伸びしろしかない戦場はすでに静寂に包まれていた。
無数の屍が転がり、血と鉄の匂いが重く淀んでいる。
砕かれた武器、千切れた肉が混ざり合い、あたりは地獄絵図の様相を呈していた。
頼光は足元の血だまりを踏み越えながら、辺りを見渡す。
鬼切の気配はすぐそこにある。しかし、姿が見えない。
まだ未熟な鬼切を連れて二人で挑んだ妖怪討伐だったが、戦闘の最中、不意に数の暴力に襲われ、離れ離れになった。
数えきれぬほどの妖が四方から押し寄せ、斬り伏せても、斬り伏せても終わりが見えなかった。
頼光にも鬼切をかばいつづける余裕がなく、混乱の中で、頼光は鬼切の姿を見失った。
襲ってくる妖の最後の1匹をようやく斬り倒した後、頼光は即座に鬼切を探し始めた。
血の契約の気配を何度も確認する。鬼切は死んではいない。
そして、頼光は彼を見つけた。
巡らせた頼光の視線の先、夕日に照らされた廃墟の片隅に、座り込む人影があった。
鬼切。
足早に近寄った頼光の目に飛び込んできたのは、数多の妖怪の死体と、血の海の中に膝をつく鬼切の姿。
両腕も、衣も、顔さえも血に染まり、鬼切は微動だにせずうなだれていた。
「鬼切!」
頼光は息を詰めて鬼切を呼び、肩を掴んだ。
鬼切がゆっくりと顔を上げ、そこで初めて、鬼切の目が頼光を捉えた。
瞳が、まるで罪を負った子供のように揺れている。
「怪我をしたか?」
答えを待たず、頼光は鬼切の全身を探った。
白い顔にも髪にもべったりと血や肉片がこびりつき、瘴気と異臭を放っていた。
衣は血を吸って赤く染まり、両手も真っ赤に濡れている。
しかし、よく見れば、それらはすべて、鬼切の血ではない。
「無事です、ご主人様。」
しっかりとした声をきいて、頼光はそっと安堵の息をついた。
「では、何があった」
問いかけると、鬼切はひどく悲しそうに目を伏せた。
鬼切はしばし言葉を探すように口を閉ざし、それから絞り出すように言った。
「……ご主人様からお借りした、大切な刀を……折ってしまいました……」
頼光はその言葉に息をのんだ。
鬼切の視線の先、地面に散らばったのは、見覚えのある刀の無惨な姿。
刃は粉々に砕け、鍔も折れ曲がり、もはや修復の余地はないだろう。
鬼切はそれを見つめ、この世の終わりのような顔をして俯いた。
「どうお詫びすればよいか……」
頼光は思わず苦笑した。
懐から取り出した布で、まだ血の滴る鬼切の頬を拭った。
「気にするな。よく生きていた。」
そう言えば、鬼切はようやく顔を上げた。
瞳の奥に浮かんでいた不安が、少しだけ和らいでいく。
「刀が折れても逃げずに戦い抜いたお前は見事だ。
しかし、刀が砕けた後はどうした?」
頼光の問いに、鬼切は少しだけ視線を逸らし、ためらいがちに答えた。
「あの……拳で……」
頼光は、目を見張った。
辺りを見渡せば、屍の多くは斬られたものではなく、粉砕されたかのような凄惨な状態だった。
鬼切が全身血まみれであった理由をようやく理解した。
頼光は鬼切の背中をポンと叩いた。
「次はお前のその力に耐えられる刀を用意させよう」