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    mmmori0314

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    mmmori0314

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    ユリウスおじちゃんの楽しいハロウィン。
    ユリウス中心蒼月勢の軽いノリの話。

    Jが本編で「ドラキュラの名に恐怖を感じる」と言ってたので、ドラキュラ的なものが溢れるハロウィンは頭抱えてたんじゃないかなっていうとこから始まった妄想。

    ##悪魔城ドラキュラ

    ハロウィン狂騒曲 カボチャ、カボチャ、カボチャ。

     窓の外を流れていく景色の中に何度も現れるニヤけたカボチャ、それを眺めながらユリウスは心の中で溜め息をついた。
     ハロウィンである。
     それも、ここ日本でのそれは元の意味がほぼ失われた、『怪物の仮装や飾り付けや菓子を楽しむ祭り』としてのハロウィンである。怪物がフィクションの上のものであれば楽しいのかもしれないが、本物と命のやり取りをしている身としては気の滅入るだけのイベントだ。魔を滅し人の世を護るのが一族に課せられた役目であり、それを厭うつもりもないが、何が悲しくて平穏な日常でまで想起させられなければならないのか。カボチャの顔が腹立つ。
    「ユリウス」
     隣からかけられた声に、物思いに耽っていた意識が引き戻される。平坦な声。長い付き合いだ、別に怒っている訳ではないことくらいわかるが、一呼吸入れてから隣に視線を移す。
    「不満があるなら聞くが」
     驚いてまじまじと見つめてしまう。目は合わない。当然だ。ユリウスが座っているのは助手席である。ハンドルを握って前を見ている有角と視線が交わる訳がない。もちろん有角からも窓の外を眺めていたユリウスの顔など見えていなかっただろう。
     だというのにこうして見透かしたような事を言うのだから、他人に興味など無さそうな顔をして、時たま妙に鋭い。
    「いや……不満な訳ではないが。ただ、ハロウィンだなと思っていただけで」
     ああ、と有角が合点がいったように頷く。
    「お前はハロウィンの度に泣き言を言っていたからな」
     身も蓋もない言い草である。事実なだけに悲しみが募る。
     記憶を失い、Jと名乗っていた頃。
     『ドラキュラ』という名に大きな恐怖を感じていたJにとって、ハロウィンの時期というのは苦痛でしかなかった。
     ドラキュラのモチーフはハロウィンの定番だ。10月が近くなれば店のディスプレイに、インテリアに、菓子のパッケージにドラキュラが跋扈する。そして最終的にドラキュラの仮装をした人間が街に溢れ返るのである。地獄だ。正体のわからない恐怖に苛まれたJが頭を抱えたのも当然の結果だった。
     あの頃は名前も素性も失い、頼れるものといえば、このよくわからないが何かと世話を焼いてくれる半吸血鬼だけだった。
     ドラキュラの名を聞くたびに、ドラキュラを想起させるものを見るたびに、恐怖に晒される。心の臓が凍りつくような冷たさが苦しくて苦しくて仕方ないのだと。灼けつくような焦燥感があるのに、成すべき事がわからぬのが不安で堪らないのだと訴えるJに、有角は黙って寄り添ってくれた。安心させるように、静かに背に置かれた手が何よりありがたかった。
     だから溺れる者が藁を掴むように縋ってしまったが、今にして思えば父親についての愚痴を息子にぶつけ続けていた訳で、何とも言えない気まずさが残る。この先10月になるたびに頭が上がらなくなりそうだ。
    「克服はしたのだろう。ならもう気にするな」
     そんなユリウスの懸念などどこ吹く風で、有角はいつも通りの態度である。
     記憶が戻り、ドラキュラへの恐怖は収まり、名を思い出した。ユリウス・ベルモンドとして一族の元へ帰ったJを迎えた目まぐるしい変化の中で、何も変わらなかったのはこの有角の態度くらいだ。車を停めてさっさと外に出る彼をユリウスも慌てて追う。
