禁断の寝心地「べんじょ……」
バギーは寝ぼけていた。
夜中に目が覚め、ぼんやりとした頭のまま部屋を出た。トイレを済ませ、再び布団へ戻ろうとするが、暗闇の中で方向感覚は曖昧。夢うつつの状態で扉を開け、ふらふらと足を進める。
ベッドがあるだろう箇所へ適当に身を沈めると、思った以上に心地よい感触があった。
温かく、ほどよい硬さがあり、何処かで嗅いだ覚えのある匂いがした。何処で……?こんなに寝心地のいい布団だったか? そんな疑問も浮かんだが、瞼が重い。すぐにどうでもよくなり、バギーはそのまま意識を手放した。
クロコダイルは微かな重みを感じて目を覚ました。
寝不足で鈍っていた頭が次第に働き始め、異変に気づく。胸元に妙な温かさがある。サイドテーブルの灯りをつけ、視線を落とすと、灯りに照らされ艶めく水色と赤。――バギーが自分の上に乗るようにして寝ていた。
ピエロメイクをしていない白い頬に、海色の睫毛が影を落としている。
クロコダイルは無意識のうち、洗いざらしの青髪へと手を伸ばし、指で梳いていた。
「んん……やめろよぉ、りっちぃ」
バギーは身を捩り寝言で何某かを呟くと、クロコダイルの胸元に涎を垂らした。
「っち……」
クロコダイルは軽く舌打ちをしながらも、追い出そうという気にはなれなかった。
普段であれば、髪を引っ掴んで蹴り飛ばしていたはず。だが、眠りこけた顔はあまりにも無防備で、拍子抜けするほど力が抜けていた。
――そう、それは、己には一度も見せたことが無いだらしのない顔……。こんなバギーを投げ飛ばしたところで、起きた瞬間に騒ぎ出すのが目に見えている。騒ぎを聞き付けた部下共へ言い訳するのも面倒だ。
――それに、胸元の温かさと重みが心地よいと感じてしまった自分がいた。
翌朝、目を覚ましたバギーは幾度も瞬きをした。最初目にした光景が信じられず混乱し、部屋を間違えた事に後悔し、クロコダイルに追い出されなかった事に動揺していた。
クロコダイルと見つめ合ったまま、動くことも出来ずに冷や汗を垂らす姿は、まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。
「あの、本当、何か……スミマセン」
クハハと低い声で笑うその声音には、機嫌の良さが滲んでいた。
「人肌が恋しかったのか? まさか夜這いに来るとはな」
「夜っ…!違ェっての! 寝ぼけてたんだって!」
漸く身を離し、言い訳にもならない言葉を叫ぶが、クロコダイルは明らかに面白がっている。バギーは顔を鼻の様に真っ赤にしながら、必死で状況を整理しようとした。
こんなはずじゃなかった。こんな目覚め、絶対に望んでいなかった。
必死の弁明も途中で喉に詰まり、バギーは弾かれたように立ち上がった。
混乱と羞恥で顔を赤くしながら、足元もおぼつかないまま後ずさる。
「悪かったクロちゃん! おれァ部屋を間違えただけだ! ほんっとそれだけだからな!!」
声を裏返しながら怒鳴ると、逃げるように扉を開け、勢いよく廊下へ飛び出した。
裸足のまま駆け出し、無我夢中で自室へと転がり込む。
バタンと扉を閉め、背を預けながら荒い息を吐いた。
……最悪だ。
扉に凭れたまま、バギーは天井を仰いだ。感情のままに青髪を掻き乱す
「何をやってんだよおれ様。何であんなおっかねェところで寝ちまってたんだ」
だが、焦れば焦るほど、肌に微かに残るじんわりとした温もりと安堵感が意識に絡みついて離れない。眠りに落ちた時の心地よさは、まるで極上の寝具に包まれていたかのようで――
そんなはずはないと首を振るが、昨夜の夢の続きを見たいような気持ちが、
ほんの少しだけ、胸の奥でくすぶっていた。
終わり