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    名取ちみ

    @ntrtm_

    ブルスカでのログをその都度投げてます。
    進捗関係は非公開にすることがあります。
    今はグエスレフィーバー中。

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    名取ちみ

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    人間グエルと魔法使いスレッタが出会い、使い魔契約するまでのお話

    ※グエスレ以外のキャラクターも名前やセリフが一言あったりしますがあまり絡みません。
    ※オリジナルのモブとの会話はあります。

    #グエスレ
    gueslé

    『魔法使い』

    子供の頃には憧れ、大人になるに連れ想像上のものだと認識されるもの。
    「魔法使いなんて、サンタと同じで子供騙しのただのファンタジーだよなぁ」
    男子高校生たちが目に入った最近流行りのファンタジー小説の広告の前で立ち話をしている。
    「魔法使いはともかく、フィンランドにはサンタはいるじゃないか」
    「でもサンタを演じているだけのおじさんだろ?一晩で世界中にプレゼントを配るのは不可能だ。ほらファンタジーじゃん」
    「夢がないな〜!知らないだけサンタも魔法使いもいるかもしれないじゃんか!例えばそう、お前の後ろに!」
    「ひゃ⁉︎」
    「「あ」」
    適当に指先を向けた方には通りがかりの一人の女子高生が。
    指をさすなと友人に嗜められ、指した本人はすんませんと軽く会釈して謝罪する。
    それに答えることはせず、少女は逃げるように駆け出した。


    魔法使いとは人間の夢や創造がなければ存在できない者。
    存在しない、不思議な力を持っていると思われているからこそ魔法はある。
    人間の創造する夢があるからこそ彼ら彼女らは本物になる。
    それを蝕む者が現れる時、魔法使いはきっと周りに現れる。
    知らない間に…正体を知られないように、そっと。
    「(び、びっくりしたぁ…。バレちゃったかと思った…)」
    赤髪の少女───スレッタ・マーキュリーもまた、魔法使いであった。



    *************



    魔法使いは人の夢や希望、ポジティブなエネルギーを元に生きている。
    故に彼らが危機に陥り、恐怖・絶望し、それをエネルギーとする存在『ネガティブ』に染まらないよう守っている。
    それらが姿を現す鏡の中、魔法使いは人知れず戦っていた。

    「鏡から出る時が魔法使いにとって一番警戒しなきゃいけないの」
    「どうして?」
    「人間に唯一、正体が見られてしまう瞬間だからよ。そのために鏡を自分で用意して人気のない安全な場所に出る様心がけること」

    「(よし、大丈夫…と)」

    昼間だというのに人気のない公園。
    地面に置かれたスマホを拾い上げるとスレッタは変身を解き、植え込みの間から辺りを警戒しながら出てきた。
    たった今、ネガティブとの戦闘を終え、人間界へ戻ってきたところである。
    いつネガティブが暴れ出しても駆けつけられるように、こういった人気のない場所と手段をいくつか用意しているのが魔法使いの鉄則。
    出入り口は持ち運びできるコンパクトミラーの時もあれば、スマホの画面だって鏡の代わりになる。
    今日も母の教えの通り、誰にも見つからずに終えることができた。
    「あ、そうだ…急いで来たから宿題置いてきちゃった…」
    今すぐにでも自室のベットに飛び込みたいくらい疲れているが、学業もまた本業。
    重い足取りでスレッタは学園へと戻った…。



    今日の一年生の授業は上級生より一時間早く終わっていた。
    スレッタが教室に戻ってくる頃には部活動が始まっているようだ。
    まだ残っているクラスメイトが談笑している。
    その横を通り過ぎ、せっせと宿題をカバンに詰め込んでいると、廊下から困ったなぁという呟きが聞こえた。
    「どうかしましたか?」
    「うわっ⁉︎」
    教室側の窓から声をかけられ、周りが見えていなかった男子生徒はスレッタに驚く。
    「困り事…ですか?」
    困っている人は見過ごせない。
    魔法使いとしてではなくスレッタ本人の性分だった。
    「まぁ…その…そうだけど…」
    スレッタとはあまり面識がなく、話しかけられたことに戸惑う男子生徒。
    歯切れが悪くなってしまったが、それでも真剣な眼差しで真っ直ぐとこちらを見てくるものだから、言うだけならとつい口が緩む。
    「僕、剣道部で今から部活なんだけどさ…病院に行かなきゃいけなくて」
    「? 体調悪いんですか?」
    「いや、妹が入院してて…。最近病状が良くなくってさ、明日手術するんだ。元気づけたいんだけど部活終わってからだと面会時間終わっちゃうんだよ」
    「じゃあ早く行ってあげないと!」
    「でも、今日模擬練習で…サボると主将にしごかれるってもっぱら噂で…言い出すのも怖くて…」
    「なら私、代わりに練習出ましょうか?」
    「え⁉︎」
    初めて話した同級生に考えもしなかったことを提案された男子生徒は驚く。
    「ほら、私たち身長も近いし道着を着ちゃえば顔も分かりずらいでしょう?」
    「で、でも…」
    初対面の相手にどうしてそこまでしてくれようとするんだろう。
    優しいふりをして後で何か要求されたりするのだろうか。
    「私、お姉ちゃんがいるんです。同じ状況だったらすごく勇気がもらえると思うんですよ!だから、妹さんのところへ行ってあげてください」
    大丈夫、運動神経は良いんですとスレッタは自信満々に付け加えた。
    こんなに優しい人を疑った自分を引っ叩いてやりたいと男子生徒は心の中で思う。
    「ありがとう、えと…」
    「スレッタ。スレッタ・マーキュリーです」
    「僕はラーシュ」
    互いに自己紹介を終えると、ラーシュは肩にかけていた道着袋を手渡す…前に臭いをチェックしてから。
    「道着まだ新しいから匂わない…と思う…。勝敗とか気にしないでいいから、怪我だけは絶対、しないで!」
    「はい!」