     聳え立つ鳥居、天へと続くような果てしない石段。
     白馬神社である。
     悪魔城の封印に大きな役割を果たした白馬家のことも、あの頃はまったく覚えていなかった。けれども記憶を取り戻してからは、こうしてたまに挨拶に訪れるようになっていた。
     常人が厭うような長い石段もベルモンドの健脚には問題なく、息も乱さないまま上っていたユリウスだったが、ふとその足を止めさせるものがあった。
    「……?ユリウス。どうした」
    「何故……神社に、カボチャが」
     どういうことだ。神社だろう、宗教的にそれはいいのか。
     参道の脇に、鮮やかなオレンジのカボチャが笑顔で鎮座している。苔むした石段との対比が実にシュールだ。
     楽しそうなカボチャの笑みと反比例するように、ユリウスの顔は自然と曇っていく。
    「世の流行りに乗ったか、年頃の娘が喜ぶからか、どちらかだろう。さっさと行くぞ」
     心底どうでもよさそうに告げて、有角が歩みを再開する。
     なんとなく嫌な予感を覚えながらも、ユリウスは有角の後を追い、視界の端にちらつくカボチャを見ないようにしながら足早に階段を上がった。



     白馬家の人々はいつも40年近くの不在を感じさせないほど温かく、ユリウスを迎え入れてくれる。
     しばしの歓談を楽しみ、暇乞いする頃にはすっかり日が傾いていた。外に出ると秋の風は少し肌寒い。早く戻ろうと石段に向かい歩きだした所で──
    「ユリウス!ああ、やっぱり。ユリウスだっ」
     聞こえて来た声に、ユリウスは足を止めた。
     明るい声。隠そうともしていない喜びの色に、ユリウスの心もつられて和む。親しい相手に偶然出くわした幸運に頬を緩めたまま振り返り───そして、硬直した。
    「ユリウス、久しぶり!あ、それに有角も」
    「……蒼真。なんだその格好は」
     顔をしかめて、ユリウスは苦々しい声吐き出した。
    ユリウスの中で蒼真といえば、真っ白な髪に白のロングコートが印象的で、決して闇に染まらぬ魂も相まって『白』の似合う男だった。しかし、今日の蒼真は随分と違っている。
     いや、それだけならいい。蒼真も今時の若者だ。ファッションに興味のある年頃だろうし、何色の服を着ていようと自由だ。
     だがそれはちょっと頂けない。
    「?なにって……ハロウィンの仮装だけど?」
     蒼真が腕を広げると、夜の闇のような漆黒のマントがばさりと翻り、鮮血のような真紅の裏地が目を刺す。マントの下には、金糸の刺繍の入った、貴族が着るような洒落た夜会服。
     まったく同じではない。だがその雰囲気にはひどく見覚えがある。
    「……仮装をするにしても、他に何かあるだろう。何故それなんだ……」
     よりもよって、ドラキュラだ。
     しかも他の人間ならともかく、着ているのが蒼真である。
     ──ドラキュラの生まれ変わりがドラキュラの仮装をしている。
     ユリウスは頭を抱えたくなった。
     ちょっと意味がわからない。というか、脳が理解を拒否する。
     そもそもお前はドラキュラの魔力を拒絶したんじゃなかったのか。
    「なんでって……そりゃまあ、ほら。何をどうしたって俺の魂はドラキュラだし。俺がドラキュラであることからは逃げられないって、あの事件で思い知ったし……?」
     やめてくれ。予想以上に重い。
     へらりと蒼真は笑うが、ユリウスは笑えなかった。
     あの事件、と彼が言うのは、新たな魔王を生み出す為に蒼真の命が狙われた時の事だろう。魔王の宿命を拒んでも、なおその魂は災いを招いた。
     まだ年若く、いくらでも輝かしい未来があるはずのこの若者は、そうした事に諦めを覚えてしまったのだろうか。それはよくない。
    「あとこれが一番格好良かったし」
     いや違った。そんな深刻な話じゃなかった。
