メイドパロなグエスレ②数年後。
ジェターク財閥私有地、ジェターク家屋敷グエルの私室。
「……え……グエ……さ……グエル……ま」
ゆさりゆさりと身体を揺すられて、どこか遠くで名前を呼ばれて、グエル・ジェタークはその大きな身体を少しだけ動かす。
「んー……」
自身の体温で温められたシーツの温もりを感じつつ、微睡んだ意識を徐々に起こしていく。
目に刺さるような朝日を浴びて重い瞼を開いていけば、ぼやける世界にただ1人、自分の名前を呼び続ける人物がそこにいた。
「グエル……さま……グエル様!いい加減起きてください!!」
スレッタ・マーキュリー、グエル専属のメイド。
幼い頃から共にいた、グエルの家族。
そんな彼女が、慌てた顔でグエルの身体を必死に揺らしていた。
「早く起きないと、朝ごはんが冷めてしまいますよ!グエル様!」
ぐいー、と掛け布団を引っ張り、無理矢理にでも起こそうとするスレッタ。
「……朝飯は、いらん……それよりあと5分……」
そう言って掛け布団を引っ張り戻し、再び夢の中に戻ろうとするグエル。
「だめ、です!今日は私もお手伝いして作ったんですから、食べて感想聞かせて欲しいんです!」
綱引きをするようにぐいぐいぐいーと両端から引っ張られ、掛け布団が細く伸びて悲鳴を上げる。
「……また塩と砂糖間違えて入れてないだろうな?」
「んな!?い、入れてません!!!今回はちゃんと、料理長さんに見て貰いながら作ったんですから……!だ、だから安心して起きてくださいはーやーくー!」
そんな口論を続けること数秒。
「きゃっ!?」
グエルが少しだけ力を入れて掛け布団を引っ張った。
その力が思いの外強く、力負けしたスレッタの身体が、その力に飲まれて前へと倒れてしまう。
「あわわわわ」
何とかバランスを整えようとしても無駄で、そのまま重力に従って……グエルの上へと倒れてしまったのだった。
「んぼぐっ!?」
突然グエルの顔面にスレッタの身体が倒れてきて、聞いたことがないような悲鳴を上げる。
突然のことに眠気なんて一気に覚めてしまったグエルは、息苦しさにバタバタと四肢を動かして足掻いた。
「んんーーーっ!んんんーー!!」
顔に柔らかな何かが押し当てられていて、声を出しても言葉にならない。
一体なんなんだ、と、すぐさま顔を覆っている何かに手を伸ばすグエル。
とりあえず息をしたいと無遠慮に手を伸ばし、むにゅん、という柔らかな感触に、すぐさま思考が停止した。
何だこの柔らかいの。
頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
まるでマシュマロのような、それでいて弾力があるその気持ちがいい感触に、しばらく手を動かし続けて堪能する。
「っ、ん……やっ……ぁ……っ……グエル、さま……」
すると、柔らかな何かがふるふると震え始め、どこかでスレッタの色っぽい声が耳に入ってくる。
その声にまさか、と思ったグエルは、がばりと慌てて身体を起こした。
「わっ!?」
突然グエルが起き上がったことで、驚いた声を上げるスレッタ。
慌ててしがみつくように首の後ろに手を回し、膝の上に乗るような形でスレッタが座り込む。
すると、グエルの眼前にはスレッタの大きく育った胸が揺れ動き、その片割れをグエルの手が鷲掴んでいた。
「…………………………………………………………。」
寝起きの頭のせいか、状況が全く何と飲み込めないグエル。
頭が真っ白になりながらも、もむもむと手だけは本能的に動かしてしまう。
そんな様子のグエルに、スレッタは変な声を上げながらも、羞恥で顔を赤くしてグエルを睨んだのだった。
「ぐ、グエル様のえっちー!!!!!!!」
そんな叫びと共に、すぱこーんとグエルの頬に強烈な一打が入る。
戦闘訓練を受けたスレッタの一撃は並の女性よりも鋭くて、グエルは一瞬だけ意識を手放した。
「………………悪かったから、機嫌を治してくれないか。」
つーん、とそっぽを向くスレッタに、グエルは申し訳なさそうに声をかける。
