ヒヨコではない 重い音を鳴らして玄関の扉がしまった瞬間、温客行の顔から笑みが消えた。
現代にあっても類稀な美貌は、喜色を失うと周囲の温度がぐっと下がるような冷たさを纏う。
リビングに戻ると、テレビの真向かいに置かれた猫ベッドの前でしゃがみ込んだ。
「起きて! 白米!」
ベットで丸くなっていた白猫はにゃむにゃむと迷惑そうな声を上げた。大きな手でふわふわとゆすられて、金色の瞳をかっ! と見開いた。
にゃうな!
眠いの! ぴしゃりと同居人の暴挙を叱る。
「寝てる場合じゃないの! 阿絮が嘘をついて出かけたんだよ!?」
フンマンヤルカタナイ白猫は、二人いる同居人の白い方を叱ってもらおうと、黒い方の姿をきょろりと探した。
周囲は静かで、本当に居ないらしい、と理解した。
理解したが、だからなんなんだ、というように寝転んだままころりと体勢を変えて同居人に背中を向けた。
「おとといはコンビニに出かけたでしょ? 昨日も、この時間に本屋に行くって。そして今日もだよ!? 外走ってくるって、嘘だよ、絶対!」
あーもーうるさいなぁ。
白猫は長い尾でぴしりぴしりと男の脛を打ちそんなアピールをする。するが、白い方の男は気づかぬ様子でぶつぶつと繰り言をのたまう。
「嘘なんてついてさ、なにかやましいことでもあるのかな。信じられる!? 私たち、ずっと一緒に生きてきたんだよ!? もうなん百年も一緒に、二人で生きてきたのに、なんで嘘つかれたり隠し事されるの!? 私は阿絮に隠し事なんて」
そこでふつりと言葉が途切れたので、思わず白猫は顔を上げた。
同居人は明らかに隠し事の一つや二つや三つや四つ、ありそうな顔をしていた。
ふん、と鼻を鳴らして白米はまた眠りの世界に行こうと目を閉じた。
ゆさゆさとゆすられて思い切り男を睨んだ。
「見に行こうよ、白米」
みゃにゃ。
「やだ、とか言わないで。付き合ってよ」
まうにゃうなうな。
「一人で行きたくないの! 怖いでしょ! 何かあったら白米は私の味方をしてよ! 悪いのは阿絮なんだよ? 隠し事のために嘘ついてるんだから」
ねーねー。
もそもそと揺らす手に噛みついてやろうかと、白猫は牙を光らせた。
「大きいペンギンのぬいぐるみ買ってあげるから」
……みゃういん?
同居猫に温客行はうなずいてみせた。
「この子より大きいやつ」
白猫が大切そうに抱える小さなペンギンのぬいぐるみを温客行は人差し指でつつく。周子舒が買ってきた白猫の宝物だ。
白米はペンギンに夢中だった。
夕暮れが迫る路地をとぼとぼと温客行は歩いていた。
一人で。ぶつぶつ言いながら。
「ひどいよ、白米」
結局、同居猫には同道を拒まれた。
曰く、眠い。
一人で行って。
時がくれば味方はする。
ペンギンはもらう。
「ひどいと思う……阿絮に似ちゃったよ。もしくは名付け人」
不満はおさまらないが足取りは迷いがない。
六合心法を成してから、師兄の気配など探すまでもなく手に取るようにわかるのだ。
なんでコソコソするのかなぁ。
少し大きめな、でもちょうど良い大きさの唇が尖っていく。
阿絮がコソコソするのは……捨て犬とか猫をどこかに匿っている時とか……それ以外だと最悪に最悪な出来事しか浮かばない。
誰にも言わずに七竅三秋釘を抜いたりね。
うっかり思い出して温客行はどす黒い後悔と痛みとやるせなさに襲われる。
たとえ何百年経てさえも。
唯一と思う人を失うかもしれない出来事はいつも、打ち込み損なったまま飛び出した釘みたいにそこにある。
あれは人生最悪の出来事……まさか、あれ以上はない、な。
ふふふ、とひとりで冗談めかして笑ってみるが、ふるりと体は震えて唇が引き攣った。
いかん、明るいことを考えよう……明るい……内緒事で明るいこと? サプライズ?