     いかにも若者らしい理由に、安心するやら呆れるやら。ユリウスはこめかみを押さえてため息をついた。
     あまり心配させないでほしい。
    「………。有角、お前からも何とか言ってやってくれ」
     振り回される感情についていけなくなって、何とか蒼真を諭してもらおうと、黙って成り行きを眺めていた有角に助けを求める。
     話を振られると思っていなかったのか、有角は顎に手を当て少し首を傾げて考え、それからおもむろに口を開く。
    「……随分と可愛らしいドラキュラだな」
     違う、そうじゃない。
     誰が感想を言えと言った。いや何とか言ってやれとは言ったが、そういうことを求めたんじゃない。普段は蒼真に対して説教くさいくせに、何故ここで出てくるのはそれなんだ。しかもその感想、絶対に蒼真が喜ばない類いのものだ。
    「はぁ~?自分がちょっと背が高くて凄まじく美形だからって嫌味かよ。Trick or Treat?お菓子寄越せ。むしろ悪戯させろ」
     自分がちんちくりんだと馬鹿にされているように感じたのだろう。案の定、蒼真は分かりやすくむくれている。
     まあ実際は悪意など欠片もなく、有角にとっては蒼真はいくつになっても可愛い子供なのだろうが。
    「別に嫌味のつもりはない。ただ……ドラキュラ伯爵というなら、やはり人間の倍程の大きさと、窒息するような威厳と威圧感がないと」
     更に言うなら、比較対象が可愛くなさすぎる。本物に比べればどんな人間も可愛いものだろう。有角から見れば実の父親であるし、誰よりも正確にドラキュラの姿を記憶しているが故に比べずにはいられないのかもしれないが、それにしたって仮装にそこまで求めるのは無理がある。
    「いやデカすぎんだろ。ドラキュラのイメージどうなってんだよ……」
     前世の姿を知らない蒼真が引いているのも、当然の結果である。ドラキュラへの理想が高過ぎるだけで、自分が馬鹿にされているわけではないと察したらしく、怒りも引っ込んだようだ。
    「そういうものだ。ほら、菓子ならやるから悪戯はやめろ」
    「しかもお菓子持ってるんだ……」
     有角がポケットから取り出した洒落た缶を蒼真の手に乗せる。いかにもハロウィン、という棺型の缶。中からキャンディをつまみ上げて口に放り込んだ蒼真は釈然としない様子で、しかし大人しく飴玉を転がしている。
     ユリウスとしても意外だった。ユリウスが知る限り、有角がイベント事に興味を示したことはない。人間の営みを否定することはないが、そこに足を踏み入れようとはしない男だ。
    「この時期は持っていないとヨーコに何をされるかわからん」
     有角が不機嫌な溜め息をついた。地を這うような声には色々なものが籠っていたように思う。
    「ああ、なるほどな……」
    「そういうことかぁ……」
     納得した。
     ヨーコは物怖じしない女だ。彼女なら有角に悪戯を迫るくらいのことはやりかねない。というか、やったのだろう、有角のこの口振りからして。
     まあ有角も、無愛想で近寄りがたい雰囲気があるが、案外懐に入れた相手には甘いところがある。
    「ところで、ユリウスは菓子とか持ってるのか?」
    「…………ん?」
     すっかり油断していたところで、急に矛先がこちらに向いた。
     蒼真のキラキラとした期待の眼差しは微笑ましいが、この状況では不穏なだけである。どう見ても悪戯を企んでいる顔だ。持っていない、と答えた瞬間に何をされるかわかったものではない。
     正直、ドラキュラの格好をしていてドラキュラの気配がする奴に悪戯されるのは気が進まない。うっかり手を出さない自信はないし、そんなふうに蒼真を傷付けたくはない。
     助けを求めるように有角のほうを見ると、どこからか呼び出した使い魔の蝙蝠を蒼真の肩に乗せていた。蝙蝠だ可愛い、と蒼真は喜んでいるが、やめろ、仮装のクオリティを上げようとするな。
    「Trick or Treat?」
