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    cat_step0416

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    cat_step0416

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    isrn
    落ち込んで帰ってきた潔さんをどうにか元気にしたい凛ちゃんの奮闘記。当たり前のようににょたゆりです。

    ゆるしてあげる、なにもかも 携帯が震えた。手が空いていたから、誰からの通知か確認した凛は機嫌が急降下したのを感じながらガラの悪い声を出した。爆速で相手へと電話をかける。メッセージを送れるなら出れるだろう、そんなことを思いながら。

    『──もしもし?』
    「ふざけんなさっさと帰ってこい蹴り倒すぞ」

      言うだけ言って、返事も聞かずに切断した。そうすれば、あの女は帰ってこざるを得ないと知っていたからだった。

    『きょう帰りたくない』

     届いた馬鹿げたメッセージ。原因は幾つか思い当たるものがあった。試合中の不調が大半を占めているだろう、と凛は踏んで、そこから発生するどうしようも無い苛立ちで此方を傷つけまいなどと考えたのであろうとおおよそ検討をつけた。
     バカか、と凛は潔本人に言い捨ててやりたい気分だった。そんなことを凛は一度だって考えたことがない。何もかもが上手くいかない日は、凛だって人であるから覚えがあって、そんな日、潔はいつも通りの腑抜けた顔で此方を甘やかした。存分に甘やかされた。普段よりも刺々しく、言葉に鋭さが乗るならナイフと遜色なかったその日の凛を程々に宥めて、流して、それから寝かしつけられた屈辱的で甘ったるい記憶。礼などは勿論言わなかったが、凛は常々仕返しの機会を伺っていたから、ふん、と鼻を鳴らして風呂場へと向かった。常なら嫌々やる風呂掃除だって、考え事をしながらならあっという間に終わる。終わってしまう。さぁ、とシャワーのやわらかい水流が浴槽を叩いた。

    「…………何、すりゃいいんだ?」

     存外間抜けに、風呂場の中に響いた声があまりにも途方に暮れたという言葉を体現していて、凛は堪らずくもり止めがしっかりと効いた鏡を覗き込んだ。眉を下げて、いかにも困っていますという自分が写りこんでいて、凛は久々に舌打ちをした。
     凛は、天性の甘やかされ気質である。生まれた時から兄がいて、周囲に決してなめられているとかではないけども、何となくちょっとしたところで何も言われず甘やかされ続けた。好きな物は一口貰えるし、目線で何も言わずとも誰かが率先してやってくれていた。そんな凛だから、反対に誰かに何かをしてやる、してやりたいと思うことなんて人生の中でほとんどなかった。精々が、兄や母などの家族に対してである。つまり、かなり受動的に生きてきた、と言っても差し支えなかった。思い返して、対潔に関してはちょっとヤバくないかって今更思うほどだった。まあ、それは今考えることでは無いからと思考の隅へと放り捨てる。
     マットの上で足を拭いて、湯を張りながら凛は小さく唸った。潔の公言する好きな食べ物は甘味だから、夕飯でどうにかするのは難しい。なんだって美味しいって言う馬鹿舌相手に料理でどうにかするなんてことは却下。どうせなら自分にしかできないことをしてやろうとして、それなら自分に出来ることはと指を折る。しかし、その思考は初手で詰んだ。サッカーのことでへこんでいるのにサッカーをする、というのは流石の凛でも荒療治が過ぎると思ったからだった。
     普段なら、大概がこれでどうにかなるのに。ジャンケンだとかより余程すっきり物事を決められるワンオンワンという行為は、思考をスッキリさせるのだとかにも使えた。手軽だからそれしかしてこなかった。それがこんなところで仇になるなんて。なんで自分がこんなに悩んでやらなきゃいけない、と凛は苛立ちながら花麩の入った味噌汁を作り上げた。せめて目で楽しめるようにだとかいう、そんなへったくそな気遣いだった。
     やがて、かちゃんと音がした。
     スリッパを履いているのにぱたぱたと音がしないことに、相当重症だと思う。

    「……おかえり」

     潔のただいまより先に言う日が来るなんて、と凛は密かに思っていた。ちいさな声で帰ってきた返事に、さっさと風呂に入れと追いやる。荷物をひったくって、ぐいっと背中を押した。見送って、凛はぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き毟った。調子が狂う。気持ち悪い。いつも通りが、ちょっとうるさいくらいの潔を蹴飛ばすくらいがいい。そう思ったから、凛は息を吐いて脱衣所に向かった。早速の予定外に、凛はもうヤケになっていた。