    こそこそと体育館周りをうろつく赤い影。
    スレッタは部室棟の誰も使っていない部屋の前に辿り着くと鍵を魔法で解錠。
    入るところを見られないように辺りを見回し入り込む。
    素早く着替え、仕上げに面の隙間から顔が見える対策としてぼやけて見える視覚の魔法をかけた。
    あとちょっとだけ抵抗があったので無臭の魔法も。
    準備万端、あとは模擬戦をするだけ。
    体育館へと伸びる渡り廊下まで来ると剣道部独特の掛け声が聞こえてきた。
    覗くと既に模擬戦は始まっており、バレる心配はないのだが、張り詰めた空気にスレッタは固唾を飲む。
    「遅いぞ、何をしていた」
    「ひぇ⁉︎す、すみません‼︎」
    突然頭の真上から声がし、反射的に声の元から離れた。
    そこには剣道部主将、グエル・ジェタークの姿が。
    三年生が引退し新しく就任したばかりの生徒だが、何と言うか相応しい風格だった。
    女性の中では背が高いスレッタでも見上げるほどの背の高さと道着の上からでもからも分かる体格の良さ。それから───
    「(ひぃ…顔怖い…)」
    面の隙間から覗く鋭い目つき。
    ラーシュが怯えるのも分からなくないとスレッタは思った。
    「まぁいい…。お前の番だ、早く位置につけ」
    「はい!」
    怒られる前に早く済ませてしまおうと足早に試合上の真ん中あたりにある線につく。
    しかし本来はそれよりも外にある囲われた線に立つのが正解だ。
    見かねた部員が下がれ下がれと声をかけ、スレッタはストップと言われるまで後ずさる。
    あまりにも無知すぎて気づかれてしまいそうだ。
    慣れない場所に落ち着かず対戦相手は誰だろうと辺りを見回すスレッタ。
    その前に現れたのは長身の───さっき言葉を交わしたばかりのグエルだった。
    「(しゅ、主将さんが相手…⁉︎)」
    確か同学年同士で対戦すると彼からは聞いていたのに。
    後からアーシュに聞いた話だと、この日は一・二年生とも参加人数が奇数で、先にできる部員で模擬練習を始めていた。
    主将グエルは他部員の練習を優先し、遅刻してきた彼もといスレッタとの対戦を組んだと言うわけだ。
    グエルはスレッタの反対側に立つと場への礼をする。
    作法が分からないスレッタは見様見真似に頭を下げた。
    立礼の位置まで進み、相手の目を見て相互の礼を交わす。
    帯刀し、開始戦の前で蹲踞(そんきょ:爪先立ちで膝を九十度開き踵にお尻を乗せた状態)。
    面の隙間から見えるグエルの鋭い目にスレッタの緊張の度合いが増した。
    「始め!」
    審判役の部員の号令で試合が始まった。
    今回の模擬練習は一本勝負。
    グエルは剣先を当て、期を伺う様に揺らす。
    揺れているのに剣先に余計なブレがない。
    一方で作法の知識の無さから分かる通りスレッタには剣道の経験はなかった。
    ただ運動神経に恵まれ、非日常の中ではネガティブとの戦闘をしている。
    隙を狙う、攻撃を受け流す避けるなどのスキルは剣道にも通ずるものだったのかもしれない。
    グエルの打ち込みに素早く反応し、つばぜり合いに持ち込む。
    こう着状態になったため仕切り直された。
    「(こいつ…本当に初心者の一年か…?)」
    以前練習を見ていた時は特筆する様な部分はないような普通の部員だった様な気がしたが、今日は違う。
    作法はむしろ後退していたのに動きは初心者ではない。
    理由は分からないがそれならばとグエルは面を攻める。
    竹刀で防ごうとしたスレッタの手元はガラ空きになり、そこをグエルを狙い打つ。
    素人ならばこの動きにはついてこられず一本を取られる、はずなのだが…スレッタはさらに防ぎグエルの腕が打ち上がる。
    「(いける!)」
    そして声を上げ、反射的に胴をへと竹刀を打ち込んだ。
    「い、一本!」
    撃ち合う音が止まり、体育館は一瞬しんとなる。
    その沈黙はすぐに破られ、主将が一本取られたぞと周りの部員がざわめき出した。
    どうやら主将を務めているだけあって腕前も相当強い人物だったらしい。
    その様子にスレッタは後悔した。
    あくまで穏便に、目立たず終わらせるのがベストなはずだったのに、一瞬負けたくないと思ってしまったのだ。
    「そこまで!」
    「じゃ、じゃあ失礼します‼︎」
    「あ、おい!」
    このままでは部員達に囲まれると踏んだスレッタは最後の礼もせず、声をかけられるよりも先に体育館から一目散に逃げ出した。
    グエルはその背中を追わず、睨むように見送った。