    「…………菓子はないぞ」
     これは助けは期待出来そうにない。諦めて両手を上げて降参する。蒼真が小さくガッツポーズした。嬉しそうで何よりだ。頭が痛い。
    「え~、どうしよっか。噛む?」 
    「やめろ。流石にそれは無理だ。受け入れられん。グランドクロスするぞ」
     近付いてきた蒼真の頭を押し退ける。悪ふざけにも限度というものがあるだろう。血に飢えた吸血鬼の赤い瞳を思い出して背筋が冷える。洒落にならない。懐から鞭と十字架を取り出すと、蒼真はぱっと身を離した。
    「冗談!!冗談だって!俺もサキュバスのソウルとかもう持ってないから吸血出来ないし!」
    「………」
     あくまで威嚇のつもりだったのだが。
     結構な俊敏さで身を翻した蒼真はささっと有角の後ろに隠れてしまった。ちらりと顔を少しだけ出してこちらを窺っている様子はまるで野生動物のようだ。警戒されている。
    「ユリウス。そう過敏になるな。さっさと仕舞え」
     冷たい視線が痛い。呆れ果てた顔で言う有角に逆らわず、ユリウスは鞭と十字架を懐へ戻した。流石に少し大人げなかったかもしれない。そうして武器を納めると、安心したらしい蒼真がほっと息をついた。
    「……ごめん。悪かったよ。そこまで怒るとは思わなくて。ヴァンパイアハンターの前で吸血鬼の真似事は厳禁。よくわかった」
     もう懲りた、というように蒼真はひらひらと手を振った。へにゃりと笑う顔は何事もなかったのようで、先程までの警戒は欠片も残っていない。実に若者らしい切り替えの早さだ。胆が座っていると言えるかもしれない。
    「いや、俺もやりすぎた。すまなかったな」
    「いいよ別に。ところで二人ともこの後ヒマ?ちょっと付き合ってくれよ」
     そう聞く蒼真は既にすぐ側にいた有角の腕を掴んで引っ張っている。最初から逃がすつもりのない構えだ。まあ有角がその気になれば容易く逃れられるだろうが、この男は何やかんやで蒼真に甘い。振りほどこうとする気配すらない。
    「特に予定はないが」
    「よっしゃ!じゃ、行こうぜ」
     妙に気の立ってるユリウスより有角を説得したほうが早い、と蒼真が考えたかどうかは知らないが、二人が連れ立って歩き出したのでユリウスもそれに従う。何となく嫌な予感がするが、有角を置いて一人で帰るわけにもいかない。というか、そもそも有角の車で送ってもらっているので、彼なしでは帰れない。
    石畳を踏む音が重なり、吸血鬼の格好をした人間と、人間の格好をした半吸血鬼と、吸血鬼狩人が並んで歩く。
    それを見送るように微笑むカボチャの前を、静かに通り過ぎた。



     蒼真に連れられて向かった先は、白馬神社の離れだった。
     今しがた白馬家を辞したというのに何とも締まらないことだが、家の人には俺から言っておくって、と蒼真が言うのでそれに甘えることにした。蒼真はさも当然といった様子で、ただいまー、と離れの戸を開けている。お前の実家か?
    「蒼真君!遅かったじゃない、どこ行ってたのよ」
     がらがらと戸を開けた蒼真を迎えた声は、知ったものだった。ただし、白馬家の者ではない。
    奥から出てきたその姿を見た瞬間、ユリウスは帰りたくなった。というか、何故ここに来る前に帰らなかったのかと後悔した。
    「あら?ユリウスに有角じゃない!蒼真君、でかしたわ!」
    「ヨーコ……何だその格好は」
     黒を基調としたドレスとヴェール。それはいいのだが、やたら長い袖や裾が裂けたような形になっていたり、透けるような薄布を何枚も重ねているのは多分幽霊の表現なのだろう。確かにそれっぽくはある。
     退魔の名門、ヴェルナンデスの娘が本来祓うべきものの仮装とはいかがなものか。あと裾が裂けたデザインのせいで素肌がちらちらと見えているのは非常によろしくないと思う。妙齢の娘だというのに。別に凝視している訳ではないが目に入ってしまう。
