ナイトレイブンカレッジに入学して三日目……昼食をトレイとケイト先輩と共にするボクは、すでに昼休憩の段階で疲れ果てていた。
寮が荒れていることも、先輩方——上級生の生活態度に問題があることも、精神的に受け入れがたくはあるが、上級生の言葉が寮のルールならそれに従うしかない。それよりも……だ。
「ねぇ、金魚ちゃん何食べてんの?」「あはっ! 海の稚魚でももっと食べるよ?」「オレの食べる? これ、今食いたい味と違ってさぁ」「え、カロリー計算? うんなメンドクセーことしてんのアズール以外にいたんだぁ〜ウケる」
トレイとケイト先輩との楽しい食事のはずなのに、ボクの隣を陣取ったフロイドが、先程からずっと話しかけてきて、さらには今食べたい味と違ったからと、ボクのお皿の方に自分の皿を近づけ「食べていいよぉ」なんて言ってくる。ボクには、お母様に決められた1日の摂取カロリーや栄養素がある。フロイドのやたらとカロリーばかりが高そうな肉料理を食べれば、きっとそんなもの直ぐに過剰摂取になってしまう。
そう、ボクが疲れ果てた原因は、全てこの男のせいだ。
昨日の接触を堺に、ボクを見つけては絡んでくるこの男……はじめは、ボクの強さに感銘を受け、友人になりたいとでも思ったのかと思えば全く違った。
この男は、自分のことしか考えていない。ボクにこうやって絡んでくるのも、ボクを玩具にして暇つぶしする程度にしか思っておらず、その証拠に飽きるとボクを置いてスッといなくなる。
フロイドの兄弟であるジェイドに文句を言えば「フロイドは少し、気分屋なところがあるので」と笑っていた。何が気分屋だ!? 巻き込まれるボクの身にもなってほしい。
しかも、フロイドの横に座ればいいのに、ジェイドはフロイドの反対側、ボクの隣に座って、見るだけで胃もたれしそうな量を吸い込んでいく。本当に、なんでこんなのに絡まれてしまったんだ。
この2人と同郷のアズールと呼ばれる男は、机3つ分離れた位置に座り、赤の他人の他人のような顔をして食事をしている。どうせなら友人と食べればいいのにと言えば「んぇ〜、アズールは友ダチっていうかぁ……仲間? 楽し〜事するときの仲間なの」とフロイド。ジェイドもそれを否定せず「ふふ」と笑うばかりだ。この2人の仲間と聞いて、そのアズールとやらに対しても警戒しておいたほうがいいかも知れない。
とにかく、食事も終わりかけぬるくなったレモンティーに角砂糖を二つ入れ、ボクはコクリと一口。ぬるくなった紅茶、レモンの酸味が角砂糖2つでは消すことが出来ず、すっぱい。できればボクは、甘いミルクティーの方が好きだし、そうじゃないなら角砂糖よりもはちみつを入れたかった。だがそれも我慢だ。ハートの女王の法律によって決まっているんだ。上級生の方々はほとんど守ってはいなかったけれど、だからといって下級生のボクが破っていいという話にならない。
「リドルちゃんは偉いね。きっちりハートの女王の法律を守ってるんだもん」
「そうだな、俺ら2年生もお前ぐらいしっかりしてるやつはいないよ……リドルみたいな人が寮長だったら、ウチの寮ももっと住みやすくなるんだけどな」
「そうだね、オレもリドルちゃんが寮長だったら、すごく嬉しいな」
ポロリと出た二人の言葉は、なんとなく冗談に聞こえなかった。それだけ2人は、今の寮長にも環境にも疲れているのかもしれない。
それもそのはずだ、ハートの女王の法律が無視されている以前に、寮が汚いもの普通の感覚なら不快で仕方ない。毎日夜中遅くまで談話室でおこなわれるパーティの音が別棟にも聞こえ、まともに眠ることができないし。寮長の友人たちは横暴で、すぐさま下級生に絡み、無茶難題を言って困らせる。たった数日なのに、もう転寮を考えている生徒が大勢いた。けれど……
「どれだけ不快であっても、ルールはルールだ。寮のルールである寮長がそうあるべきと望むなら、下級生のボクに出来ることはないよ」
ボクの言葉に、トレイもケイト先輩も申し訳無さそうな顔になる。
「すまんなリドル、変なこと言って」
「ごめんねリドルちゃん」
「……いや、ボクの方こそ、上級生の二人に対して、こんな言い方しかできなくて……なにも出来ずすまない」
ボクたちの中のこの会話に、横でめずらしく大人しいフロイドがひと言「オレ、あきた」と席を立つ。
「これ、金魚ちゃんが全部食べてい〜よ。じゃ〜ね」
「ちょ!? ボクは食べないと言ってるだろ、フロイド!!」
ボクが呼び止めても無視して行ってしまったフロイドに、「おやおや」とのんびり声をかけたジェイドが「僕も先に失礼しますね」と、ついでに置き土産とばかりに、自身のトレーに乗った手を付けていないプリンを、ボクのトレーに置いた。
「フロイドが失礼をしたお詫びです。それではリドルさん、午後の授業で……」
「おい! ボクは食べないと何度も言ってるだろ!!」
二人してボクを無視して、大食堂を後にしてしまった。頭の中で目の前のこれを含めた今日のカロリー計算を弾き出すも、やはり夕食を抜いたとしても、お母様の決められたカロリーを出てしまう。しかし、2人が何をどう思ってボクにこのプレートやデザートを渡したのかはわからないけれど、“ボク”に対して渡してきたからには、すでにこの料理とデザートに関して所有権がボクに移ってしまっている。食事を残すのもルール違反だからだ。
どうすればいいんだと、真剣に考えるボクの前。プレートの上の料理を切り分けたケイト先輩は「さんぶんこしよう」と言って料理を分けた。
「これならリドルちゃんママとの約束も破らなくてすむでしょ?」
「あ……ありがとうございますケイト先輩」
3人で分けた食事は、お肉料理がボクの分だけ少なくて、その分プリンをまるまる1つ食べることとなった。
生まれて初めて食べるプリンに感動したら、トレイがなんだかすごく嬉しそうな顔をして「今度は俺が作ってやるよ」と言ってくれた。