「金魚ちゃん、今日はみんなでぇ海、行こうよ」
休日の朝食中、オレはひとつ、金魚ちゃんに提案してみた。
「海?」って、小首傾げた金魚ちゃんと、遊びに誘えば目をキラキラさせてるサミュエル。その横のアスターと、そのテーブル正面に座るアズールは、おんなじビミョウそうな顔でオレのこと見た。
「海って……急にどうして?」
「オレもアズールも、作戦会議が始まれば、それからずっと親父にこき使われて忙っそがしぃ事になるからさぁ……その前に遊ぼ?」
あぁそう言うことか、みたいな顔した金魚ちゃんは、やっぱりまだ少しむずかしそうな顔をする。五年、隠れ住んでいた金魚ちゃんからしたら、海みたいに人も露出も多いとなると、どうにも不安なようだ。
「ここは観光地で人に紛れやすいとはいえ、目立つ場所はまだ避けておけ」
「アズールなら、そう言うと思ったぁ〜!」
ケタケタ笑ってやれば、何がおかしいんだって顔したアズールにオレ専用のブラックカードを見せる。
「これでプライベートビーチ借りるからさぁ、なら露出とか安心デショ?」
アズールがオレのブラックカード見て、一瞬で意見を変えて「それならいい」と言ってくれた。
「海いいの?」「みんなで海行くの??」
アズールと金魚ちゃんに伺いをたてるアスターとサミュエルに、金魚ちゃんは「父さんが良いって言ってくれたから、みんなで行こうか」と二人に微笑んだ。
「「海やったー!!!」」椅子の上で立ち上がってピョンと跳ねる二人に、アズールが「行儀が悪いからやめろ」って怒ってて、金魚ちゃんも同じように窘めるけど、アズールと違って二人がケガしないかが気になって、行儀なんかは二の次みたいだ。
学校では、あれだけルール違反者の首を刎ねて回っていたのに、魔法が使えなくなったから以前に、やっぱりどうして、金魚ちゃんはアスターとサミュエルには甘すぎる。
「あはっ、楽しみだねぇ」ってオレが一言、横の席に座るアスターが「え? おじさんも来るの??」ってものすごぉ〜い嫌そうな顔してる。
「オレが金出すんだから、オレも行くに決まってんじゃん」
それ聞いて唇尖らせたアスターの顔、土台はアズールなんだけど、その表情にはどことなく金魚ちゃんが見え隠れする。特に色濃く出る時が、怒ったり不機嫌になった時の顔で、もうこれ学校でオレを見て「げっ」って言ってた頃の金魚ちゃん瓜二つだ。懐かしくて思わず、鼻先を突いてやれば顔真っ赤にして怒ってて、やっぱコイツおもしれーぐらい金魚ちゃんそっくりだとオレは認識を変えた。
その後は、アスターからかってウギィって怒った金魚ちゃんと、ウンザリしたアズールに怒られて。怒られてるオレ見たアスターがニィって笑うもんだから、仕返しに髪の毛ぐしゃぐしゃにかき混ぜて鳥の巣にしてやった。アスターはわーわー怒って最後、怒りすぎて泣くし。サミュエルがそれ見てお腹抱えて笑ってて、アズールは額を手で抑えて、金魚ちゃんには久しぶりにキンって高い声で強めに怒られた。
そうやってふざけてるせいで、気づいたらそこそこ時間が経っていて、オレたちは急いで用意をしてビーチに向かった。
ママとジェイドがここ最近このホテル頻繁に使ってたのもあって、ブラックカードなんて見せなくてもビーチも一緒に管理してるこの辺一番のホテル支配人がすっ飛んできて、「ビーチ使いたいんだけど」と言ったオレの思った通りに、数十分後にはこのホテルが管理するビーチに案内された。