    「なによ、ハロウィンの仮装くらい良いじゃない。私達は魔を滅するのが本業だけど、それはそれ、これはこれ。イベントを楽しむくらいの心の余裕は必要よ。それに、たまには怪物と人間の境目の曖昧になる日があってもいいでしょ?」
     最後の一言と共に、ヨーコがちらりと有角を見る。蒼真の手前、有角は応えなかったが、確かにその表情が緩むのを見てしまえばユリウスも何も言えなかった。
     ほら入って入って、とヨーコと蒼真に引き摺られるようにして、離れに入室する。連れていかれた先は、何とも混沌とした空間になっていた。
     少し気合いを入れすぎではないだろうか。ちゃぶ台の上に派手な色をしたお菓子と作り物の髑髏が同居している。顔のあるカボチャが畳の上に転がり、鴨居からは蝙蝠やクモの巣の飾りが垂れ下がる。柱に掛けられているのは可愛らしいゴーストのぬいぐるみだ。和風建築とハロウィンの組み合わせは、正直違和感しかない。
     そしてファッションショーでも始める気なのか、大量の衣装が広げられている。どれもこれも怪物的だ。何だこの空間は。
     「あ、蒼真君、おかえりなさい。それに有角さんとユリウスさんも、こんばんは」
     大量の衣装に囲まれているのは白馬神社の娘──確か、弥那と言ったか。彼女もまた例に漏れずハロウィン仕様だ。
     モフモフとした黒いワンピースに、首に巻かれた鈴のついた赤いリボン。カチューシャからは服と同じ黒い耳が生えていて、多分これは黒猫モチーフなのだろう。
    「ねえ、蒼真君。弥那ちゃん、可愛いでしょ?魔女とか吸血鬼とか小悪魔とか色々着てもらったけど、この黒猫は特に可愛いわ!蒼真君もそう思うわよね?」
    「え!?あ、ああ、うん……か、可愛い、と思うよ」
     突然話を振られた蒼真は赤くなってしどろもどろに返事をしている。それを見てヨーコは笑いながら可愛い可愛いと弥那を抱きしめている。
    微笑ましい光景なのだが、部屋の隅に転がっているカボチャが悶絶しながら、尊い……!とか言っているのが怖い。いや違う。人間だ。カボチャから胴体が生えている。顔は見えないが、中身は多分あのハマーとかいう軍人だろう。いや元軍人だったか?
    「ねえ、有角、それにユリウス」
    「断る」
     ヨーコに声を掛けられて、ユリウスが反応するより先に有角が即答した。まだ用件を聞いてすらいない。案の定、ヨーコは眉を吊り上げた。格好が格好だけにポルターガイストでも起こしそうに見える。
    「まだ何も言ってないじゃない!」
    「聞かなくてもわかる。どうせ何か着ろとかそんな事だろう。却下だ。菓子ならやるから大人しくしていろ」
     先程有角が蒼真に与えていたのと同じ菓子が放物線を描いて飛ぶ。それを危なげなくキャッチして、ヨーコは唇を尖らせた。そんなものでは誤魔化されてはくれないらしい。
    「ケチ。ちょっとくらい良いじゃないの」
    「嫌だ」
    「一着、一着だけでいいから」
    「断る」
    「おーねーがーいー!女装してとか言わないから!」
    「……論外だ」
     滅茶苦茶絡まれている。寄ってきたヨーコが有角の袖やら裾やらを引っ張っているが、本体は微動だにしていない。止めるべきなのだろうか。正直関わり合いになりたくないが。
    「あー、あのさ、有角」
     ユリウスが遠目に眺めていると、すすす、と蒼真が近づいて有角に声をかけた。よくあの空間に入れるな、と思わず感心してしまう。
    「蒼真。何だ?」
    「いや、ヨーコさんも一着でいいって言ってるしさ、付き合ってやってくれないかな。ぶっちゃけヨーコさんがあんたに構いまくってるからさっきからハマーがカボチャの中で奥歯ギリギリさせてていたたまれないんだよ俺の為だと思って頼むから仮装して」
    「…………」
     一息に捲し立てる蒼真に有角が絶句している。まあそうだろう。そんな斜め上の理由で頼まれたら誰だって反応に困る。有角は眉を顰めて苦い顔をしていたが、やがて諦めたように溜め息をついた。
    「………………仕方あるまい」
    「本当!?ありがとう蒼真君!」
