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    kaedetsun

    @kaedetsun

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    kaedetsun

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    君待とトラウマ。嘔吐します。

    はくはくとくりかえし。 慣れというのは恐ろしいもので、何かがずっと飲みこみ切れない感覚も、胸が重く詰まった時に飲む頓服も、もう当たり前になってしまった。「死ぬな」という呪いの言葉が頭の中を支配するのも、今ではただの日常で。全てがモーニングルーティンよろしく己をぐるりと塗りつぶしている。このまま全て、当たり前になってしまうのだろうか。まだ軟化しない罪悪感の棘のような痛みも、いつかは痛くなくなるのだろうか。なくなって、しまうのだろうか。いつもと同じ帰路を歩きながら、君待はぼんやりと考える。
     君待は常に恐れていた。当人は恐れを言語化できず、ただ傷のように痛むだけだったが、恐れは瘡蓋を作ってはくれないし、いつまでも深くて熱い。自分は一体、何に痛みを感じているんだっけ。広すぎる傷口の痛みは、確かな出所を曖昧にした。
     気付けば呼吸が浅くなっていて、生存本能が息苦しさを打ち消すために前を向かせた。これもいつものことだった。

     フローリスト・クリティ。看板の文字と、色鮮やかに、咲き乱れた、花が、視界に飛び込んだ。
     零れるほどに目が開く。ピントがぐわぐわと揺れて、まるで明滅する電球のように景色が歪む。狭まる世界の中で、花たちだけが、彩度を増していく。花弁の1枚1枚の細かな筋が、伸びる手の指のように目立った。花が好きだった。だから知っている。あれはダリア、ネリネ、ラナンキュラス、セルリアにリューカデンドロン。あのバラたちはガブリエル、アンティークレース、ラプソディ。情報が濁流になって脳みそを激しく揺するのに、視線だけがどこにも行けずに花々を拾い集めていく。指先が冷えていく。まだそれほど寒くなかった今日の中で、今自分だけが凍り付くように熱を失っていく。呼吸は深く、しかしテンポが早すぎて、揺れる頭のバランス感覚を更に奪っていった。脳に嫌えと命じられる。嫌いなものから目を逸らせ。考えるのを放棄しろ。たかが花を相手取って、神経の全てが、命の危険を知らせてくる。
     ガツンと頭に痛みが走って我に返った。真横からひどく眩しい光が照っている。つめたい。あたたかい。文字とその意味、アルミ缶を模した硬質な色の列が目から脳へ走る。ふらついた拍子に、自動販売機に頭をぶつけたらしかった。小さな蛾が汚れのように陰って停まっている。コントラストに目を痛めながら、頭に触れる。出血や腫れはないようだ。随分な痛みだったが、全てが吹っ飛んで都合がよかった。普段は飲みもしないオレンジジュースを買って、一気に煽る。一瞬の清涼感のあと、じわじわと胃液のせり上がる感覚がして首を振った。帰ったら吐いてしまうかもしれない。それもいつものことだった。足早に歩きながらスマートフォンを見る。夜半と称して問題ない時間の上に、メッセージの受信を知らせるポップアップが重なった。内容。来週の店だけど。送り主、霜原さん。
     いっとう強い眩暈がして、道の先でうずくまって吐いた。逆流するこの「間違った感覚」だけは、いつまで経っても慣れそうにない。
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