朝未だき虞美人草 夫は、齢二十五歳にしてこの世を去った。花曇りの三月のことだった。奇しくもその日は、結婚して一年目だったのをよくよく覚えている。義父母まで亡くなり、夫の親類で残ったのは義弟とその祖父母だけだった。
制服を着た人たちが、夫がいるという空っぽの棺桶を前に焼香を上げる。妻として、喪主として黒の群れを捌きながら、美帆は酷く空虚な思いを噛み締めた。災害派遣中に殉職し、部隊で葬送をしたと聞かせてくれた夫の上官の顔も上手く思い出せない。泣き腫らす義理の祖父母と横について回る幼い義弟がいるから、なんとかそこで踏ん張っていた。
「美帆」
横から降る声に、じっと前だけを見つめていた。今そちらへ向けば何かが壊れてあふれ出てしまう気がして、じっと、ただじっとしていた。傍に添う義弟は涙声で「りゅーじくん」と溢したきり、美帆の黒い着物の裾を掴んでしゃくりあげ続けている。その人は、美帆やその夫、義弟にとってあまりにも思い出深い人だった。
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