この五年の空白、時間を巻き戻すことが出来ないなら、オレはその空白を全て知りたかった。男の金魚ちゃんが、どんな気持ちで二人の母親役をやって来たのか? アスターとサミュエルがそんな金魚ちゃんとどう過ごしてきたのか? 知りたいことを口にすれば、きっと止まんねぇぐらい聞きたいことで溢れそうだ。
そんで金魚ちゃんは、そーいうオレの気持ちが全く分からない。この輪の中に踏み込みたいオレをやんわりと避ける金魚ちゃんに、頬を膨らませて抗議したくなる。まぁ、そんな事したって「なんなんだいその顔は!?」とかなんとか、怒るんだろうな。
まぁ、こんな事をずっと考えて二の足を踏んでても仕方ねぇ……面倒で暗い気持ちは切り替えて、着ていたシャツ、ポイッと投げて、波打ち際でパチャパチャ遊んでたアスターとサミュエルの横に飛び込んで、魔力を込めて久しぶりに人魚の姿に戻った。尾鰭を使って、二人に海水ぶっかければ、目をキラキラさせてオレのこと見てるサミュエルと違って、始めはおんなじ表情でオレのこと見てたクセに、アスターの方は「ハッ!」っとなって「とうさんが人魚の姿になった方がきっとすごいもん」とか言ってくんの。きっと……って、見たことねぇのに言ってんのかよ。
「アズールの元の姿がデカいことぐらい知ってる知ってる」
オレが負けを認めるような発言すれば、「フフン!」って自分のことみたいに誇らしげに威張るアスターは、浮き輪付けて水の上でチャパチャパしてる稚魚のクセして大威張りだ。あ、なんかその顔、調子乗ってる時のアズールに似てるかも。
ムッとなって、尾鰭でアスターの顔にパシャって水ぶっかけたら「びゃあ!」って叫んでおもしれーの。気分が良くなって、二人の浮き輪に着いてたロープ掴んで引っ張ってやれば、最初は不機嫌だったくせに、今ではサミュエルと一緒になってギャイギャイ笑ってる。そんで後は、ゴーグル付けさせて、海面から海の中覗かせれば、スイスイ泳ぐ雑魚を見ては興奮してた。
じゃあ、ついでに稚魚でも人魚の血を引いてるなら、泳ぎぐらいは出来たほうが良いだろって、二人にちょっと泳ぐの教えてみたけど。なんだろ。こいつら二人、本当に人魚の血が入ってんのかって疑いたくなるぐらいに泳ぐのヘタで、足動かしても全然前に進まねぇの。それどころか、サミュエルは器用にバタ足でなぜか後ろに進むわ、アスターに至っては足動かせば動かすほど沈んでいって、どうやったらそうなんだよって爆笑してたら、いつの間にかホテルのシェフが直々に焼いてくれてるバーベキューの肉の焼ける匂いがしてきた。
「三人とも、お昼ごはんだよ!」
浜からオレらを呼ぶ金魚ちゃんの声に、二人はイイ子に「「はーい!」」と返事して浮き輪に掴まってる。
「オジサン、はやくひっぱってよね!」って生意気なアスターと、引っ張ってもらうの期待して目をキラキラさせて早くって顔してるサミュエルに、コイツラぁ〜〜〜って、オレが水の中から足引っ張って、ボチャンと水の中に引きずり込んで二人を腕に抱えた。
息ができなくなると口を押さえた二人に、ホイと魔法をかけて息できるようにしてやれば、それに気づいて落ち着きはしたが、それでも怖いものは怖いようでオレの腕にしがみついた。そのまま浜までの数十秒、ジェットコースターみたいに水の中を一気に泳げば、二人は初めて見る世界に感動したのか、ほっぺた真っ赤にして興奮してる。
「もっかい! びゅーんってやって!!」
「オジサン、はやく! もっかい!!」
「え〜ヤダ、オレ今から肉食うし」
オレが人の姿に戻ってバーベキュー指させば、すぐにそっちに興味が移った二人が、バスタオル持った金魚ちゃんのところにダッシュして、髪や体を拭いてもらって、アズールに渡されたデッカイ肉が刺さった串を受け取ってた。
「串は危ないから、気を付けて食べるんだぞ。いいな?」
「「はーい!」」って、金魚ちゃんとアズールにはイイ子の返事をする二人は、キレイに火の入った柔らかな肉に豪快にかぶりついて「「おいしい!」」と幸せそうに声を上げた。
二人に「とうさん」って呼ばれて、二人の前では父親の顔してるアズールは、話し方まで全然違って。はじめて見た時は、オレの知ってる素のアズールでも、インテリ二枚目を気取ってる人前でのアズールでもなくて違和感が酷かった。サミュエルはオレに懐いてくれてるけど、父さんって立ち位置のアズールとオレへの好きを形にすれば、きっとアズールのほうが深い。それを感じ取ってしまうと、オレは急にこの五年の空白の大きさに、一瞬なんとも言えない気持ちになる。
最悪な気持ちに沈みそうになると、あったかいふわふわが肩にかかった。それは金魚ちゃんが手に持ってたバスタオルだ。
「フロイド、いくらキミと言えど、人の体で濡れたままでいると風邪を引いてしまうよ」
オレを心配そうに見上げた金魚ちゃん。甘えるように腰を折って「オレの髪も拭いて」ってお願いしたら、金魚ちゃんは「仕方ないね」ってオレの髪を拭いてくれた。タオル越しに感じる金魚ちゃんの細い指先、そんな繊細そうな指と違って、ゴシゴシってオレの髪乾かす金魚ちゃんはなかなかに豪快だった。そんなオレたちをアスターとサミュエルに飯食わせながらちらりと見てたアズールが、嫉妬丸出しでオレの体に風魔法ぶつけて、体の水滴を全部振り払い「それでもう乾いただろう?」って言ってきた。
あのヤロー、金魚ちゃんの夫やチビの父さんなんて、かてぇ岩の上にでも乗ってるみたいな状況にいるくせして! どこまで嫉妬深いんだよ!!
腹立ったから、ニンマァって笑顔で、網の上で焼かれたアズールが狙ってそうな肉を出来上がり直前で横から取ってやれば、金魚ちゃんやチビに知られないように、眼鏡の奥でめちゃくちゃイラッとした顔してた。その顔見て食う肉は、二割増旨く感じた。