    「スレッタさん、ほんっっとうにありがとう‼︎」
    翌日の昼休み。スレッタの教室に顔を出したアーシュは深々と頭を下げた。
    その声があまりにも大きく目立つので一度廊下に出ようと促した。
    さすが剣道部の部員、気迫は負けてない。
    「妹さん、どうでした?」
    「僕が泣かないように手術頑張るって言ってくれたよ」
    「ふふっ」
    元気づけに行ったのに逆に元気付けられており、あまりに微笑ましくて小さく笑うスレッタ。
    「あぁそうだこれ。お礼に食べてよ。本当はこんなんじゃ足りないくらいだけど…」
    「え⁉︎あ、ありがとうございます!」
    そう言って取り出したのはシンプルなクッキーの詰め合わせ。
    彼の妹も大好きで、SNSでもバズったことがある有名な洋菓子店のものらしい。
    包装の隙間から微かに香るバターにスレッタの表情はとろけた。
    「でもまさか主将から一本取っちゃうとは思わなかったなぁ…」
    「そ、その辺りは申し訳なく…」
    彼が登校した際、同学年の部員に昨日の事細かに聞かれて知った偽りの勇姿。
    困らせたことが声色から伝わり、スレッタの触覚のように上がった髪が気持ちと連動するようにしゅんとする。
    「僕、そんな強くないし…その内まぐれだったって思われるから大丈夫だよ」
    「そ、そうですか」
    「──なるほど、そういうことだったのか」
    「え?」
    スレッタの頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
    目の前のアーシュの表情は引きつり、背中には圧を感じる。恐る恐る振り返るとそこには
    「しゅ!主将⁉︎」
    剣道部主将、グエルの姿が。
    普段なら一年生の階に二年生がいるはずがないのだが、次の授業の場所の関係でたまたま登ってきていた。
    廊下から昨日の逃げたダークホースの声がすれば、訳を聞こうと近づいてくるのも当然。
    一番聞かれてはいけない相手に聞かれてアーシュとスレッタの顔は青ざめた。
    「あえっと、そのす、すみませんでした‼︎」
    「お、怒らないで、ください!アーシュさんは…」
    「最初から聞いていた」
    このままではしごかれるとアーシュ弁明、スレッタは彼を庇う体制をとったものの、落ち着いた口調でグエルからは怒りは微塵も感じなかった。
    「…確かに前部長なら過剰に厳しく当たっていたかもしれないな。だが俺は強さは継いだがそういう部分まで継いだつもりはない。理由があるならそうと言え。そっちの方が大切に決まってるだろう」
    しごかれる、なんて噂は聞き違いに違いない。
    「いや、これからは言いやすい環境も心がけるべきだな。すまなかった」
    こんなにも誠実な言葉をかけられるとは想像もしておらず、二人の中に直前まであった鬼のようなグエルのイメージが主将の鏡に切り替わった。
    「い、いえ…僕も正直に言わずにすみませんでした…」
    勘違いはあったもののこれにて一件落着───かと思われたが、グエルがスレッタの方へと視線を落とす。
    「ところで、スレッタ・マーキュリーとか言ったか」
    「え、は、はい」
    「お前に再戦を申し込む!」
    「へ⁉︎」
    何で?という言葉が最初に浮かんだ。
    もう何の関係もないただの帰宅部の女子生徒に何故再戦を?
    訳が分からず固まるスレッタ。
    それに対してグエルは真剣な表情。冗談ではなさそうだ。
    ──学生大会で負けなしと言われてきた強さを持つグエル。
    そんな自分から一本を取った彼女の動きは、ただ者じゃなかった。
    悔しかった、心が熱くなった。
    久々に覚えた感情をこのまま無かったことにせず、もう一度真剣に相手をしてみたいと思ったのだ。
    「えぇ…いやです…」
    しかし絞り出す様に出された返事はノー。
    逃げ腰に少し苛立ち、表情筋にピクリと伝わる。
    「…理由は」
    「私にやる理由ない…ですし…またやっても同じかと…」
    「なん、だと…!」
    「ひぃ!」
    スレッタさん凄い、話が分かる人だったとはいえ、もう先輩こと煽ってる…。
    とアーシュは思っているがスレッタ自身はそんなつもりは全くなかった。
    反射的に怒りを見せたグエルだが、すぐに咳払いをし気持ちを整える。
    彼女とそういう喧嘩をするつもりはない。
    グエルはスレッタに対し頭を下げる。
    「一度でいい、本気で手合わせしたいんだ。頼む」
    「え、や、あ、頭、上げてください…!」
    慌てて下げられた頭に向かって声をかける。
    廊下の真ん中で上級生が下級生に頭を下げているなんて嫌でも目につく。
    目立ちたくない気持ちが強いが、そこまでされる理由がスレッタには分からなかった。
    ただグエルからは悔しさ、怒り、というよりはポジティブな感情が伝わってくる。
    蔑ろにしてはいけないような、真っ直ぐな気持ち。
    「わ、分かりました…一回だけ、なら良いです」
    こうしてスレッタとグエルは再び剣を交えることとなった…。