    「……うおぁっ!?」

     浴室の扉を開け放つ。その途端、噎せ返るようカモミールの匂いがした。シャワーヘッドを持ったまま固まった潔のせいで、凛はべしゃべしゃに濡れた。

    「な、なに。シャンプーの詰め替えならこの間したけど」
    「おれも入る」
    「なんで!?」

     なんでもクソもないだろうが、濡らしやがってと言えば途端潔は申し訳なさそうにごめんと言った。そういう顔をさせたかったわけではなかった凛は、うるさい、と言い放って潔を無理やりイスに座らせる。それから、濡れて引っかかる煩わしい服を全部ぱっぱと脱いで洗濯機へ突っ込むと、さっさと潔からシャワーヘッドを奪い取った。

    「わぷっ」

     雑に頭からお湯をぶっかける。自分よりも少しふわふわした潔の髪が水分を含んでへたっていく。指で絡まりを解いて、ある程度濡れたのを確認して後ろからシャンプーに手を伸ばした凛のふくよかな胸が背中に押し付けられた潔は堪らずギュッと目を瞑った。
     シャカシャカと凛の長い指が上手く暴れて、潔の頭をきめ細やかな泡が覆っていった。時折耳を掠めるのがくすぐったい。ある程度泡をまぶして満足したのか、ぱちぱちと爆ぜる泡を雑に流した凛はコンディショナーを取って、毛先を中心に塗りたくっていく。記憶よりいつの間にか伸びていた潔の黒髪は、濡れることで艶やかさを増してみせた。
     鏡越しに目が合う。ぬるつく首がどうにも気持ち悪くて、潔はボディソープをスポンジに出すと雑に泡立てて洗い始めた。まとめて流せばいい、という雑な洗い方をいつも凛は咎めるが、なにも言わなかったから潔は雑にゴシゴシと洗い続けた。すると、シャワーヘッドのように奪われるから、ついなんだよ、なんて言ってしまう。

    「赤くなってる。……力入れ過ぎだばか」

     奪われたスポンジが、潔の腕や腹を這った。背中を擦られ、脇の下や胸の下を擦られた時はくすぐったくて悪いことをしている訳でもないのに思わず声を殺した。そういうコトをしているわけでもないのに、という自制心が働いた結果だった。
     にちゅにちゅと泡立てずにボディソープを直接手に出した凛が手を絡ませる。指を絡ませ、軽くマッサージのように触れられ、潔は何事かと目を見張った。すべらかな肌が触れて、甘いボディソープの香りとカモミールの柔らかな香りが混ざりあって、お湯に浸かっているわけでもないのに潔はクラクラと目眩がした。

    「おら、流すぞ」
    「わ、待っ、んぶっ!」

     コンディショナーを流していなかったのを忘れていた。ざぶざぶと頭から雑に洗われ、仕方なく洗顔料をとって泡立てる。しっちゃかめっちゃかな洗い方になったのは、いつも洗う手順が二人の間で違ったからだが、そんなのはもう正直に言うと気にしている余裕がなかった。泡とぬるつきを流しきって、風呂に入れと促された潔は恐る恐る俺も洗っていいかと問い掛けるがバッサリ棄却。ざかざかと全身を洗って隣に浸かってくる凛に縮こまるしかなかった。
     ぴちゃん。天井から湯気が冷えて水滴となったものが落ちる。長い髪をヘアクリップで留めた凛は、やっぱりいつもより静かな潔が相も変わらず気持ち悪くて、はぁと大袈裟に息を吐いた。膝を抱えて二人で並ぶと窮屈に感じてしまって、凛はもう我慢ならなくて潔側へと足を伸ばすと、そのまま潔の腕を引っ張った。水中における浮力のせいでぐらりと潔の体勢が簡単に崩れる。水面に顔面からダイブするかと思って思い切り目を閉じた潔の顔を支えたのは、ふわりとした白いものだった。もちもちとした感覚に、堪らず潔の呼吸は止まる。

