指先 カップを掴み、形の良い唇にそれが触れる。
もうとっくに冷めてしまったそれは、喉を潤す為か、カフェインを接種しているだけか・・・テーブルにカップを置くと、指先がキーボードを叩く。
「お待たせ藍湛。」
先人の返事を待たず、隣の席に付いた魏無羨は、テーブルの上に荷物を下ろす。
「まだ掛かる?俺も何か頼もうかな···」
隣で「季節の新作が、夕飯が、」と話し続ける魏無羨に、藍忘機は一瞬手を止め、軽く視線を向けると、再び正面のモニタを見る。
軽くそのモニタを覗き込んだ魏無羨は、身一つで立ち上がり、店先へと向かう。
程無く戻った魏無羨は、藍忘機が熱い視線を向けるモニタの横。藍忘機の視界の入る位置にカップを置き、隣に座ると、テーブルに置いたままのバッグに額を擦りつけ、藍忘機を横目で見つめる。
季節のドリンクが入った、ショートサイズの桜柄のカップには、店員が描いたであろうメッセージ入りのウサギ。
藍忘機の形の良い指が、キーボードを叩く音が早くなる。
バッグを枕に、藍忘機を見詰める魏無羨の唇が上がる。「何だか懐かしいな。」そう囁くと、少し体をお越し、藍忘機の視線の先からカップを取り、ドリンクに喉を鳴らすと、また視線の先にカップを置いた。
『藍湛!藍湛!藍兄ちゃん!』
白いワイシャツに変わって見えるのは、今は見慣れぬ、白い服。隣に腰を下ろし、騒がしく自分の名を呼ぶ声に、煩わしいと、睨み付ける頃も有ったが、筆を持つ手を止め腰を抱き、自分の膝に寄せるようになった。
魏無羨は、キーボードを叩く藍忘機の指先をじっと見詰める。止まった指先は、魏無羨が買ってきたカップを手に取り、一口飲み込むと、また同じ位置にカップを置く。形の良い長い指先が、キーボードを叩き始め、ぼんやりそれを眺めていた魏無羨は背筋が震え上がり、が急に起き上がった。
曲がる関節に、奥が疼き、鼓動が上がる。魏無羨が、シャツの胸元をぎゅっと握り締れば、藍忘機が手を止める。
「何を見ていた。」
「別に何も···お前の顔と、指しか見てない。」
合流して、初めて口を開いた藍忘機は、そう言うと、ふっと口元を緩める。
「もう終わる。早く家に帰ろう。」
藍忘機の言葉に、魏無羨は立ち上がり、甘いドリンクを飲み干す。
「もう待てない!俺は先に帰る!」
宣言する魏無羨の腕を取り、藍忘機は人目もはばからず腰を抱き寄せる。
「恥知らず。」
「そうさせたのは君だ。」
藍忘機は、ノートPCを閉じると、早々に荷物をバックに詰め込む。ダクトボックス捨てられたカップには、可愛らしいウサギと「おつかれさま」の文字。
肩を寄せる魏無羨と、腰を抱いた藍忘機。二人の影は重なって、夕方近く混み始めたカフェを後にした。