     渋々承諾した有角を、ヨーコが嬉々として引っ張っていく。有角は表情筋の死んだ顔で別室に消えて行き、二人の後ろから仮装用の小物が入った箱を抱えた弥那がちょこちょことついて行った。
    「行っちゃったな。ほらハマー、元気出せよ。これでヨーコさんも満足してすぐ帰ってくるよ」
    「うぅ……ヨーコさん……!やっぱり顔か、顔なのか!?無愛想でも顔が良ければいいのか!?」
    「そりゃあんだけ綺麗なんだから飾り立てがいがあるんだろ。それ以上のことはないって。というかあいつは論外だって言ってたけど、女装してくれるならそれは俺だって見てみたいわ」
    「いやまあ、あんだけ美人ならな……似合うだろうな。ちょっとデカ過ぎるけど座らせときゃそんなに気にならんだろうし」
     本人達がいないのを良いことに、蒼真とハマーは適当なことを言って暇を潰している。ユリウスも退屈と言えば退屈なのだが、あの会話に加わってそれがバレたら、どやされる事間違い無しなので黙ってちゃぶ台の前に座る。暇だ。
     そうしてぼんやりしていると、ふと背後に気配を感じた。振り返ると、蒼真が少し驚いて身を引く。その格好で後ろに立つのは止めて欲しいのだが。あと今何か不自然に隠さなかったか。
    「蒼真。どうかしたか?」
    「え?いや、別に?何も」
     怪しい。蒼真は笑顔で首を振るが、逆にわざとらしい。明らかに何か企んでいる。先ほど失敗した悪戯の続きをしようとしている気がする。
    「そうか」
     だが、あえて追及はせずにまたちゃぶ台に向き直る。そうしていると今度はカボチャが、いやハマーがちゃぶ台の正面に座った。
    「ところでよ、良いポーションが入ったんだよ。今ならお値打ち価格で───」
     唐突に始まった商談を聞き流し、立ち上がるとすぐさま滑るように横へ身を躱す。予想通り、ターゲットを見失った蒼真がつんのめったので、素早くその後ろに回り込んで掴まえる。
    「こら蒼真。駄目だぞ」
    「うぇ!?悪戯に対してそんなガチで避けるか普通!?」
     引っ掴んだ手首の先で握られているのは、ヨーコが持ち込んだハロウィングッズのひとつだろう、犬と思われる灰色の耳のついたカチューシャだ。そんなものをおっさんにかぶせようとするな。
     それを取り上げて数秒考えたのち、取り敢えず手近な所にあった頭にのせる。色が白でないのが残念だ。
    「ちょ、ユリウス!」
    「ぶははははっ!蒼真、おま、似合うじゃねえの!!ちょ、ユリウス、そのまま、そのまま!写真撮るから!!」
    「おいこらハマー!!やめろって!!!」
     カシャカシャと撮影音が響き、腕の中で蒼真が暴れる。だが支配の力を使わない抵抗など可愛いものだ。真っ赤になって怒っている蒼真だが、その犬耳は50を過ぎたおっさんがつけるより余程似合っていると思う。
    「ずいぶん盛り上がってるじゃない、何かあったの?」
     間が悪くと言うべきか良くと言うべきか、ちょうどヨーコ達が戻って来た。反射的に三人揃ってそちらを見て、目が合い、そして。
     一瞬の沈黙。
    「あらぁ、良いじゃない!!」
    「わぁ、蒼真君、可愛い!」
     大喜びする女性陣に、がっくりと蒼真が項垂れる。怒る気力も失せたらしい。手を離すと、犬耳をむしりとって不貞腐れたように座り込む蒼真に少し罪悪感を覚えなくもないが、まあ前に仕掛けて来たのはそちらなので許せ、とも思う。
    「ヨーコさんはともかく、弥那まで……。あと有角、あんたも笑うなよ……」
    「………っ。すまん」
     何かツボに入ったのか、笑いを堪える有角という非常に珍しいものを見た。ほっそりとした指で口元を隠し視線を逸らしているが、肩は震えているし、緩んだ目元は確かに微笑を浮かべている。
     ──元々溜め息の出るような美貌だが、非日常的な装いだと本当に現実感のない美しさだ。