その頬には、なんと綺麗な手形が真っ赤な痕になって残り、どれだけ強烈な一撃だったかを物語っていた。
「……なら、早くベッドから降りて下さい。本当にいい加減仕度しないと、学校、遅れちゃいますよ」
そう言って、グエルに手を伸ばすスレッタ。
まだ少しだけ機嫌は悪そうに見えるが、もう気にしてはいないと笑いかけていた。
「……ああ。」
そんなスレッタの顔を見て、差し出された手を取ってベッドから立ち上がるグエル。
大きなあくびをひとつ零して、まだ眠そうな目をしながらも、スレッタを改めて見つめる。
「……おはよう、スレッタ」
一日の始まりからスレッタに会えたことに感謝しつつ、グエルは決まったように挨拶を口にする。
握られた手をスリスリと親指の腹で撫でて小さく笑いかければ、スレッタもその笑顔に答えるように口を開いた。
「はい。おはようございます、グエル様。」
「……なぁ、スレッタ。」
着替えを済ませたグエルは、後ろで自身の髪を梳かすスレッタに声をかける。
「?はい、何でしょうか」
高級ブラシを手に、グエルの髪を丁寧に梳かしていたスレッタは、名前を呼ばれ手を止める。
椅子に座っているグエルを覗き込むように見れば、グエルからは少しだけトゲトゲしい視線が返ってきた。
「2人きりの時は『様』付けは要らないっていつも言ってるが、いつになったら覚えてくれるんだ?」
「………………。」
グエルからの言葉に、スレッタはぴくり、と小さく肩を動かす。
しばらくの無言の後、スレッタは再び手を動かし始めた。
「…………グエル様。貴方は私のご主人様です。そんな方を気軽に呼ぶことなんて私には許されておりません。」
感情のこもっていない機械のような言葉に、グエルはじとっとした目を向ける。
「さっき思いっきりビンタしていたがあれは」
「あれはグエル様が悪いからです。それとこれとは別なのです。」
「……お前なぁ」
呆れたような声を出すものの、真実なのでそれ以上何も言えないグエル。
そんな彼に、スレッタは寂しそうな微笑みを向けた。
「……それに、もし他の方にでも聞かれたりしたら、誤解、されてしまいます。」
「……誤解?」
ええ、と頷いて、スレッタは続けた。
「………家の方々が最近仰られていました。近々、グエル様の婚約者を決めると。」
「……。」
「そんな時に、私のような者と親しい仲だと誤解されてしまったら……ジェタークの家……グエル様やご当主様に迷惑が掛かってしまうでしょう?……ですから、ね?」
するり、するり、と手を動かしていくスレッタに、グエルはしばらく無言を貫いていた。
だけど、その内では複雑な感情が渦巻いていて、グエルの手に力が籠る。
自然と顔も険しいものとなり、どうしても納得がいかないと眉間に皺を寄せる。
そうしてグエルの心の内に閉じ込めていた感情が漏れ出るように、口が開いてしまった。
「……誤解されても、構わないのにな」
ボソリと呟かれた言葉。
誰に届けるわけでもない、グエルが漏らした本音。
その声音はあまりにも小さ過ぎて、後ろにいたスレッタは首を傾げた。
「……?グエル様、今何か……」
言いましたか、とグエルに問いかけようとしたスレッタ。
だがその前にグエルが立ち上がってしまう。
「……何でもない。」
平静を装って、背中越しに返事をする。
そして、この話はこれで終わりだ、とでも言うように、そのまま部屋の出入口へと歩くグエルに、スレッタはどちらへ?と慌てて声をかけた。
「……朝飯、自信作なんだろ?」
顔だけスレッタへと向けて尋ねれば、スレッタは少しの間だけぽかん、とした顔をして、徐々に顔を明るくしていく。
「はい!」
先程の寂しげな顔が嘘みたいに晴れやかになり、スレッタはパタパタとグエルの背中を追いかける。
グエルの隣で、今日の朝食のメニューを嬉々として話すスレッタ。
そんな彼女の様子を横目で見つつ、いつか彼女の口からグエルと呼んでくれる日が来ることを心から願い、食堂へと足を運ぶのだった。
(続く)