髪の毛一本も残ってない 薄暗く、タバコの紫煙が立ち込めるパブの片隅。菫色の長い髪をその空間に沈めながら、一人の男が丸テーブルを挟んだ先にいるもう一人の男へと語りかけていた。
「ここ最近、オレの周りに赤い封筒が急に現れるんだ」
話を聞いていた血色の悪い細身の男は、怪訝そうに眉を顰めつつも目の前にあるグラスを傾ける。
「高額納税者のお前に督促状を送るバカでもいるんですか?」
「いや、分からないんだ」
「は?」
「デスクの上や、帰り道の路地裏、家のバスマットの上なんかにないつの間にか置かれているんだが……中を見る前にみんなが回収したり燃やしてしまうからな」
「なるほど、じゃあこの話についてはここで終わりです」
「いや、もうちょっとだけ聞いてくれても良いじゃないか」
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