    *************



    体育館には部員以外のギャラリーが大勢詰めかけていた。
    なにぶんグエル・ジェタークは学園で人気のある生徒の三人のうちの一人だ。
    エラン・ケレス、シャディク・ゼネリは女子生徒人気が圧倒的だが、グエルは両生徒に人気であった。
    そんなグエルが素人に一本を取られ、更に再戦を申し込むほどの生徒は誰だと、気になって見物に来るのは当然と言えばそうだ。
    いわゆる推しの生徒などの話題に疎かったスレッタは承諾したことに後悔しかなかった。
    平凡な学生生活を望んでいたのに、目立って認知が上がれば正体がバレる可能性が高まり魔法使いとしてもあまり良くない状況。
    憧れていた漫画の様な展開だが、本当に巻き込まれるのは嬉しい様で悲しい様で。
    「(ま、負けちゃえばすぐ終わるかな…)」
    「手を抜いたら許さんからな」
    「ひょえ⁈」
    そんなはずはないのだが、心を読まれたと思い変な声が上がる。
    勝負に誠実ではないのはどうやら嫌いらしい。
    「大丈夫、逃げません…」
    だけれどこの人の感情から逃げないと決めたんだ。
    まっすぐな気持ちを受け止めるため、スレッタは腹を括った。
    今回の勝負は二本先取。
    試合上境界線…一番外側の枠の前に二人が立つと、ざわめきが小さくなる。
    開始戦まで歩み寄り竹刀を抜き合わせ蹲踞(そんきょ)の体制に。
    「始め!」
    号令と同時にかち合った視線にスレッタは気圧される。
    目だけでも相手の気迫が強まったのを感じた。
    竹刀に籠る力も先日より強い。
    昨日のスレッタが本気でなかったようにグエルもまた本気ではなかった。
    プライドで初心者を打ちのめしても部員が逃げるだけだ。
    昨日は初心者に合わせた戦いをしていたがスレッタの前ではその必要がないともう分かっている。
    作法自体は素人で間違いないのだが、身のこなし、気迫や技術は強い者の動きだった。
    探り合う剣先の隙を見つけた瞬間、グエルの強力な突きがスレッタの喉元を捉え、有効打突。
    判定に観客が湧き上がる。
    誰かに合わせる必要のない、本気の試合。
    大会の中でしかぶつけられなかったプライドと闘志をグエルは燃やす。
    「(この人、強い…!)」
    昨日とは段違いの強さだった。
    スレッタは自分が勝ってしまうと思った事を改めた。
    これがネガティブとの戦闘なら間違いなく致命傷だ。
    再び向き直り息を整える。
    間髪を入れずグエルは面を打ち込むが有効打にはならなかった。
    お互い身を引いて体制を整え、今度はスレッタがすぐに攻める。
    今度は小手が入り判定は有効。
    一対一の同点となり残り時間が差し迫る。
    前半は素早く攻め合っていたが、一変して静かな読み合いが始まる。
    互いに攻める瞬間もあるが有効にはならず、時間が過ぎていく。
    グエルの『勝つ』という思いがひしひしと伝わってくる。
    勝敗は時に人の夢や希望を打ち負かす。
    本来、ネガティブを産むかもしれない様な事を魔法使い自身がするものではない。
    だけれど、この人の場合は向き合えないことがそれを産むんじゃないか、スレッタにはそう思えた。
    だから勝負を受けた。
    だから『負けたくない』って思ってもいいんだって。
    自分の思うように動いていいんだって。
    それをこの人は望んでいる。
    この時だけは魔法使いの使命感はふわりと消えた。
    一歩、二歩、互いに間を取り、剣先が交差する瞬間。
    グエルは距離を詰め振りかぶる。
    それよりも一歩早くスレッタの片手打ちがグエルの喉元に突き入った。
    判定は…『有効!』
    勝者が決まった瞬間、わぁっと大きな歓声が上がった。
    互いに礼をし、面を外すと、スレッタの方には友人のニカやアーシュなどクラスメイト達が集まりあっという間に囲まれる。
    おめでとう、すごいぞ、と言葉をかけられる中、スレッタは向こう側に佇むグエルが目にはいった。
    外した面から現れた表情は険しく、彼を慕っている弟のラウダや後輩のフェルシーやペトラが声をかけているようだ。
    不貞腐れている様にも見えたが、滲み出る悔しさを隠す様にも見えた。
    友人達をかき分け、そんなグエルの元にスレッタは駆け寄って行く。
    その姿を捉えたグエルはすぐに視線を外した。
    やっぱり結果は同じだったでしょう、とでも嫌味を言いに来たのかもしれない。
    勝ち負けに拘るものではないと頭では分かっていてもプライドが邪魔をする。
    こちらを見てくる視線にグエルは顔を逸らしたまま何も言えない。
    しかしスレッタは反応を待つつもりはなく
    「ごめんなさい!」
    と頭を下げた。
    想像していなかった言葉に力が入っていた表情筋がかすかに緩む。
    背けていた視線を正面に戻すと、スレッタがええと、と視線を明後日の方向に行ったり来たりさせながら次の言葉を探していた。
    「あなたのこと、みくびって、ました…。その…あなたはとても強かった、です」
    「…!」
    握手を交わそうと差し出された手と、こちらを向いた瞳には身構える様な敗者への悪意はなく、純粋な称賛しかなかった。
    その言葉と姿に目が離せなくなった。
    「スレッタ・マーキュリー」
    グエルはその手を片手ではなく両手で強く握りしめた。
    驚いたスレッタは「ひぃ」と声を上げる。
    「俺と、付き合ってくれ」
    見ていた三人も周りのギャラリーも言われたスレッタも、そして言ったグエル本人でさえ予想していなかった言葉が体育館に響いた。
    「………………………………え」
    絞り出されたスレッタの動揺の声を皮切りに、観客達から建物を揺らすような歓声・悲鳴・黄色い声が湧き上がった。
    「ちょっと兄さん何言って⁉︎」
    弟の声でグエルは自分が何を口走ったかやっと気づき、固まったままの手を隠すように離す。
    ざわめく周囲に、というか自分に言い聞かせるように訂正する。
    「ち、違う!これは──」
    「い、嫌です〜〜っ‼︎」
    「うぐ‼︎」
    言い訳する間もなく即座にフラれ、どの試合の打撃より強いダメージを受ける。
    膝をついてしまいそうになるが堪え、
    「いや、練習!練習に付き合ってくれと言っただけだ!」
    「誰がお前みたいなくしゃくしゃ頭を好きになるか‼︎」
    「いいか、次は負けん!」
    と、まくし立て、昨日とは逆にグエルの方が体育館から逃げるように飛び出して行ってしまった。
    「…い、意味わかんないです…」
    呆然と立ち尽くす。
    言葉の通りグエルから伝わってきた感情がぐちゃぐちゃで、スレッタは本当に意味が分からなかった。



