メイドパロなグエスレ①ジェターク財閥私有地、ジェターク家屋敷玄関。
「今日から貴方様の傍に置かせていただくメイドです。」
そう言って、教育係が小さな背中を押す。
大きな大人の手に促され、足元で隠れるように立っていた少女が、おずおずと前に出される。
「何なりと申し付けてやってくださいね……ほら、スレッタ。挨拶をしなさい。」
ポンポン、と背中を優しく叩かれて、スレッタと呼ばれた少女は深々と頭を下げる。
「……スレッタ、マーキュリー、です……ふ、ふつつ、か、もの、ですが、よ、よろしく、おねが、します」
たどたどしく、噛み噛みで挨拶をする少女、スレッタ。
燃えるような深紅の髪を束ねて、小麦色の肌をした手を痛いくらいに握りしめ、カタカタと身体を震わせて、目の前に立つ少年……今から彼女の主人になるグエルに何度も頭を下げる。
グエルの父親、ジェターク財閥現当主の意向で宛てがわれた、専属メイド兼ボディーガード。
これから身辺の警護をするにあたって、同じ年頃の方が打ち解けて話しやすく、任務遂行もしやすくなるだろうと、厳しい訓練で選ばれたのがこのスレッタ。
だが、翡翠の瞳をくらくらと不安そうに揺らし、今にも逃げ出しそうな顔をする彼女は、ボディーガードという割にはあまりにも情けなく見えて、教育係はこら、と声を上げる。
「もっと胸を張りなさい。これからお前は、グエル様お付の専属メイドになるのだから、今からしっかりしないでどうする」
そうやって叱られて、厳しい目で睨まれて、スレッタはびくっ、と怯えたように身体を縮こませ、すみません、と何度も謝る。
そんな様子をポカン、と見ていた少年グエルに、教育係は深々と頭を下げて謝罪した。
「申し訳ございません、グエル様。スレッタは孤児院から拾ってきた孤児でして……戦闘訓練等の教育は充分に施したのですが、如何せん引っ込み思案な性格で……」
ほとほと呆れたような顔でスレッタを見る教育係は、どうしたものかと思案する。
「もし、使い物にならないとご判断された場合は、すぐに新しいメイドと交換を……グエル様?」
そんな教育係の言葉を無視して、グエルは無言で足を動かし始める。
ずんずんと幼いながらもしっかりとした足取りで、スレッタの元へと歩いていく。
「……え、えっ、えぇっ!?」
突然の主人の行動に目を見開き、情けない声を上げるスレッタは、本能的に小さな両手を前に構え、守りの姿勢を取ってしまう。
別に怖いことなんて何も無いはずなのに、スレッタの瞳はぎゅっ、と固く閉ざされ、グエルを避けるような動きをする。
だけどグエルは気にする様子もなく足を進めて、ついに鼻先ギリギリまで近付いた。
「スレッタ」
ただ一言、彼女の名前を呼ぶ。
まだ幼いその声で、グエルは確かに彼女を呼んだ。
「スレッタ・マーキュリー」
二度目は、なぞるように。
彼女の存在を確認するかのように、強い声音で名前を口にする。
「…………は、はい」
名前を2回も呼ばれたスレッタは、恐る恐る目を開く。
ゆっくりと顔に翳した両手を下げて、眼前のグエルの顔を覗き見る。
初めてお互いの瞳がかちりと合って、真剣そうな蒼い目にスレッタが映る。
空のような青色に思わず綺麗だなんて考えて、自然とスレッタの身体から緊張が抜けていくその瞬間、グエルはゆっくりとスレッタの肩に手を置いて、その小さな身体を優しく抱き締めた。
「……へ?」
本当にいきなりの行動に、今度はスレッタの方がぽかんとなってしまう。
出会って数分しか経たない相手との抱擁に、思考が完全に停止してしまう。
だけどそんな彼女のことなど気にせずに、グエルはまるで落ち着かせるようにぽんぽんと背中を摩る。
「…………」
グエルの温かな体温と、その手の感触に、スレッタの怯えた心が落ち着いていく。
嫌な気なんて全然なくて、スレッタは不思議な感覚に小さく首を傾げた。
「……!あ、その、ごめんっ!」
数秒間抱きしめ合っていたグエルとスレッタであったが、我に返ったように謝罪の言葉を口にして、慌ててグエルが身体を離す。
「え、あ……い、いえ……」
主人からの言葉にスレッタも慌てて口を開いて、頬をぽっと染めながらグエルを見上げる。
グエルからの抱擁のおかげか、いつの間にか身体の震えは止まっていて、強ばっていた口元の筋肉が緩くなった。
「……ありがとう、ございます。おやさしい、の、ですね、グエルさま」
自然と口に出た感謝の言葉と共に、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。
固く閉ざされた蕾が開くように、スレッタはグエルに微笑みを向ける。
「……っ!」
初めて見た彼女の笑顔。
初めてグエルにだけ贈られた、彼女からの言葉。
その全てが嬉しくて、グエルは思わず息を詰まらせる。
「……ぐえる、さま?」
そうしてしばらく固まっているものだから、不思議そうに名前を呼ぶスレッタに、慌てて口を開くグエル。
「……っ、別に。弟が泣いた時してることを、そのままやっただけだ。」
自然と赤くなる頬をポリポリとかいて、恥ずかしそうに視線を逸らすグエルに、スレッタはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……そう、なんですか?でも……ひゃっ!?」
また何かを言おうとしているスレッタの手を取って、グエルは教育係に顔を向ける。
幼いながらも力強い眼差しを向けて、グエルは吠えるように言葉をぶつけた。
「……今日からスレッタは、俺たちジェタークの家族だ。」
優しく、それでいて力強く、グエルはスレッタの手を握り締める。
家族、という言葉に、グエルの手の中でスレッタの手がぴくり、と動いて、スレッタの口から息が漏れた。
「だから、変えることはしない。勝手に変えることも許さない。」
分かったか、とグエルに睨まれ、様子見をしていた教育係はふむ、と一瞬だけ顎に手を置く。
「……グエル様がよろしいならば。」
そしてニコリとグエルに笑いかけ、ギロリとスレッタに目を向ける。
しっかりやりなさい、とでも言われているような視線に再び縮み込むスレッタ。
「スレッタ」
しかしそんな彼女の視線を、グエルは再び自分に戻させる。
突然名前を呼ばれてグエルに視線を戻したスレッタに、グエルはにかっ、とした笑顔を向けた。
まるで太陽のように眩しい笑顔。
穢れを知らない、屈託のない笑顔。
キラキラと輝いて、スレッタの陰った心を照らし温める。
「よろしくな、スレッタ。」
ぎゅっ、と改めて手を握られ、スレッタは少しの間硬直する。
「……!」
そうして、グエルに迎え入れられたことを頭が理解し、表情がどんどん変わっていく。
不安そうに揺れる彼女はもうそこには居らず、太陽に照らされた花のように輝く少女がそこにいた。
「っ、はい!」
これが、グエル・ジェタークとスレッタ・マーキュリーの出会い。
そして、グエルが初めて恋に堕ちた日の話である。
(続く)