んー、と今度は唇を軽く窄める。
サプライズをする行事は思いつかない。と、いうより、阿絮は行事ごとにうとい。ちゃんと日にちを追っている冠婚葬祭なんて春節、中秋節、端午節と命日くらいだな。
ふふふ、と笑ってみるが楽しくない。
あの人はそもそも明るく生きようという心意気にかけるし。平凡であれば吉とする人だものな……酒と猫がいれば幸せ……いやいや! 私と! 酒と猫!
自分を納得させるようにうんうんと強く頷けば、傾きかけた陽の黄色い光に照らされた髪がきらりと光る。
今度、阿絮にサプライズ仕掛けてみようかな。何がいいかなぁ。生活にはハリとか潤いが必要だもんね。
あ、阿絮もそんなんでサプライズとか考えてたりして。そんなことがあってもいいかもね。もしサプライズだったら見て見ぬふりしよう。白米にも口止めしなきゃだなぁ。
サプライズ。サプライズ。
自分に言い聞かせながら角を曲がる。
曲がった先には橋がある。橋の向こうは学校や若者が好むカフェや店があって活気に溢れた地域だ。人混みの苦手な周子舒が近寄りたがらない場所だ。
なのに気配はそちらに向かう。
そちらに、というか。
「……サプラーイズ」
低い声で温客行は呟いた。
橋の歩道に立ち止まり、周子舒が川を見ている。
その隣に、若い女性の姿が見えた。
本当に若い。学校の校服である、運動着のような上下を着ている。下が青色で上が白。そして、髪が長いプラチナブランドだ。
こんなサプライズはいらないんだ。
温客行は大股で歩き出した。
「阿絮!!」
ぽかん、とこちらを振り返った周子舒が同居人の瞳孔の開いたうすら笑いをみとめてあわあわと唇を震わせた。
「ら、老温!? なん、なんで!」
「隠し事なんてひどいじゃないか。私にそちらのお嬢さんをご紹介いただけないのかな?」
努めて紳士然として振る舞う温客行に周子舒は寒気を覚える。
こわ。
「どこで知り合ったの? どなた? どんなご関係? 今日も待ち合わせ?」
畳み掛ける質問攻めに目を白黒させている周子舒の隣で、へーー、と感心したような場違いに呑気な声が上がる。
「さては噂のちきぴ? あしゅぴのちきぴは結構、めんどいかんじ?」
「あしゅぴのちくび?」
しっかりとした眉をぐにゃりと歪ませた温客行は白い髪をかきあげて校服の少女を見た。
そしてそのまま瞬きも忘れて固まった。
年若い、まさに少女だ。
意志の強そうな大きな目やきりりと結んだ唇など、顔の造作は誠に美しい。それでいて年相応につややかな肌など、眩しいほどだ。
温客行は彼女を知っていた。
「乳首じゃねーし。あしゅぴの乳首事情なんてあーしに関係ないし」
けらけらと大口を開けて笑う仕草は幼くて愛らしい。学生らしく化粧気はなく、全くの素顔だ。
温客行が知っているその人とは違う。
かつての彼女は年上で、いつも美しく化粧を施していた。真っ赤な衣と同じく、それは彼女の戦装束の一つであるかのように。
だが、温客行は彼女を知っている。
「る、るお……っっ!?」
羅叔母上。
叫びそうなのを必死で温客行は堪えたし、周子舒は飛びつくようにしてその大きめの唇を塞いだ。
「あしゅぴもちきぴもアダルティなのに落ち着きないねー」
言われていることの半分はわからないが、わからないまま温客行は彼女を凝視していた。
それから、そろそろとちきぴ、知己と目を合わせた。
察しろ。
目で言われた。
察した。
目で答えてついでに「ごめんなさい申し訳ありません本当に反省していますすみません」といろいろを顔に描いたら、じっとりとした目で半眼しながら、ふん、と鼻を鳴らされた。
「よくわかったな。これがちきぴ、だ。名前は」
「……温……温客行、です」
「しんぽよねー。よろー。名前二回言うのやばいね。マンガの美形の悪役じゃん」
「……しん、ぽよ? 私のこと? ぽよ? ぽよってなに」
「老温、深く考えるな。これは……ばいぶすだ」
「なんて?」
「ばいぶすだ、っぴ」
街中であるにもかかわらず、そこは川のせせらぎだけが空気に満ちている。
川から吹き上がってきた風が心地よく温客行の長めの髪を揺らした。
心地が良い割に、なにかわけがわからなすぎて、振り払うようにふるふると温客行は頭を振った。
「ぴ? 何がどうしてどうなっちゃったの、阿絮」
「ギャルはぴをつける、んだよな、っぴ? るおぴ」
「んーだいたいあってるよーあしゅぴ」
本当に?