    剣道部のロッカールームに飛び込むと内側から鍵を閉め、囲うように置かれたロッカーの真ん中に設置されたベンチに腰を下す。
    「(どうしたんだ俺は…)」
    頭を抱え止まらない動悸に困惑する。
    これは試合で疲れたからか、走ってここまで来たから…はたまた…。
    そこまで考えて首を大きく横に振って考えたことを追い出した。
    そのまま着替え終わっても、下校時に後輩に声をかけられても、家に帰ってから父や弟に心配されても、何も頭に入ってこず…。
    ベットに入って瞼を閉じた時、浮かび上がった赤毛の後輩の姿を見て、
    「(あぁ…そうか。一目惚れって、初めて会って起きるものじゃないんだな…)」
    と静かに腑に落ち、グエルは眠りについた…。



    「スレッタ・マーキュリー!勝負だ‼︎」
    「えぇ⁉︎一度でいいって言ったじゃないですか⁉︎」

    そして、次の日から幾度となく勝負を仕掛ける様子が学園では見られる様になるのでした…。




    *************




    「あの、最近、勝負しろって言わなくなりましたよね、先輩」
    放課後、コンビニの新作のお菓子を目を輝かせながら選んでいたスレッタ。
    これに決めたとふわふわ食感のグミを手に取ると、それは伸びてきた大きな手によって横取りされた。
    同タイミングにグエルも飲み物を買いに入店していたのだ。
    そのまま一緒にレジに持っていかれ、会計を済ませた後にふわふわグミはスレッタの手元へと戻ってきた。
    そしてそのまま成り行きで一緒に下校をするも、グミのお礼を言ってから数分沈黙が続き、思い出した様にスレッタはそう口火を切った。
    グエルはコーヒー飲料を一口飲んでから答える。
    「…こだわるのはそこじゃないと気づいたからな」
    「…?」
    最初はまぁ、ただただプライドだった。
    二度目以降は会う口実作るための照れ隠し。
    だけど勝負は本気だった。
    幾度か剣を交える度に勝ち負けというよりは、スレッタとの本気の勝負が楽しくなり、最近では練習に付き合ってくれという穏やかなかたちにおさまっている。
    「ただ負け越しでいいとは思ってない」
    「やっぱり負けず嫌いだ…」
    「どの口が…」
    「この口です」
    ひょいっとその口にグミを放り込み幸せそうに噛み締めるスレッタ。
    嫌々付き合っていた時も、食べ物に釣られた時も、最近も、いつだってスレッタも手を抜いたりはしていなかったし、負ければ悔しがっていた。
    グエルに言わせればそれはじゅうぶん同類である。
    「それと、お前にも友達付き合いがあるだろ。邪魔してまでは挑もうと思わん」
    スレッタが転校してきてからもう数ヶ月は経とうとしているか。
    今まで魔界で家族としか過ごしてこなかったスレッタにとって、学校は同年代の子がたくさんいる夢見た場所。
    友達を作りたくて、一緒に放課後に遊んで、テストの前は勉強して、部活の助っ人もやったりして。
    やりたい事で満ち溢れていた。
    隠さなければならない使命はありつつも、彼女が望んでいたものがだんだんと手に入り始めていた。
    グエルは知るはずもないが、それらがスレッタにとって大切なものというのは感じ取っていた。
    「…ふふ」
    「何でそこで笑う」
    「グエル先輩のそういうところが好きなんだなって」
    「す⁉︎」
    スレッタ・マーキュリーが!俺を⁉︎
    「フェルシーさんとかペトラさんとか、剣道部のみんなとかそう言ってましたよ」
    「あ、あぁ…うん…そうか」
    取り乱す間も無く勘違いだと突きつけられ、声のボリュームは極端に下がった。
    「でも良かった。最初は困ったけど…なんだかんだグエル先輩との勝負も楽しいから」
    先輩、手出してくださいと言われ反射的に差し出すと、真っ白い雲の形をしたグミが二、三個袋から転がり落ちてきた。
    「また真剣勝負しましょうね!それでは!」
    分かれ道、遠ざかる後ろ姿を見えなくなるまで見届けてからグミを口へと放り込む。
    コーヒーとの相性はあまり良くなかったが、グエルは満足そうに反対側の道へと歩き出した。



