ルームフレグランスの使い方普段と変わらず、オンボロ寮のゲストルームで各々自由に過ごしていると、エースが突然キョロキョロと辺りを見渡しだした。一旦その行動が落ち着くと、今度は眉間に皺を寄せなにかを考え込みだす。
「どしたの?」
「いや……改めて思ったんだけどさ」
すぅっ、とエースは小さく息を吸うと、覚悟を決めた顔で私の目を真っ直ぐ見つめる。
「おまえ、センス無くね?」
「はぁ?」
何だ急に。喧嘩なら買うぞ??
シンプルな悪口に今度は私が眉を顰める。が、エースはその事に気づいてないようで、頭の後ろで手を組むと「だってさ〜」ソファーの背もたれに深く寄っかかり続ける。
「改めてこの部屋見るとさ〜家具に統一感はないじゃん。ユウが好きそうなカワイイ系の机にモダンな椅子合わせてたり、色もモノトーンやパステル、ビビットって……バラバラすぎ。しかもそこの角には物置みたいに色々積まれてるしさ〜」
「いや、それは――――っ!」
違うんだよ。これには理由があるんだ!
当時、できたてのゲストルームには、当然家具なんてなくて。
ボロボロなのも相まって牢獄を彷彿とさせる殺風景な部屋を何とかしようと、作れそうなものを片っ端から考えなしに作っていった。
エースに指摘されて、改めて見渡すと……本当に酷い。
ゴミは落ちては居ないけれど、部屋にある家具はどれも色も形もバラバラごちゃごちゃで、見慣れていなければ落ち着く事も出来ないだろう。
控えめに言っても、お客様を招くことのできる部屋ではない。
「確かに今はごちゃごちゃしてるけど……作れる家具も増えてきたし、今後はちゃんとオシャレな部屋になっていくもん!」
「ふーん?ま、期待しとく」
絶対信じてない!
確かにこの現状で信じろってのも無理な話だけれども!
せめて「センスがない」という誤解だけはどうしても解きたくて、何か証明できるものはないかとあれこれ頭に思い浮かべては消えていく。
そんな私の苦労に対して、エースはこの話にもう興味をなくしたのか、 スマホをいじりだすと「デュースとグリムもうすぐ着くって」グループトーク画面を向けて、おやつの買い出しに出ていた二人の近状を伝えてきた。
トークに送られてきた画像には大量のお菓子が入っているであろう袋を嬉しそうに掲げるグリム。……二人が帰ってきたら即おやつタイムにしなきゃね。
結局、誤解は解けないまま。モヤモヤした気持ちで、以前リドル寮長から分けてもらった美味しい紅茶を用意するためにキッチンへと向かった。
***
そんなことがあった次のお休み。
補習のグリムをトレイン先生に預けて、私は珍しく一人で麓の街へと訪れていた。
皆で遊びに行くのも楽しいけど、時には一人でゆっくり巡るのも有りだよね!
都会ほどではない、けれども地元住民の活気が溢れる街並みは歩くだけでも楽しい。
どこかでお茶するのもありだなぁ〜と、どこかに良い店がないか探していると、ふと小さなお店に惹きつけられた。
特に看板はなく『open』と書かれたドアプレートが掛けられた木製の扉をチリリンとウィンドチャイムの音と共に開けると、店内から柔らかで上品な香りに包まれる。
チラホラと女性客がいる店内の商品棚を見てみると、どうやらこの店は香水やフレグランスといった香りに関わる様々なものを扱っているみたい。
香水なんてあまりつけたことないし興味もそこまでなかったから詳しくないけど……香りの種類ってこんなに沢山あるんだ。
ベースになる香りはフルーツ系やフラワー系ウッド系など様々で、香りの強さでも種類が分かれているみたい。
商品の横に展示されているチャートとそれぞれの説明に目を通し、気になったものをテスターで嗅ぎ比べてみれば、説明から想像していた通りの香りのもあれば、全然違った香りだったりして面白い。
何か気に入った香りがあれば、買ってみよっかなぁ。
そんなことを考えながらルームフレグランスのエリアを何となく見ていると、とある商品に目が止まった。
チェリーの香りをベースとしていて、少し大人っぽくも甘い香りに、何故だかエースの顔が思い浮かぶ。
『おまえ、センス無くね?』
続いて思い出したのは、先日のエースの一言。
……これじゃね?
未だ『センスがない』と思い込んでいるエースへの、誤解を解く方法。
そーだよ!ルームフレグランスなんてオシャレだし、センス最高じゃん!!
値段もめちゃめちゃ高いって訳じゃないし、こんなのプレゼントされたら、もう『センスがない』なんて言えないでしょ。
そうと決まれば!