温客行がかつての鬼女に違いない女性にそろりと視線を向ければ、ぱちん、と長いまつ毛の下の目がウインクされた。
まぁ、いいんじゃね?
短い動作に朗らかな大雑把が表されていて白髪の男は諦めと共に感心した。
じっと年若い彼女を見やる。
今まで長く生きてきたがゆえに、かつての知り合いに再び見えることが幾度となくあった。神仙となった彼らとは違い、他の者は皆転生していた。
温客行という人間の生い立ちを鑑みれば当然なのか、敵と呼ぶに相応しい相手にばかり再会する。
羅浮夢と出会ったのはあれ以来。
喜びに満ちた妹の婚儀。その後の悪夢の終焉以来、初めてのことだった。
嬉しいと思う。心から。
寄り添うように隣に立った男をそっと伺えば、彼はまた、天福でも受けたかのように喜色を満面にして見せる。
自分のことじゃないのに。
温客行はなんだか可笑しい。
おかしくて、涙が出そうになる。
「しんぽよの髪、まじ真っ白じゃん。つーか、さらツヤすぎね? なに使ってんの?」
本当に同じ言語を使っているのかと思うほど言葉がわからない。しかし察するところ、周子舒は同居人の話を彼女にしていたらしいということはわかる。
「君の、髪も綺麗だね」
「そ? 派手だと思わない?」
「綺麗だし似合ってるもの、別にいいんじゃない?」
少女はニンマリと笑った。さらりと月のような色の髪が揺れる。
「あしゅぴもさー、綺麗な髪だって言ったよね。ふつーの人は染めてるんだろうとか、最初から嫌な顔する人もいんのにね」
「染めてるの?」
「ちがうよ。生まれつき」
「そっか……そんな嫌なやつは殴っていいよ。私が許す」
「老温」
呆れる顔の周子舒とは違い、少女は心から楽しそうに鈴のような軽やかな声を上げる。
「二人とも変人じゃん。いいね」
「いいのか?」
「いいじゃん。あ、そういえばさーあしゅぴの言う通りかもねー。しんぽよのほうがそっち方面、詳しそう」
きょとりと温客行は首を傾げた。
「そっち方面?」
「んー、色恋かんけい?」
「……いろいろ言いたいことがあるけど、恋愛ね? なに? 悩んでいるの?」
「悩んでない」
「は? どういうこと?」
少女は橋の欄干に背中をつけてだらりともたれた。うっすらと赤みのにじむ空を見上げる。
「あーし、恋愛とか? きょーみなくてさー。友とかは彼氏いんだけどね。きょーみ無さすぎてどっかおかしいのかなレベルなんだよね」
「まぁ、別に興味ないならないでいいんじゃ……」
そこまで言ってからはたと温客行は口を閉じた。
そうだ。相手は喜喪鬼、羅浮夢じゃないか。
彼女が鬼谷に落ちるはめになったのは、いわゆる恋愛絡みの裏切りのためじゃないか。
うーむ、と深く唸って腕組みをした。
「……無理をする必要はない。でも免疫っていうものは大事だと思う。君なら告白されるでしょ? その中でちょっと興味が待てそうな人がいたら軽くお付き合いしてみてもいいんじゃない?」
一人の男の裏切りにより、鬼になるほどに追い詰められることのないように。
彼女にはその素質がある。
なにせ喜喪鬼だ。
ははは、と大きく口を開けて、少女はどこか嬉しそうだ。
「やっぱり変わってるよ。みんな無理に作る必要はない、は言うけど、軽く付き合ってみろは言わないし。ま、いいかもね。めんえき? 覚えておく」
「そうして」
今生は鬼になって不誠実な男どもを狩ることのないように。
穏やかに生きて欲しいと温客行は切に願う。
「……叔母上と大多数を守るための尊い生贄だ。数人、犠牲者が出てもいいでしょ」
やはりこいつは谷主だなぁ。
周子舒は知己の呟きを聞きながら呑気に思う。
「変なやつに騙されたり付き纏われたら私に言って。退治するから」
「まじで。たすかる」
「助かるのか、っぴ」
くふ、と少女と師弟が同時に吹き出すのを周子舒は目を細めて眺めた。
「ま、あーしさぁ、恋愛にきょーみないわりに、浮気とか絶対許せないんだよねー。友からそういう話聞くと、なんかこう、じわじわと苦しめて生き地獄でも味わわせてやりたい? なんかそんな気分になるね」
……羅叔母上だ。
……喜喪鬼だ。
間違いない、と改めて神仙二人は目を合わせてしみじみと頷きあった。
「そういうのも、私に連絡して。どうにかしてあげるから」
「まじでー。しんぽよ営業範囲はんぱないじゃん」
「営業範囲、っぴ?」
「私の電話番号教えておく」
「交換しようよ」
「だめだよ。女の子が見ず知らずの人間に、そんなの簡単に教えちゃ」
「あんがい古い人間なんだねーしんぽよ」
「古いよ!」
「古い、っぴ」
こらっ!!