    *************



    「あいつ、一体どこに」
    放課後、いつもの様に自主練習に付き合ってもらうためにスレッタに声をかけていた。
    (念願叶い)連絡先も交換しているため、用事が出来れば断りのメッセージが入っているはず。
    それなのに部活動終了時間になっても顔も見せないしスマホの通知はゼロ。
    そういう時もあるだろうと落ち込む自分を慰め帰り支度を終えた頃、陸上部に所属する後輩・フェルシーと鉢合わせる。
    「あれ?スレッタならホームルーム終わってすぐ向かったはずっスけど…」
    反射的に駆け出した。
    教室、玄関、体育館すれ違ったかもしれない、ならば外に!
    誰かの助けになろうとするやつだ、何かに巻き込まれたのかもしれない。
    走りながらかけた電話の呼び出し音は留守番電話サービスへと切り替わってしまった。
    とにかくスレッタが行きそうな場所を無我夢中で探し回ったが、見つからない。
    もう日も暮れ始めている。
    行く宛をなくしたグエルは目に入った小さな公園へと足を踏み入れた。
    錆びれた小さな滑り台と塗装がほとんど剥げたパンダとうさぎの形をしたスプリング遊具は薄暗い中見ると少し不気味だ。
    人気もあまりなく、元々あまり子供も使っていない様に見える。
    一本だけ設置された街頭に照らされたベンチにグエルは腰をおろす。
    学校を飛び出した時よりはだいぶ頭は冷えて鮮明になってきたが、気持ちは落ち着かない。
    「(もう一度だけ連絡してみよう…)」
    もしかしたら着信音に気付かなかっただけかもしれない。
    ケロッと電話に出るかもしれない。
    発信ボタンをタップする。
    するとそれと同時に正面の植え込みが薄らと光った様に見えた。
    発信を続けたまま恐る恐る近づき覗き込む。
    植え込みと植え込みの間に大人二人分くらいの隙間があり、そこに隠すように置かれたスマホが見える。
    「!」
    光る画面には『グエル先輩』と表示された着信画面。
    それはスレッタのスマホだった。
    気持ちが悪い何かが腹から胸の辺りまで込み上げる。心臓の鼓動が全身を揺らす。
    光続けるスマホに手を伸ばすと、触れる直前で画面は真っ暗になる。
    動揺したグエルの顔が鏡のように薄らと映り込んだ。
    そして再び画面は光出した。
    車のヘッドライトのように眩しく映したものを白く消し飛ばす。
    スマホが出す光量ではなく、グエルは光にやられ後ずさった。
    「よいしょっと」
    「…⁉︎」
    ぼやけた視界でも起こっていることは分かるが理解ができない。
    探していた後輩がスマホの画面からゆっくりと出てきたのだ。
    見覚えのない白い魔女のような衣装を身に纏ったスレッタが。
    今、スマホの画面から出てきて…制服をじゃなくて変な格好を…いつの間に着替えて…何故そんな…可愛いらしい…そうじゃなくて。
    「コスプレ…?」
    「⁉︎」
    あと片足を出せば終わりのところでスレッタとグエルの視線がかち合った。
    混乱するグエルとは対照的にスレッタの顔は真っ青に。
    ───見られてしまった。
    スマホから出きった状態であればコスプレですと乗ってしまえたが、途中で確実に目が合った。
    彼が落ち着きを取り戻してしまえば逃げられない。
    どうして彼がこんな所ににいるのかもう考えても仕方がない。
    起きてしまったことは変えられないから。
    青ざめた顔はゆっくりと悲しそうなものへと変わる。
    「見ました…よね…今…」
    「そ、そうだ…今おまえそのスマホから…」
    「…えと…その…一から、説明します…」
    この場ですぐに記憶を消してしまうこともできた。
    むしろ母や姉なら迷わずそうしていただろう。
    けれどもスレッタは、迷った。
    話しても結果は変わらないけれど、信じるかどうかも分からないけど、グエルなら話を最後まで聞いてくれると。
    そうやって消してしまうまでの猶予が欲しかった。
    スレッタは変身を解き、グエルにベンチに座ることを促した。




