チビ二人は、昼間っからバカみてぇな量の肉を腹の中に収めた。そりゃもう串に刺さった肉の塊に始まり、「野菜もキチンと食べるんだよ」って金魚ちゃんの言葉に素直に従って、バーベキューの串に刺さった以外の野菜もモリモリ食べんの。もちろん魚介類も焼き上がる度にオレらの胃より、このチビ二人の胃の中に収まった量のほうが多い。
金魚ちゃんなんか、食事始まってから一時間弱経つのに、まだ串一本食い切ってない。ほとんどアスターとサミュエルが喉詰めないか心配で、飲み物持ってつきっきりだ。さすがに見かねたアズールが「僕が見てますから、リデルもきちんと食事してください」とか言ってみたけど、やっぱり気になって食事どころじゃないようだ。
オレは、冷たくなって肉も固くなった金魚ちゃんの食べかけの串を皿から掴んで、とりあえずオレの胃の中に収めた。食にうるさいアズールだったら絶対に食いたがらない、冷めた特上のヒレ肉は、やっぱりちょっと味が落ちていた。でも、食事を残すのはマナー違反だって金魚ちゃんなら、この固くなった肉も何も言わずに食おうとするだろう。出来たて味わってもらいたいって気持ちからであっても、処分したら金魚ちゃんはきっと気にする。なら、オレがくっちまえば問題ねぇよな?
アスターとサミュエルが食後のフルーツに手を伸ばして、さっきから二人の顔ぐらいあるメロン丸ごとパフェにしたのを食い始めて、やっと喉詰める心配がなくなったからと自分の食べかけの串を思い出した金魚ちゃんは、自分の皿に視線を移し、いつの間にか空になった皿に驚いてた。
「ごめぇん金魚ちゃん、食べちゃった♡」
オレが串だけになった姿を見せて、新しい……シェフに言って金魚ちゃんの一口サイズにカットさせた串を「代わりにハイこれぇ」って渡せば、小さくて食べやすい串を受け取ってやっとまともに食事を開始できた金魚ちゃんは、ひと口ゆっくり咀嚼して「おいしいね」って喜んでくれた。
飯食い終わったら、アスターとサミュエルは二時間ほど昼寝をするらしい。パラソルの下、熱砂の国で織られたイカした模様の入った綿の分厚いラグを敷いて、二人はそこに寝転んだ。金魚ちゃんがガーゼのキルトケット(これは金魚ちゃんの手製だ)を上に掛け、遊んで腹いっぱい飯食った二人はすぐさまグーグー寝ちまった。そんな二人の額に金魚ちゃんは愛おしそうにキスをして「良い夢を」と言葉をかける。
同じ顔した兄弟と育ったオレから見て、チビ二人の外見は、双子なんて言葉が全くしっくりこない全く違う顔をしてる。なのに、こうやって隣り合って寝る顔や寝相はそっくりで、その顔見てたら双子なんだなぁって、なんか納得しちまった。顔の作りも、髪色だって全然違う。それでも二人は、金魚ちゃんから一緒に生まれた双子なんだ。
料理人やスタッフが撤収し、アスターとサミュエルが寝ちまったら、オレと金魚ちゃんとアズールの三人がだだっ広いプライベートビーチに残された。
オレとアズールはチビの近くに座って食後の休憩。で、金魚ちゃんはひとり浜辺を歩いて、波打ち際で寄せては引く波を素足で楽しんでいた。ふわりと膨らむムームーの裾や、麦わら帽子の赤いリボンがヒラヒラ踊らせ、稚魚みたいにはしゃぐ金魚ちゃんは、時折オレたちの方を見てニコリと笑う。
「あの顔さぁ、無意識でやってんならタチ悪すぎねぇ?」
オレがそう言うと、アズールがチラリとオレを見て、視線をまた金魚ちゃんに向け、ため息ひとつついて「僕もそう思う」とつぶやいた。
金魚ちゃんを挟んで寝たあの日以降。この五年間、金魚ちゃんはずっと外に向けた警戒が薄れて、なんだかずいぶん穏やかになった。再会した直後の思い悩んで、グッと奥歯を噛んで耐える姿が減ったのは良かったけど、なんていうか……急にチビ二人に向ける愛情の籠った視線をオレたちにも向けて微笑まれると、オレもアズールもそれなりにクるものがあった。なのに簡単に触れられない様な、今の金魚ちゃんにはそんな雰囲気もあって、どう考えても手の届く距離にいるオレ達にはとんでもない拷問だ。金魚ちゃんは、男のくせにそーいうのわっかんねぇのか、それともずっとチビ二人の『ママ』をしてるせいか、ふとした瞬間に湧き上がるオレとアズールの下心を全く分かっていない。チビ二人にするように、急に触れる指先を何度かじってやろって思ったか、金魚ちゃんはわっかんねぇんだろうなぁ……