思い立ったが吉日。私はそのフレグランスを手に取ると急いでレジへと向かった。
***
「というわけで、こちらプレゼントです」
「単純すぎてウケる」
そっと差し出した紙袋に入ったプレゼントを受け取った第一声がそれか!
前の日と同様に、エースだけがゲストルームにいるタイミングで渡したそれ。もっと驚いてくれると思ったのに!
ムスッと頬を膨らませばエースは「わりーわりー」とクスクスと笑う。
「確かにプレゼントにフレグランスを選ぶのはセンス良いと思うぜ。香りもどんなの選んでくれたのか楽しみだし」
そう言って嬉しそうに紙袋を見つめる。
驚かすことは失敗しちゃったけど、喜んでくれているみたい。よかった。
「――ただ、ちょ〜っと惜しいなー」
「惜しい?」
なんで?満点では?
減点になるポイントが思い浮かばなず首を傾げる。
ラッピングはレジのお姉さんにやってもらったから完璧だし、香りは絶対エースは気に入るって自信あるし。
「ハーツラビュル寮のオレらの部屋ってどうなってるか覚えてる?」
「え?エースとデュースと、他二人の四人部屋だよね?…………あっ」
そこでやっと気づいた。
サッと血の気が引く私に、答え合わせをするかのようにエースが意地悪な表情を浮かべる。
「そっ。相部屋だからこそ他のルームメイトに迷惑かかんねーように、ちょ〜っとしたルールもあんの」
部屋中に香るルームフレグランスは、例えエースが気に入っても、他の人が気に入るとは限らない。
しかも長い冬休みが開けた今、生徒が実家に帰れるのも結構先になるため、実家の自室で使うこともできない。
「ごめん、そこまで気が回らなかった……」
自身の頭の回らなさに、両手で顔を覆ってしゃがみこむ。冷静に考えればすぐ分かることじゃん。
はぁぁ〜っと深い溜息をつく。すると目の前にいたエースは同じようにしゃがむと私の頭をくしゃりと撫でる。
「嬉しいのは本当だし、使い道もない訳じゃねーから気にすんな。ただ他の奴にプレゼントする時は気をつけろよ?」
「うん…………あの、使い道って?」
何か良い使い道があるのだろうか?
覆っていた手を外し顔を上げて聞き返すと、エースはニヤリと笑った。
「後で教えてやるよ」
その後、結局教えてくれることはなくエースと別れ気づけば月明かりが輝く時間になっていた。
「グリム、そろそろ寝よっか……ってもう寝てるし」
自室に入ればベッドの上で気持ちよさそうにすよすよ眠るグリム。私がお風呂に入っている間に眠ってしまったみたい。
グリムが目を覚まさないよう、気をつけながらベットに潜り込む。
すると、どこか嗅いだことのある香りがフワッと鼻に抜けた。
「えっ!これって……」
もしかして……!
眠気で半目だったけど一気に覚醒し、スマホに手を伸ばしてとある連絡先の受話器のマークをタップする。
そして呼出音が数秒流れて、止まった。
「もしも〜し?」
「エース!ベッドから、あの香りが!」
「お、やっと気づいた?」
その香りは紛れもない、エースへとプレゼントしたフレグランスの香り。
「部屋全体には使えねーけど、ベッドなら問題ねーと思ってさ」
「なるほど……って、そうじゃなくて!いつ私の部屋入ったの!?」
「さっきゲストルームにいた時。グリムとゴーストに許可もらって」
「本人の許可取ってよ!」
セキュリティガバガバかっ!?
いやまぁ、エースとデュースは何度も自室に招いてるし、何かを盗んだりとかは絶対しないって分かっているから問題ないけど。
「どうせなら驚かせたいじゃん?」
「もぉ〜」
「ッハハ。……これ、サンキューな。めちゃめちゃオレ好み」
「お気に召してくれてよかった。エースも今使ってるの?」
「使ってるよ?なんで?」
「んーなんかさ、離れているのに同じ香りを嗅いでこうやって電話で話してるとさ、一緒に寝てるみたいだなーって」
睡魔に侵されたぽやぽやした思考で「不思議だね」なんてクスクス笑うと「〜っ。そー、ね」と歯切れの悪い返事。
実際のお泊まりでも一緒に寝たことなんて、もちろんない。物理的距離は圧倒的にお泊まりの時の方が近いのに、不思議と今の方がエースを近くに感じる。こんなことってあるんだなぁ。
「……なぁ。明日もさ、寝る前に電話していい?」
「ん〜?いいよぉ〜?」
「サンキュー。……ククッ、ねむそ〜」
自然と瞼が落ちていく。
やだなぁ……エースとまだ話したい……。
あぁ、でも明日の夜もエースの声聞けるのか。
ならいっか。と微睡みへと身を落としていく。
「ほらもう寝よ」
「うん。おやすぅ――」
エースの優しい声を最後に、私は穏やかな夢の世界へと旅立った。