     夜の色をしたつば広の三角帽子に、同色の細身のシルエットのローブ。全身黒一色なだけに、唯一露出している顔と手の青白い肌がぞっとするほど際立っている。元が貴族であるせいか、長い袖や裾をさばく動きは何とも優雅。骸骨の姿をした霊魂──使い魔のゴーストが付き従っていて無駄にクオリティが高い。魔女……いや魔法使いか。纏う空気は間違いなく『本物』のもので、子供騙しの仮装衣装でも、あの城に連なる者なのだと思い出させる。それがいつもの仏頂面ではなく楽しげに笑っているのだから、何というか、破壊力が凄い。
    「……ユリウス。何だその顔は。何か言いたい事でもあるのか」
    ようやく笑いの発作が収まったらしい有角が、こちらに訝しげな視線を寄越す。もう少し笑っていてくれても良いのに、と思ったが、多分口に出せば殴られるだけなので心の中にしまっておく。
    「いや、お前がそんなに楽しそうなのは珍しいなと思ってな」
    「………。そうだな、お前の愚痴を聞いているよりはあれのほうが愉快だ」
    「………すまん」
     ちくりと嫌みを言われたものの、有角は上機嫌だ。騒いでいる蒼真達へ向けた視線は柔らかく穏やかで、微笑ましげに子を見守る親のようでもある。
    「蒼真君、ね、もう一回!もう一回着けて?」
    「嫌だって!ヨーコさん何でそんな乗り気なんだよ!」
    「よ、よよヨーコさん!しゃ、写真あるんで、おおお送りましょうか!!」
    「おいそこ!ハマーも他人をダシにヨーコさんと連絡先交換しようすんな!」
    「でも、私も写真欲しいな。というか一緒に撮りたい。ほら、お揃いみたいで可愛いじゃない?」
    「ええっ、弥那、いや、それは、その」
    「良いじゃない、可愛いし。吸血鬼は狼に変身したりするんだからその格好でこの耳がついてたって違和感ないわよ」
    「そういう問題じゃないんだけど……」
     あの耳、犬ではなく狼だったのか。確かに、よくよく考えてみれば狼男もハロウィンの定番であるし、そちらの方が自然か。どうでも良いが。
     蒼真達は随分と盛り上がっているようだ。遠目に眺める分には確かに愉快と言える。
    「お前はハロウィンが嫌いだが、賑やかな祭りというのも悪くはなかろう。ドラキュラの名に慄きながら夜をやり過ごすよりは、余程な」
    「………そうかもしれんな」
     怪物の祭りは好きになれそうにないが、皆がこうして騒いでいる中で過ごすのは悪くない。この浮かれた空気も、笑いさざめく人々の温度も、手を伸ばせば届くものだ。
     記憶を失っていた間も、友人知人がいなかった訳ではない。けれど誰かが傍らにいても、自分の芯が欠け落ちているが故にどこか他人事のようで、なにか遠くの出来事のようだった。
     確かなものは、失われた記憶の中にある恐怖と不安だけ。誰にも、自分にすら掴めないそれに囚われた日々より、今この時のなんと幸せなことか。
    「──ねえちょっとユリウス!!」
    「うぉっ」
     物思いに耽っていたのが、急に甲高い声で中断された。何かと思えばヨーコが真っ直ぐこちらへ向かって来るところだった。蒼真に構っていたんじゃなかったのか。嫌な予感しかしない。
    「蒼真君がね、もうこれ付けるのは嫌だって言うの」
    「いやまぁ……そうだろうな」
     返却された狼耳をヨーコは悲しげに見せるが、まあ当たり前だろうと思う。小さな子供でもあるまいし、可愛いと言われて喜ぶ男はあまりいない。
    「でもユリウスも仮装するなら、耳付けても良いし写真撮っても良いし、なんならポーズもとってくれるって言うの」
     おい待て。
     何て事言うんだ蒼真。
     思わぬ方向から降りかかってきた火の粉に、慌てて視線を走らせれば、良い顔で親指を立てている蒼真と目が合う。
    「ユリウス……地獄に落ちる時は一緒だぜ」
     良い話風に言っているが、要するに死なばもろとも、道連れ自爆。何とも卑劣な魔王の所業である。一緒に地獄に落ちるというか、引きずり込む気満々ではないか。
    「ユリウス。真面目なのは良いことだけど、たまには力を抜いてみたら?楽しむ時間も必要よ」
    「そうだぜ。ヨーコさんがこう言ってるんだ。あんまノリ悪いこと言うなよ」
