いっしょにお風呂 マンション暮らしの神仙は二人ともお風呂が好きだ。
一般的に湯船が無いことが多い国内にあって、二人がマンションを選んだ基準は「湯船があるかどうか」であった。
二人の生活の暗黙のルールとして、その日風呂掃除をしたものが一番風呂を得る。
ついでに、入浴剤を選択する権利も。
その日、権利を得た周子舒は数日前に買ったバスボールを手にして風呂場にいた。
もちろん、全裸で。
湯加減はちょうど良い。そろそろと足先を湯につけて、ちゃぷりちゃぷりと湯に浸っていく。
ういーー。
変な声が図らずも漏れてしまうが、そんな些末なことはどうでもいい。
お風呂最高。それがすべてだ。
水色のバスボールをそっと湯につける。
しゅわしゅわと白い泡が盛んに生まれて消えていく。
「ん?」
ふと気配を感じて曇りガラスの扉を見れば、小さな生き物がそこにいた。
「白米?」
うにゃ。
同居猫の白猫がカリカリと磨りガラスをひっかく。白い体の中でそこだけ黒い頭のてっぺんも、ぴたりとガラスにつけられた桃色の鼻もよくわかる。
「どうした? ここは水がいっぱいだぞ」
祖先が砂漠出身の猫族らしく、白米はそれほど水が好きでは無い。
うーなーにゃ。
いーれーて。めずらしく、そんなことを言う。
「入るのか? 阿絮は裸だぞ?」
あにゃん?
だから? プライバシーに関して随分と素っ気ない。
ふむ、と一息はいて周子舒は湯から出した片方で掌底を打った。ガラス戸はかちゃり、と軽やかな音をたてて隙間を開けた。するりと白猫は浴室に入り込んだ。
うにゃ。
「いらっしゃい。お湯に入るか?」
床に残る水滴を器用に避けながら歩き、湯船の角の幅広い場所にひょい、と飛び乗った。
じ、と薄い青色に濁った湯面を見つめる。
「濁り湯じゃなかったらすけべぇだぞ、白米」
ふふん、と猫は笑う。何言ってんだか、とでもいうように。
そろそろと手を伸ばして湯に触れてみる。途端に、嫌そうな顔をして手を振り回した。
ははは、と同居人が笑うのを膨れたように見やる。
「すまんすまん……お。出てきたぞ」
ぷか、と泡に包まれたバスバールの小さくなった塊が浮き上がってきた。しゅわしゅわと溶けながら波紋を作る。
みゃういん!
泡の中から出てきた小さなフィギュアに白猫が歓声を上げた。
「さてはこれが目当てだったんだろう? 隠してたのに、どこで見たんだ?」
白と黒に色彩された人形を取ろうと、でも湯に落ちるわけにはいかないと白猫が葛藤と格闘をしているのを周子舒は目を細めて眺めた。
手でフィギュアを掬ってやると、白猫はうにゃうにゃと喜びの声を上げた。ちょいちょい、と手の先でつつく。
「入浴剤がついているからな。洗ってやろう」
蛇口をひねって丁寧に洗ってから、湯船のふちに立たせて置いてやる。
「結構、いい作りだなぁ」
バスボールにフィギュアが入っているもので、その名も『ペンギンとお風呂』シリーズの一つだった。
同居猫は喜びの声が止まらない。
みゃういん!
彼女はペンギンが大好きだ。
「これはアデリーペンギンだな」
全五種類とは言わないように周子舒は口をつぐんだ。
揃えられるかどうか……下手な期待を持たせるのはよくない。
「これは特別だからな? おまえにペンギンを買ったって言ったら、老温がぶつぶつ言うかもしれないだろう?」
自分だって同居猫に甘いくせに、周子舒が「甘やかしすぎる!」と同居人はうるさいのだ。
「ペンギン、持っていけるか?」
あにゃん。白猫はこくりと頷く。咥えていく気なのだろう。
「じゃあ、飲み込まないように気をつけていくんだぞ」
あしゅにゃ?
「阿絮はもう少しお風呂だ。頭も洗うし」
みにゃう。
「なに!? 見てる、って? いやいや……見てなくていいんだ」
みにゃう。
「お帰りください……ペンギンと遊んでおいで」
みにゃう。
「白米。おまえ、わかって言ってるな? 悪い子だ!」
にゃひひひひひ。猫にあるまじき笑い方をする。
名付け親に似ている。思わず周子舒はため息を吐く。
「ほーら! 白米!」
みにゃーうー。
「いーきーなーさーい!」
みーにゃうー。
「こら!」
みゃーにゃー。
「やーだー、じゃない! ペンギンとっちゃうぞ!」
みゃーにゃーー。
「なにごと? 事件? 入っていい?」
ぱたぱたとリビングにいたはずの同居人がかけてくる。すりガラスの向こうに人影がうつる。
「入っていい訳があるか!」
「どうして!? 白米は入っているのに!?」
「一緒にするな!」
みゃーにゃー。
周子舒は大変だった。
後日。
ふんふんと鼻歌まじりでシャワーを浴びていた温客行は、背後から視線を感じた。
おもわず。
思い切り全身で振り返った。
「……白米?」
どうやらガラス戸を完全に閉め損なっていたらしい。
シャンプーの途中で、温客行は完全に無防備な状態だった。
突然の出来事に頭に両手をやったままぼんやりと立ちすくんでいた。
もちろん、全裸だ。
ガラス戸の隙間から片目だけでじっと白猫が見ていた。
見ているが。
その焦点は、温客行の顔からいささか下部にピント調節されているようだった。
彼女は、ふん、と皮肉に片方の口の端を上げるようにほくそ笑んだ、ように見えた。
そして興味を失ったようにとことこと去っていった。
温客行は動けなかった。
なんだかひどい仕打ちを受けたような気持ちのまま、シャワーに打たれていた。
【おわり…】