どうやら自分たちに向けられているらしい叱責に神仙は二人、きょろきょろと辺りを見回した。
「あ。あれ校長じゃん」
「校長?」
橋の入り口辺りからせかせかと早足で背広姿の男が近づいてくる。
近づいてくれば、細身でありながらやけに身長の高い男だと知れる。険しく不信感の滲んだ顔は、唇の色が些か暗い。
「君はうちの生徒だね。あなた方は父兄ですか!?」
「あーしの友だちー」
「友だち!? なんだね、君たちは! いたいけな女子高生に声をかけたのか!? いけませんよ! 見るからに怪しげな男達じゃないか!」
生徒を守らんと声を張り上げる男に、神仙は揃ってなんだか感心した顔を向ける。
「「お前かぁ」」
「お、お前!? お前とは!? 君たちは私を知っているのかね!?」
「無常鬼じゃん」
「懐かしい、っぴ」
なにかね!? なんなんだね!? どういうわけだね!?
男達を交互に見やりながら、かつて十大悪鬼の筆頭とまで言われた男は答えを得られないで佇んでいた。
「よくわからないけどーじゃあ、またねーあしゅぴとしんぽよー」
「またね!? また会うつもりですか!? やめなさい! 変な男達と関わりを持ってはなりません! 聞いているのですか!? 待ちなさい!!」
生徒からも相手にされていない。だが無常鬼校長は去っていく少女を追ってその背中に説教をする。
丸切り無視を決め込む少女の肩は、しかし楽しそうに震えている。
「うーん、案外いい校長なのかな」
「良さそうだな」
男たちは顔を見合わせて笑った。
「ねー、阿絮。どうして羅叔母上と知り合ったの? 私に隠して」
「いや、たまたま、偶然なんだが」
コンビニに行こうと歩いていた周子舒は、何気なく橋の上から川を見下ろした。
魚、釣れるのかな。
一度魚釣りに行って以来、川を見るとそんなことを考えて魚影は見えないものかと目を凝らす。
そして気がついた。夕暮れのリバーサイド、遊歩道には散歩をする犬と飼い主が沢山いる。
いぬ……。
周子舒は動物が好きだ。欄干から身を乗り出すようにして犬たちの姿を見つめていた。
「おにーさん、飛び降りとかするかんじ?」
不思議な問いかけに振り返ると、校服を着てカバンを下げた女子高生が立っていた。
「るおっっ」
一目で彼女がかつての喜喪鬼であると気がついた。
「るお? あれ? 知ってる人だっけ?」
美しい顔に不釣り合いな雑な仕草で彼女は腕組みした。
「い、いや、あの」
今までの長い人生で転生したかつての知人に出会ったが、人々にかつての記憶は、当たり前だが無かった。
「おにーさん、名前は?」
「な、なまえ? あしゅ、いや、周絮、じゃなくて周子舒……?」
「あしゅぴねー」
「あしゅ、ぴ?」
「なんかおにーさん、ぴっぽいじゃん」
「ぴ、ぽい……」
「バイブスだよ、バイブスー」
「ばいぶす……? それなら、君、は、るお、ぴ?」
「あー、いんじゃない? それでいこう」
そういうことになった。
「……ごめん、阿絮。よくわからない」
二人で欄干から川面を眺めていた。
温客行は素直に謝った。
「オレだってよくわからん」
周子舒の遠くを眺めるような横顔をちらりと見てから、そっかぁ、と温客行は呟いた。
「その後はじゃあねー、と別れたが、別れてから、お前も羅殿に会ってみたかったんじゃないか、とか、いや、でもあの羅殿と会いたいのか会ってもいいのかなんなのか、オレもよく分からなくてな……」
知己の困惑がつぶさに伝わり、そっかぁ、と万感の思いを込めてまた、温客行は頷いた。