よく整備されたプライベートビーチには、水上コテージもあった。アスターとサミュエルは、ホテル側が貸してくれた子供用の黄色と青の色違いのサーフパンツに、日差しがキツイからと白地にレモンと、白地にブルーアイビィのアロハシャツ。そんで頭には金魚ちゃんが「熱中症には気をつけてね」と大きな麦わら帽子を被せた。そんで、海に放たれたチビ二人は、浮き輪抱えて海に突入してすぐ、波に押し戻されてゴロゴロと浜辺に打ち上げられてキャハハと笑ってた。
「二人とも、遠くに行っちゃいけないよ!」
注意する金魚ちゃんの横、絶対されたパラソルの下、ビーチチェアに座るアズールは、海からたまに見かけた、高級クルーザーで夜に船上パーティーとかやってそうな、なんか胡散臭い社長みたいな出で立ちだ。金魚ちゃんに至っては、髪の毛真っ白メダカちゃんなのに、着ているムームーのマキシドレスやサンダルまで白い。普段は隠してる首元もプライベートビーチだからと真っ白い首も晒されて、四角いネックラインは肩でストラップで結ぶタイプのノースリーブドレスなもんだから、どうにも日差しに負けそうな真っ白で薄い肩がむき出しだ。
「金魚ちゃんもネッチューショーに気をつけてね?」
オレが金魚ちゃんにも麦わら帽子被せたら、ありがとうって、金魚ちゃんはここ最近よく見る穏やかな顔で微笑んだ。
オカアサマ一人が育てたみたいな金魚ちゃんは、初めて会った頃から立ち居振る舞いや所作に何処となく雌を感じるところがあった。それは、歩き方や椅子に座った時の足の閉じ方だったり、ティーカップ持つ仕草やなんかも、細かな所作に金魚ちゃんのオカアサマを感じるには十分で、それが見た目と相まって、金魚ちゃんの性別を曖昧に見せた。
それでも、金魚ちゃんには女の服なんか『特別に適用されたルール』みたいなもんを出してこなければ絶対着ない程度には、男としての性自認がちゃんとあった。何より、その辺の男より男らしいと言われる性格で度胸だけは人一倍、ついでに怒ったらオカアサマ仕込みの怒り方で顔赤くして怒る金魚ちゃんを、面と向かって見た目を揶揄って「女みたいだ」と揶揄う奴は学校には早々いなかった。いたとしても、それは金魚ちゃんの強さを理解してない雑魚だけで、知ってしまえはそんな事を二度と言わせない、雑魚を焼き払う強さが金魚ちゃんにはあった。
そんな金魚ちゃんが、この五年、雌のフリして生きてきて、当たり前にヒラヒラしたベタの尾鰭のようにふわりと広がる服に抵抗もなく袖を通し、夏でも人前では首元が詰まった窮屈な服を着る事を強要されている。
オレが金魚ちゃんじっと見てると、金魚ちゃんは「どうしたの?」ってオレのこと心配そうに見上げてる。心配なのはこっちの方だ。
この前、オレのママを庇ってできた傷を覆う絆創膏が今も金魚ちゃんの体にくっついてる。金魚ちゃんは「もう痣はほとんど薄くなっていて、切り傷も残ってるのは小さな瘡蓋だけだよ」と言っていたけれど、あれに関してはオレもアズールもすぐさま助けに行けなかった後悔ばかりが残ってる。
金魚ちゃんは「二人の親であるボクが先頭になるのは当たり前だろう」って言うけど、その理屈なら金魚ちゃんが二人の父親だって言ってるオレとアズールが蚊帳の外なのは違くない? 言ったところで、金魚ちゃんはオレに頼ってくれなさそうなのが腹立つけど。
金魚ちゃんの夫でチビ二人の父さんって立場に収まってるアズールより、オレはただサミュエルの血が繋がった“だけ”の男で、金魚ちゃんたちの輪の外。どこまでも立場が曖昧だ。それがもう少し、どうにかなんねぇのかと考えてしまう。