    「魔法使い…」
    「はい…信じられませんよね」
    「理解は出来てないが…この目で見た以上、信じてはいる」
    スマホから出てくるなんて現実ではありえない。
    ただ、幾度となくスレッタが姿を消していたスレッタが、ネガティブという存在と戦っていたからと聞くと合点がいった。
    そして身のこなしが素人ではなかったことも。
    「誰にも言わないと約束する」
    「それじゃ、ダメ、なんです」
    存在が知られた魔法使いの力は弱くなってしまう。
    魔法使いは人の想像創造から生まれたもの。
    架空のものだからこそ大きな力を出せる。
    「──だから、私たち魔法使いは誰かの本物になってはいけないんです」
    力をなくし、人間を守れなくなる訳にはいかない。
    「齟齬がないように、先輩だけじゃなく、私と関わりがある人全ての記憶を無くさないといけません」
    「嘘…だろ」
    スレッタの事を忘れなければならない。
    出会った頃から今までの思い出がフラッシュバックする。
    それがなかったことになるなんて、受け入れたくなくてグエルは訴えるようにスレッタを見つめる。
    スレッタは目を伏せ、首をゆっくりと横に振る。
    「大丈夫、いなくなったりはしません。また、初めましてになるだけです」
    グエルにそう伝えているのに、まるで自分に言い聞かせる様だとスレッタは思った。
    決まりだから、守るためだから、仕方のないこと。
    お別れするわけじゃないのだから。
    一つ一つ理由を並べて寂しい気持ちに覆い被せた。
    「…お前はそれで良いのか」
    それなのに、簡単に引っぺがされて。
    気丈にしていた仮面はあっという間になくなって、その裏に隠されていたただの高校生のスレッタは絞り出す様に呟いた。
    「良いわけないです…嫌…です…」
    「なら、他に方法はないのか」
    「…ないことはないけど…それだと…あなたを危ない目に…巻き込んでしまいます」
    「それでいい、やってくれ」
    言い淀んでいたスレッタにグエルは頼む、とまっすぐ見つめる。
    声色には迷いはない。
    「待ってください、危ないんですよ⁉︎」
    「強いって言ってくれたじゃないか」
    「言ったけど、それは剣道の話で……!」
    ネガティブと戦うのは全く別。命の危うさだってある。
    そこまでしてまで自分勝手に記憶を維持はしたくない。
    スレッタは大きく首を横に振る。
    「だめ、だめです!“これだけ”のために私はグエル先輩にも…誰にも傷ついてほしくありません!」
    「俺には“これだけ”なんて思えない。お前、無くしたくないって顔に出てたぞ」
    思わず自分の頬を覆うスレッタ。
    悟らせまいと気持ちを押し込めていたのに、うまく隠せていたと思っていたのは自分だけだった。
    「なくなった思い出と同じ思い出はきっと作れない」
    グエルはスレッタを好きだと気付いてから、どうかしていると自分で思うほど彼女のことを目で追ってしまっていた。
    見かけるたびに友人に囲まれて、生き生きとしていて…。
    記憶を消すと言い暗くなった表情を見て、それらがスレッタにとって大事な物だという何よりの証拠に思えた。
    自分たちが忘れてしまっても、彼女は覚えている。
    もし仮に反対の立場だとしたら、何気ない会話をしても、自分だけが知っていることがあって、だけれど伝えられない。
    取り残されて、いつもどこかで寂しさを感じるんだろう。
    「記憶を消すことで、お前に傷ついてほしくないんだ。俺が探さなければこうはならなかった」
    「グエル先輩は心配してくれただけで…何も悪くありません…」
    「それでも俺の行動が招いたことだから…俺が何とかしたいんだ」
    そうさせない方法があるのなら、選ばない理由なんてない。
    「…先輩…」
    どうしてそこまでしてくれるんですか、と口にしかけてスレッタは飲み込んだ。
    探るような言葉は今はふさわしくない。
    まるで自分の大切なものの様に守ってくれようとしている、それだけで充分だから。
    「ありがとう、ございます…」




