あれだけ毎日、金魚ちゃんの交友関係や部活仲間、クラスメイトに寮のやつを片っ端から掴まえて問いただしてたのに、オレが金魚ちゃんママにぶっ叩かれた翌日から、金魚ちゃんママはもう学園に来なくなった。
ハナダイくんは「もしかしたら、リドルくんママも、すぐにリドルくんが戻ってこないのが分かっちゃったのかもね」と言って、ハッとなって自分の言ったことを訂正するべく「ウソウソ」と誤魔化してた。
「リドルくん、絶対帰ってくるよ。それが今すぐじゃなかったとしても……オレは、帰って来るってなんとなくだけど、そう思ってるよ」
それを聞いたカニちゃんもサバちゃんも、大きく首縦に振ってうなづいてる。
「寮長のことだから、帰ってきたら直ぐに寮生集めて、オレらが寮長がいなくてもきっちりルールを守ってたか調べてまわるんだろな」
「ローズハート寮長がいなくても、しっかりルールを守れるのが優等生だよな……僕も気を引き締めないと」
「そうそう、リドルくんが帰ってきて直ぐに怒られる事のないよう、みんなガンバローね!」
(嘘ついてんじゃねーよ……)
三人揃って、金魚ちゃんがもう学校には帰ってこないことを察してるくせに、そうやって上辺ではお気楽なことを言ってる。どんな気持ちでんなこと言ってんのか、オレには全くわからなかった。
そうやってオレが日々ハーツラビュルで腐っていっても、だからといって時間が止まるわけでもない。気がついたら、ハーツラビュル名物の〝なんでもない日のパーティー〟が近づいていた。
このパーティーが近づくと、金魚ちゃんはいつも大忙しだった。秒刻みでスケジュール組んで、八〇一条あるハートの女王の法律の中から、パーティーに必要な法律を調べ直したり、テーブルに並ぶタルトやケーキに軽食も、その日出す紅茶も。テーブルクロスに使用する皿やティーカップ。周囲を飾るガーランドも、動物たちのその全て、何かしらの法律に当てはめられていて、金魚ちゃん以外全ての法律を覚えてるわけじゃない今は、分厚い本を開いてひとつひとつ調べてる。
甘いスイーツや軽食はウミガメくん、パーティー会場と動物に関してはハナダイくんが仕切り。オレは、カニちゃんやサバちゃん他と一緒にコツコツ、薔薇の迷路と呼ばれるクソ広いハーツラビュルの庭園にある白薔薇を赤く塗る作業に追われていた。
ハーツラビュルの薔薇は基本的に赤ばっかりなのに、この薔薇の迷路に咲く薔薇だけは例外なく白薔薇に咲く。しかもこの土地全体に掛かってる〝ハートの女王の法律〟のせいか? 歪められた法則の中では、いくら色変え魔法を使っても、物理的にペンキで色を塗っても、数日から数週間で赤く染められた色は元通りの白薔薇に戻ってしまう。
そんな薔薇も虱潰しに、全て赤く塗るのはそれなりに根気がいった。それでもまぁ、ウミガメくんたちがオレと組ませた連中は、カニちゃんやサバちゃん含めて、オレにそんなに悪印象を抱いてない連中だった。
それなりに気の良い奴らが、たまに金魚ちゃんの真似して喝入れたり、あんな事がったこんな事があったとか日常の話から、麓の町でコレ買ったアレ食ったの話ししたり。オレはその話に「へぇ〜」とか「ふぅん」って相槌打って、たまにちょっと笑ったりもした。
というか、手を動かしてると、あの時の金魚ちゃんの泣いてオレを拒絶する顔より、「なんでもない日のパーティーの準備がある、邪魔しないでくれ!」って顔を赤くしてプンと怒った金魚ちゃんの顔思い出すことが多くて。それだけで、オレの気持ちは随分と浮上し、そうなってくると準備も少し楽しくなって来てきた。
それで、オレが真面目に準備や寮の仕事をこなしてたら、オレに対して遠巻きに見てた中立派のトランプ兵も、中には少しずつ手を貸してきたり、好意的に話しかけてきたりするやつもでてきた。元から、金魚ちゃんの全トランプ兵たちは、金魚ちゃんから手紙で『フロイドは悪くない。彼を責めないよう』と言われていたらしい。
真面目に働くオレを見たら、「寮長の頼みごとだからな」って、オレの事を許せる気持ちになったらしい。
オレから言わせり、コイツら人が良すぎんだろ。ぜってぇ、アズールやジェイドみたいな、表面的に笑顔で近づいてくるやつに騙されかねない。まぁ、それでも、今のオレには、そんなコイツらの対応はありがたかった。
パーティーまでの残り数日。イカれた薔薇を黙々と赤く塗って、たまにウミガメくんやハナダイくんの手伝いをする。ウミガメくんは、食べ盛りの寮生のためにいつも睡眠時間削ってケーキを焼くこともあるらしい。オレがちょっと厨房に入って作るの手伝ったら「助かるよ」ってありがたがられた。
寮生全員が腹一杯になる量を作るって言ってるウミガメくん。一体何ホールになんだよ。そう言えば、並べておいてあるケーキやタルト型の中には四〇センチ超えの大きなサイズがいくつもあった。
日持ちのする類のケーキから、前日から当日の朝にかけて生クリームを使ったケーキを焼く。どれも入念にデザインをスケッチに起こして、オレもじゃあこんなのは? ってひとつ提案したら、面白がったウミガメくんがそれにノッてくれて、オレの提案したケーキも作ろうと言ってくれた。
ハナダイくんは、ハートの女王の法律書をパラパラめくりながら、今回のガーランドを何色にしなければならないか調べたり、テーブルクロスの縁を彩る刺繍の糸なんかを、あーでもないこーでもないって調べてるところに遭遇して、たぶんそれ法律書の何条のソコに書いてあった気がするって言えば、「フロイドくん、もしかしてハートの女王の法律全部覚えてるの!?」って驚かれた。
「え〜べつに、金魚ちゃんがよく言ってたのと、この前ざっと読んだときに覚えてる分だけだから」
オレがそう言えば、みんな驚いて、次にアレコレ、こっちの法律はどうなってるかとか、間違ってないかを聞かれたりもした。それに思い出せる範囲で答えれば、「フロイドありがとう!」ってオレにしがみついて泣いて喜んでんの。金魚ちゃんがいなくなって、ガミガミ口うるさく怒っても、みんな金魚ちゃんに頼り放しだったと、この時の苦労話は金魚ちゃんが帰ってきたときに話して聞かせないとと、みんな口々に言ってた。
こうしてパーティーの準備をコイツらと頑張ってく内に、スートがまだないオレも、ハーツラビュルの一員のように思えてきた。オレも、金魚ちゃんのトランプ兵になれんのかな?
未だに、思い出す顔の大半は、あの時、オレがズタズタに傷つけた金魚ちゃんの顔ばっかりだけど、こうやって金魚ちゃんの大切なものをオレも大切にできたら、オレの中の死にたくなるような罪悪感と真正面から向き合えるのか?
オレの初めてのなんでもない日のパーティー……
金魚ちゃんのいないパーティー……
絶対に、成功させてやるからって、オレは、自室のベッドに寝転び、宙に向かってそう誓い、目を閉じた。