遠目で金魚ちゃんの事見てると、金魚ちゃんが砂の上にしゃがみ込む。なんかあったのかって、心配になったオレとアズールが見に行けば、金魚ちゃんは熱心に貝の死骸を拾い集めてた。
「金魚ちゃん、なぁ〜にしてんの?」
オレが聞けば、金魚ちゃんはオレらに死骸見せて「キレイだろう!」ってはしゃいでみせた。オレとアズールは顔見合わせて、金魚ちゃんが何言ってんのかわっかんねーって顔すれば、途端に金魚ちゃんは頬を膨らませる。
「キレイだったから……今日の記念にって思ったんだ」
なのにそれがオレとアズールに伝わらなくて、ちょっとムッと唇を尖らせる金魚ちゃんは、自分の着てるムームーの裾にすでに欠けていない貝殻をいくつかを乗せている。貝の死骸を『キレイだ』って思う感覚はわかんねぇけど、金魚ちゃんが〝記念に〟なんて言うなら協力しないといけない。
オレとアズールもしゃがみ込んで、指先で砂掘り返して貝を探せば、ペールトーンの色とりどりの小さな貝殻が見つかる見つかる。それを「金魚ちゃんこれは?」「リドルさん、こっちのほうが良いのでは?」って、オレとアズールが見つけた貝殻見せれば、金魚ちゃんは上機嫌にオレらが集めた貝殻を大切にスカートの裾つまんで作った即席のかごの中、大切そうにしてる。そんな貝殻なんかより、金魚ちゃんのコーラルピンクの指先のほうがキレーなのに、やっぱり人間の考えることはよくわからない。
アズールは、「貝殻を入れる瓶を探してきます」ってコンシェルジュ探しに行ったら、寝てたはずのサミュエルが「かあさん」ってオレらのところまで歩いてきた。
「どうしたの? 怖い夢でも見たのかい?」
しゃがみ込んでサミュエルに目線合わせた金魚ちゃんは、少し心配した顔でそう聞いたけど、サミュエルは「ん〜ん、トイレ」とか言ってて眠気眼で目を擦ってる、ほんと、ぜぇんぜん心配する内容じゃなかった。まぁ、あれだけ飯食って、飲み物もガブ飲みしてればトイレで目が覚めても仕方ない。
それよりも、さっきからサミュエルの手が、オレの脚にぺったりしがみついてて、その手の小ささが人形みたいで。あぁ……オレと金魚ちゃんの稚魚は、まだこんなに小さいのかと、それを認識すると胸がぐっと熱くなった。
「サミュエル、オレが連れてってあげよーか?」
そう聞いたら、一瞬考えたサミュエルは「きょーは、かあさんと行く」ってなんか恥ずかしがってんの。かわいいなぁって、それ見て自然とむず痒くなる。この先、サミュエルはオレのこと、パパ……なんて呼んでくれたりしないだろうか?
「じゃあ、サミュエルをトイレに連れて行ってくるね」
すぐに戻るよって金魚ちゃんは、水上コテージの方にサミュエルと手を繋いで向かってしまった。
「さてと……」
オレはさっきから痛いほど感じた背後の視線に振り返れば、さっきまでラグの上でグースカ寝てたアスターの姿がなかった。稚魚の考えることはわっかんねぇなって、気配のする方に向かってみれば、ずんずんとプライベートビーチの端っこに向かって歩くアスターの姿があった。
「アスター、何やってんの?」
背後から話しかけたら「ピャッ!?」って垂直にアスターが跳ねた。クッソびっくりしてる姿に腹抱えて笑ったら、まぁ〜た顔赤くして怒んの。
「おじさんにはカンケイないでしょ!?」
ついてこないでね! って念を推すアスターに「え〜、オレ命令されるの嫌ぁ〜い」って言えば、余計に怒ったアスターは、オレのこと無視してずんずんとどっかに行こうとする。このままひとりで行かせて良い訳もなく、オレはアスターのちっせぇ背中の後をついて行くことにした。