    「り、りん、ごめんっ、今どく、から……?」
    「…………いい」

     凛は、そのまま潔の顔を思い切り自身のふくよかな胸の中に閉じ込めた。凛の分のヘアクリップしか用意していないせいで、潔の髪が水の中を漂う。濡れた手で、ただ優しく、ぎこちなく凛は潔の頭を撫でた。
     結局、最後の最後まで凛は何も思いついていなかった。だから、ただ今までされて嬉しかったことを思い出して行動に移した。潔は、いつもうるさいけども、人をよく見ている女だった。だから、ただ傍に居て欲しいときは黙って隣に居てくれた。そういう優しさを、凛は心地好いと思っていた。ムカつくけども、そこはありがたい部分でもあった。
     ゆるゆると頭を撫で、垂れ落ちた髪を耳に掛けてやる。それから、また凛は潔のまるっこい頭を撫でた。されるがままだった潔は、やがておずおずと手を動かし、そっと凛に抱きつく。やわらかな肉の境目が無くなるように、ぴったりとくっついて、それから潔はそっと凛の左胸に耳を押し当てた。
     とく、とく、とく。まろい音が骨の中から聴こえてくる。下から伺うように眺めていたら、凛はちいさく口をあけた。誘われるまま、凛のくちのなかを舐めていく。整った歯も、やわらかな舌も、ほのかに香る歯磨き粉の味も、とろとろと流れ落ちる唾液さえ、潔はひとりじめしたかった。
     それがゆるされていることに、潔は溺れてしまいそうだった。長く入れるようにといつもより下げられた湯の温度。そんなことにきちんと愛を感じる。凛はきっと、自覚していないのだろう。そんなことを潔は思っていた。自分のすることに自信が持てないと、変なところで自己評価が低い女がどうにも愛しくて、落ちた自分の調子を取り戻せるようにとぴったりくっついて、ふるふると震えるまつ毛の長さを見つめて、ちいさく笑う。慣れないことをするこいびとが、なによりも可愛かった。

    「……もっとしたい、ってわがまま?」
    「……のぼせるだろ、ばか」

     飯も冷める。つまり、そこさえクリアしてしまえば。潔はくふくふとわらう。素直な物言いは相も変わらず家出中。でも、それがいいのだ。

    「りん、りん。だいすき」

     きれいな名前を、楽器のように紡いだ。止むことなく撫でられる頭。たまにはこういうのもいい。きっと凛は動物とかを撫でるのと同じような感覚なんだろう。そんなことを思って、するりと背中をなぞった。なでる。愛を持って、触れる。そこに色を滲ませるのはもう少し後でもいい。きっと、今日だけはゆるしてくれる。潔は、そんな確信を持って、もう一度だけキスをねだった。
     落ち込んでいた理由なんて、入浴剤と一緒にとっくに溶け落ちていた。
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    cat_step0416

    DONEisrn
    にょたゆりで夏の海と花火と話です。
    サブタイトルは「心中って自殺死体と他殺死体の組み合わせだけどこの二人ってどっちがどっちだろ!」です。
    夏の儚さの隙間に、いつだってあなたを想うよ ふくらはぎの中ほどまで水につけた女は、つめて、と小さく呟いた。夏の海と言えど、水という液体は総じて冷たいものである。
     砂浜に脱がれたスニーカーの中に丸まったハイソックスがいかにも、という感じがする。ローファーの中で几帳面に畳まれた自分の靴下と並んでいたのが、遠い過去のようだった。
     潔は、伸びた髪を潮風で揺らしながら小さく鼻歌をこぼしていた。随分と調子外れで、原曲に辿り着いた時にはサビまで来ていた。数年前に流行した曲だった。
     この女は、とんと現世に興味が無い。サッカーという競技、そしてそれに付随するものにしか興味が無いのである。それを羨ましいと思うのは、自分がサッカーをしている側の人間で、彼女の目に映り込める人間だからこそ思える贅沢なことである。そういうものらしい。最近のことわかんないから曖昧に笑って流しちゃうんだよな、なんて困ったように頬をかいていた女は、今楽しそうにパシャリと水を跳ねさせてはしゃいでいる。その姿を知るのは俺だけ。そういうことに優越感を抱いた自分がいる。それを認めたくなくて、小さく漏れた溜息に、潔はどしたん、なんて気が抜ける声を出しながらこちらを向いた。
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