    「え、えっと、嫌なら別に良いんですけど、出来れば……」
     明らかに楽しみ過ぎというか悪ノリしてるヨーコと、ヨーコを全肯定するハマーが口々に説得を試みて来る。遠慮がちにお願いして来る弥那だけが良心だが、その純粋さは逆に無下にしづらい。有角はやはり助けてくれる気はないらしく、諦めろ、と言うように黙って首を振った。
    「………。本物のようにリアルなやつは嫌だぞ」
     結局圧力に負け、両手を上げて降参する。
     それを聞いてぱぁっと表情を明るくするヨーコが可愛らしくもあり、恨めしくもあり。
     せめてもの抵抗として、仕事を思い出しそうなものは拒否する。 あるのだ、最近のハロウィン。特殊メイクだとか精巧なマスクだとかでぎょっとするようなやつが。流石に気配が違うので見間違える事はないが、自分で着たいかと言われれば否である。
    「オッケー、ポップなやつね!えーと、じゃあ、はい!これ」
     いや出てくるのが早い。あらかじめ用意してたのかと疑いたくなる。
     手渡されたのは、やたらモフモフとした布の塊だった。広げてみると、手足の先まですっぽりと覆う胴体に、フードが付いていた。フード部分はデフォルメされた狼で、殺傷力の全くない布製の牙が生えた口の部分から顔を出す構造になっていた。
     まあ、要するに。着ぐるみというやつである。
    「いや確かにポップだが……、これを俺に着ろと……?」
     流石に年齢的にアウトではなかろうか。いい歳したおっさんが着て良い服には見えない。似合わないどころか気持ち悪いだけではないか。
    「いいじゃない。おじさんだって宴会芸で着ぐるみくらい着るわよ」
     ヨーコは譲らない。そういうものだろうか。まあ世のおっさんの実態はわからないが、多分これは何を言っても無駄だろう。諦めて心の中で溜め息をつく。それと後ろで爆笑している蒼真、地獄に落ちるのはお前もだぞ。
    「ほらちゃっちゃと着替えちゃって。私たちは写真撮るスペース作ってるから。あ、有角、撮影頼んでもいい?」
    「わかった」
     憐れむような有角の視線に見送られ、ちゃきちゃきと処刑台への道を整えるヨーコの手でユリウスは別室へと追いやられた。誰もいない部屋で一人きり、天を仰ぐ。

     やはり、この時期はろくなことがない。

     視線を落とせば、手の中には気の抜けた顔の狼。ウェアウルフとか悪魔城にもいたな、とやや現実逃避気味に思い出す。出来ればカボチャを被るだけとか楽なやつがよかった。
     来年はちゃんと菓子を用意しておくべきだな、と考えたところで、来年も彼らと過ごすつもりでいる自分に気付いて苦笑する。
     怪物的なものが溢れるこのイベントは好きになれないし、仮装をしたいとも思わない。けれど、心のどこかで自分は楽しんでいるらしい。ああそうだ。大切な人々と笑いながら過ごす時間は何ものにも代え難い。
     来年のハロウィンなどと言わずとも、いつでもいい。クリスマスでも正月でもなんでもいい。皆で騒げれば、きっと楽しいだろう。
     誰かといても曖昧な孤独を拭えない、名前のない男はもういないのだから。
     それを気付かせてくれたと思えば、この忌々しい祭りも少しは好きになれるかもしれない。

     Trick or Treat?
     素晴らしきかな幻想の祭り、狂騒の夜。
     楽しきかな、ハロウィン。





     なお、この後ヨーコが大喜びしたとか。
     ハマーが大爆笑し、蒼真がヤケ気味にポーズを決め、弥那がニコニコしてたとか。
     有角が見えないように、しかし確実に笑っていたとか。
     後日ヨーコから送りつけられたこの時の写真がいつの間にか勝手に待ち受けにされていたが、変え方がよくわからんと言ってユリウスがそれをそのままにしてるとか。
     それらはまた、別の話である。
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