    「今からグエル先輩には使い魔になってもらいます」
    使い魔…?といまいちピンときていないグエルにスレッタは説明を続ける。
    「例えばカラスとか猫とか…魔法使いって動物と一緒にいるイメージがありませんか?それに近い物です」
    昔はやった魔法使いの映画に確か白いフクロウがいたなと思い浮かべる。
    具体的な役割は思い当たらないが。
    「契約をすれば、魔法使いの魂の一部を繋ぐことになり、人間と判断されなくなります。禁句の魔法もかかるのでついうっかり話してしまうこともなくなります。ただし、魔法使いを襲う者にあなたも狙われることになって…」
    「問題ない」
    あります、とも返せずじっとりとした目で見返すが、グエルの表情は変わらず。
    「条件もあって…契約できるかどうかはやってみないと分かりません。できなかった時は決まり通り…記憶を消します」
    「……あぁ」
    不本意だがそれしか方法がない。
    同意を確認するとスレッタは光に包まれ再び魔法使いの衣装を纏った。
    「じゃあ、しゃがんで目を瞑ってください」
    言われた通り片膝をつくように身をかがめた。
    スレッタはそのグエルの前に立膝をついて向き合い手を伸ばす。
    そっとグエルの左頬に触れ、右膝に置かれた右手に重ねた。
    何をされているのか分からず、ただただ好きな相手に触れられ、グエルの鼓動が速度を増す。
    そんな気も知らずスレッタは一つずつ契約の手順を踏んでゆく。
    触れた部分から魔力を流し契約の宣誓、最後に使い魔になる者への祝福のまじないを落とすのが決まりだ。
    つまり端的にいうと額にキスをすることになる。
    「……」
    そのまじないの前にスレッタは止まってしまった。
    恥ずかしいとかそういう理由ではなく、これが失敗に終わってしまったら…と良くない考えがよぎってしまう。
    条件に自信がないのだ。
    「(だって、そうじゃないって言ってたし…もう一つの方は)」
    「スレッタ」
    初めて名前だけで呼ばれ目を丸くする。
    見えなくともスレッタが躊躇しているようにグエルは思えた。
    「大丈夫だ」
    声をかけることしか出来ない、何の根拠もない。
    だけどスレッタの背中を押すには充分だった。
    そっとまじないを落とす。
    するとグエルが額からゆっくりと光に包まれてゆく。
    全身を覆いきると光は泡の様に弾けた。
    そこから現れたのは赤い衣を纏ったグエルの姿だった。
    「──成功です!」
    喜びの声に目を開けてみると学生服ではない真っ赤な生地が膝を覆っている。
    肩にかかっているのも学ランではなく長羽織に変わっていた。
    さらには横に控えるように何か置いてある。
    パッと見た感じ自分の身長ほどの赤い長槍だ。
    着替えた感覚はなかったものだから、グエルは少し戸惑う。
    「な、何だ、いつの間にこんな服…⁉︎」
    「それは己の魂を元にした姿です。私のこの姿も同じ様にできているんですよ」
    「己の…魂…」
    改めてスレッタの姿を確認しなるほど…と自分の長槍に視線を落とした。
    「なら、槍じゃなくて剣だと思うんだが」
    剣道部の主将が使うものが何故槍なんだ。全然合点がいかない。
    「ふふっ」
    可笑しくて笑うスレッタの目尻のあたりがほんの微かにキラキラしていた。
    彼女の笑顔を見て、グエルも柔らかく笑った。
    「大切なもの、無くさなくて良かったよ」
    「はい!ありがとうございます」
    「お互い様だ」
    「お互い?」
    スレッタにとってはアスティカシア学園にきてからの思い出をなくしたくなかった。
    グエルにとっては彼女が悲しむのはもちろん、スレッタに出会えたことを忘れたくはなかった。
    無事回避することができ、安心してつい零してしまい、慌てて何でもないと、話題を別のものにすり替える。
    「所で、契約の条件って何だったんだ?」
    「え?」
    説明された後、そのまますぐに契約の儀式に移ったので聞けずにいた条件。
    成功したということはそれに当てはまったわけで。
    「(当て…はまったって…)」
    改めて条件を思い返してみる。

    『使い魔の契約の条件:対象が魔法使いに忠誠を誓っている、或いは心を奪われているもの』

    スレッタの認識ではグエルは先輩で友人であり、対等な間柄。
    先輩後輩ではあるが突然忠誠なんて生まれる関係ではない、と言うかそれでいくと逆だ。
    そうなると残る後者に当てはまったということになる。
    魔法で奪う場合もあるがそんなことはしていないししたくない。
    心を奪われている…つまり好き。
    蘇るのは二度目の剣道の試合。
    『俺と、付き合ってくれ』
    まさかそんな、好きじゃないって言ったのに!
    思い当たる節に辿り着き、スレッタの顔は見る見る髪と同じ色に染まる、変な汗が出る。
    「スレッタ…?」
    「ぜ!全然分かりません!というか知りません‼︎」
    「?」

    グエルがこの条件を知るのはもう少しだけ先のことになる…。




    *************




    あとがき
    拙い文ですが最後まで読んでいただきありがとうございました。
    ほぼ3話です…どの世界においてもやはり外せず…3話です。
    魔法使いらしい(?)活躍も書けなかったのですが、契約した2人はこれから鏡の世界で共闘を繰り広げていることでしょう…。
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