「昨日も会えるかな、とここに来たら会えて、そして少し会話して……でもどうしたらいいかまだわからなくて今日も会って……そうしたら、お前が出てきたなぁ!」
「本当に申し訳なく思っております……師兄の気遣いを無にしました……」
大袈裟に項垂れる髪を赤く染めた男に鼻を鳴らし、わざとらしく口を曲げて膨れる。でもそれは長続きせず、二人揃って笑い出した。
ひとしきり笑った後、温客行はじっと隣に並んだ男を眺めた。
「ん?」
「ありがとう阿絮。私は幸せ者だよ。優しい師兄がいてさ」
「師兄だからな」
顎をしゃくって威張って見せるがやがて破顔した。くしゃくしゃと少し背の高い師弟の頭を混ぜるように撫でた。
「さて、そろそろ帰るか。またるおぴには会えるだろ」
「るおぴ。不思議な響きだけど可愛く思えてきたな。そうだね、帰ろう。米ぽよのごはんの時間だ」
「米、ぽよ?」
白米は腹がたっていた。
「なんでぽよなんだよ」
「米ぽよいいじゃない」
帰ってきた同居人たちがわけのわからない言い争いをずっとしているからだ。
「白ぴだろ、どう考えても」
「なんで!? ぽよのほうが似合ってるよ!」
「ぴのほうがいいに決まっている! るおぴのぴだぞ!?」
かつかつと皿を鳴らす勢いで白猫はご飯を食べる。いつもの時間より遅いのだ。それにも腹がたっていた。勢いが良すぎて、頭のてっぺんのそこだけ黒い毛に、ドライフードに添えられた湯がいたササミの裂いたやつが飛んで張り付いていた。
「るおぴとあしゅぴ、ふたりともぴでしょ!? じゃあ白米はぽよにちょうだいよ! それが公平でしょ!?」
「そんな理論は認めないぞ、師兄は!」
「ほら! すぐそうやって師兄風ふかせるんだからさ!」
「師兄風とはなんだ、師兄風とは!」
「あ! 蹴った! 暴力だ!」
「うるさい! 暴力じゃない! しつけだ!」
「ダメな理論だ!」
白米は腹がたっていた。ご飯はいつも静かに食べるのが常なのだ。
時間は遅れるし。本当なら、この時間は食後のテレビの時間なのに。
遅れたんだからテレビを見ながらご飯を食べたい。
それなのに同居人たちは揃って「消化に悪いからダメ」と言った。
うにゃうなぅ!
うるさい! いいかげん、頭にきたので叫んだ。
同居人達はバツが悪そうに言い争いをやめた。揃ってごめんなさい、と頭を下げた。
まいにゃ! まいにゃ!
白米は白米なの! そんなことを教えなきゃならないのか。いささか情けない心持ちで男達を睨みつけた。
はい……と、二人分の小さな声が返ってきた。
みゃういん!?
ペンギンは!? 白い方を問い詰める。約束したじゃないか。寝ぼけていたが白米は覚えている。白い方はペンギンをくれると言った。
「ペンギンは……明日、かな」
「ペンギン? おまえ、オレには白米を甘やかして物を買うなと言っておきながら」
「仕方がなかったんだよ。つい……」
「おまえは本当に、自分に甘い奴だなぁ!」
「そんな言い方しなくたっていいじゃないか!」
うにゃうなぅ!
うるさいっていってるでしょ! ぱしん、ぱしん、と長い尾が床を打つ。男たちはまた、しゅん、と項垂れた。
「ごめんね、白米。約束は守るから」
「そうだそうだ。約束は守れ。よかったなー白米。ペンギンだぞ。ぺんぎんぴ……だぞ、っぴ」
項垂れていたはずの白い方が思い切りふきだした。
白猫は無性に腹がたった。心の底からむしゃくしゃしたので、また床を打った。
ぴ、ってなに!!
二人並べて白米は説教した。
【おわり】