学校を出て軍に入った。入隊してからあわただしく1年はあっという間に過ぎていった。家を出て軍の官舎へ向かった日と同じ雲ひとつない青空。冬の空気はどこまでも透き通り冷たい。
(トーマは元気にしているだろうか…)
年の離れた弟を思い出す。少し生意気なところはあるがにいさん、にいさんと後ろをついてくる弟は可愛かった。
入隊してからは毎週届いていた便りも毎週から10日ごとに20日ごと1ヶ月と気づけば届かなくなっていた。理由がわかっているだけに文句は言えない。返事のない手紙など書いていて楽しいわけがないのだ。なんて返事を返したらよいものかと悩んでいる暇などないくらい忙しかった。それでも激務の合間に読んでは癒されたものだ。
(多分トーマに怒られるだろうな)
拗ねた弟の顔が脳裏に浮かぶ。嫌われていたらどうしようかと、ハァと口から溢れたのは溜め息で少し気が重い。
誤魔化すように白くなった息を手に吹いて擦りあわせても芯まで冷えてしまった手には、もはや手遅れで気休めにもならない。
こんなに寒いなら手袋でもしてくれば良かったと思った。早く暖炉にあたりたいと足どりも自然と早くなる。
「にいさん、おかえりなさい!」
「あぁ、ただいま。」
久しぶりに家の門を潜れば変わらない笑顔でトーマが出迎えてくれた。
嬉しそうに駆け寄ってきた頬は赤い。この寒い中、自分の帰りを待っていてくれたのだろうと思うと愛しい。すっかり目線が近くなったトーマに1年経ったことを実感した。
「ひゃっ、冷たい!」
冷たくなってしまっただろう頬を撫でれば意外にも温かくて、まだ子供特有の柔らかさが残っていて感触が心地よい、ふにふにと触っていたら逃げられてしまった。
「冷たいじゃないですか!」
怒るトーマの仕草が可愛くて、つい頬が弛んでしまう。こんなに身体は成長したのに性格はまったく変わっていない。それがアンバランスにみえて思わず笑いが漏れる。
「にいさん、早く中に入りましょう?」
家に入らないシュバルツに焦れたのかこんなに冷えてとぎゅっと温かい手で掴まれた。引っ張られるように玄関の扉を潜るころには、さっきまで冷たかった手のひらは随分と暖くなっていた。
(嫌われていないようで良かった…)
ふと思い出す手紙のこと、詰められなかった安堵と返事を期待されてなかったのかと、自分が出さなかったというのに多少の寂しさを感じてしまう。
上着をかけて長旅で疲れた身体をソファに沈めればトーマによる一年間なにをしていたのかと言う質問攻めが待っていた。長旅で疲れてはいたが弟が自分を気にかけてくれていたことが嬉しくて、なんだって答えてやりたくなる。
―四時間後…―
『―…それで兄さんはその時どうしたんですか!』
結局近況報告と言う質疑は両親に咎められても終わることはなく、夕食を挟み、夜食を摂り朝方まで続いたと言う。