ババ抜きある日の昼下がり。
透明のガラスのポットに薔薇の花が舞う。辺りに薔薇の自然な香りが漂う。ふむ、我ながらいい物を選んだな、と自画自賛しても怒られないだろう。それほど美しいのだから。
マララは趣味である紅茶を淹れ、一人インスタントのロイヤルミルクティーを飲んでいた。淹れた紅茶は後に来るであろう2人に振る舞う予定である。予定は未定という言葉もあるが確実に来るだろう。
「ピピ〜」
ほら来た、と。笛を控えめに鳴らし部屋に入ってきたのは、ルテテ中尉だ。別に喋れない訳では無いが、何故か彼は笛で意思疎通を図ろうとする。
「いらっしゃい。ちょうど紅茶を淹れたんです。飲んでいってくださいな。…あ、今日のはミルク少なめで飲んでください。香りがとてもいいので」
「ピッ」
歳も近いことから、よくこうやって部屋に訪問してくる仲間の1人をもてなそうと席を立つ。淹れて少しだけ時間のたった紅茶を、温めたカップに注ぐ。そして特注のミルクをトトト、と入れ、ゆっくりとマドラーでかき混ぜた。
今日の紅茶はローズティ。先程も言ったが、ポットの中で舞う薔薇の花が美しい。薔薇の香りが鼻腔をくすぐる。
「はい、どうぞ。今日はローズティです。香りと味を楽しんで飲んでくださいね」
「ピッ、ありがとう、頂くよ」
…様になるな、と思いながらインスタントのロイヤルミルクティーを啜る。ちゃんと喋れば普通にモテるだろうに、なんて。
「マララさーん!!」
しばらく静かに香りを楽しんでいると、この場には似つかない元気な声が部屋に響いた。
「こんにちは、サメメ大尉」
「こんにちは!!ルテテさんもいるね!面白いもの見つけたからみんなでやろ!」
そう言って机に置いたのはトランプ。いったいどこで手に入れたのやら。
「それで、何をやるんです?サメメ大尉」
「えっとねー…ババ抜き!」
笛を吹かないルテテが問うと、元気に答えるサメメ。
なるほどババ抜き…ポーカーフェイスの得意な自分は強いだろう。ルテテ中尉は…なんだか弱そうだ。
では、とルテテがトランプをきり配り始める。その間にマララは、サメメへの紅茶を淹れる。
「サメメくんはお砂糖と、今回はミルク少なめに入れておきますね。今日のは香りがいいんですよ」
「うん!ありがと!!楽しみだなァ…!」
少しぬるくなった紅茶をカップに注ぐ。彼は熱いものが飲めないからこのくらいがちょうどいいだろう。砂糖をサラサラと流し込む。もちろん特注である。まぁ他にお金をかけるところもないからいいだろう。ミルクも少し入れてマドラーで混ぜる。甘い薔薇の香りが漂った。
「ピ〜〜」
いつの間にか笛をくわえたルテテが笛を鳴らす。配り終わったらしい。
さて、JOKERを持っているのは…。私ですか。
こうして始まったババ抜き。最初からマララが持っていた。そしてあれよあれよとルテテが一番で抜けてしまった。なぜ。そしてもうひとつ、マララの所からJOKERは一度も動いていない。
ついにマララとサメメの一騎打ちである。サメメは残り1枚、マララはJOKERともう1枚、計2枚である。先にJOKERでは無い方のカードを取った方の勝利である。ぬるかった紅茶ももうほとんど熱を持たない。
「ピ〜〜〜〜」
どこからか取り出した白い旗を胸の前に突き出しながら笛を鳴らすルテテ。自分の番だと緊張するサメメ。ポーカーフェイスをするマララ。
「ピ〜〜〜?」
「うるさいですよ」
「うるさい…?!」と小声で呟かれた。知りません。
しくしくと泣きながらまた「ピィ〜〜〜…」と下がっていくルテテ。いやだからうるさいですって。
そうしている間も、サメメは右のカード、左のカードをマララの顔を伺いながら触る。全くもって顔が変わらないマララ。ええい、こっちだ!と左のカードを引き抜いた。相変わらずマララの顔は変わらない。
「んん〜〜〜〜…」
「ピッ…」
サメメはギュッと瞑っていた目を恐る恐る開く。すると顔がみるみるうちに晴れていった。
「やったぁ〜〜!!!」
「ピッ」
ルテテが旗をサメメの方にあげる。結局一度もJOKERはマララの位置から動くことなくババ抜きは終わった。
「この世界に神は存在しない…」
そう言い残し、がっくりと机に項垂れるマララ。勝利の余韻に浸るサメメとルテテ。悔しい。
「……もう一戦お願いします」
せめて自分のところからJOKERを動かさなければ気が済まない。本日の仕事は3人ともほとんど終わっている。
「うん、やる!!」
「ピッ」
この後3戦したが、マララのところに来たJOKERは一度も動かなかったのはまた別の話。